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昭和生まれ、平成入社、令和起業。360°カメラ「RICOH THETA」の生みの親が、リコーを飛び出し目指す世界

「Hardware is hard」と言われるように、ハードウェアのスタートアップは難しい。日本でのハードウェアスタートアップの成功例は少ない。そんな環境の中で、世界を獲ろうとしている男がいる。360°カメラ「RICOH THETA」を手がけた生方秀直だ。同プロダクトのプロジェクトリーダーを担当した生方は、リコーからのカーブアウト*プログラムを提案し、2018年に自らパイロットテーマのリーダーに就任。その後、2019年に同チームを母体とし、リコー子会社としてスタートアップ「ベクノス」を立ち上げた。なぜ、リコーからあえて飛び出して挑戦するのか。ベールの裏側に迫った。

*「カーブアウト」とは、企業が事業の1部分を切り出して、その事業を社外事業の1つとして独立させることです。 独立した事業は、新たにベンチャー企業として設立されます。

アルバイトがきっかけで始まった、「企画屋」としての道のり

ベクノス創業者の生方は、リコーで経営戦略、経営管理、コンシューマー領域を専門領域として、企画やプロモーション、マーケティングリサーチなど、新規事業の立ち上げ一式を担ってきた。今でこそ、社内起業家、イントレプレナー、シリアルイノベーターなど複数の肩書きを持つが、全ての始まりは大学時代の家電量販店でのアルバイトだった。


生方 ワープロを売るアルバイトをしていたらリコーの社員とつながりができたんです。大学4年になった時に、『うちに入れば』と声をかけられたので、何も考えずにそのまま入社しました。ものづくりに関わりたい思いはあったので、いいかなと。

入社後は電子学習機や業務用タブレット型コンピューターの開発に携わる。その後、デザインセンターへと異動。デザイン畑出身ではない生方は各事業部の「やりたい」を実現するため社内を奔走し、「企画屋」としての立場を積み上げていく。

生方 ある時、たまたま総合経営企画室長と話す機会がありました。前々から社内改革について考えていることがあり、それを話してみたんです。すると、『お前にやらせてやる』となり、2000年から約4年半そこで働くことなったんです。

各種社内委員会の事務局や長期経営戦略の編成などで成果を上げ、35歳の時には大役を任される。

生方 15次中期経営計画の編成リーダーに任命されたんです。僕はあくまで計画を作る側でしたが、この期間にリコーは過去最高益を達成。当時の桜井正光社長とタッグで計画を推し進めました。

総合経営企画室で順調にキャリアを積んできた生方。その後はリコーの中核事業であるコピーやプリンターの事業部に異動、新規事業の立上げにも関わっていく。だが、道中は成功ばかりではなかった。その一つが、ドキュメントベースのコミュニケーションシステムを目標に作られた「quanp(クオンプ)」だ。クラウドストレージサービスに近い同プロダクトは、ビジュアル表現を強化し、PowerPointなどのアプリを持っていなくとも、クラウド上での資料展開が可能なことが特徴だった。

生方 2006年に開発を始めた時は、Googleのエリック・シュミットが「クラウド・コンピューティング」という概念を提唱し始める前でした。クラウド時代のサービスビジネスを成功させるためには経験が不足していました。ユーザーは増えていったのですが、マネタイズが不調で2012年には撤退を余儀なくされました。現代の技術であればもっと最適なアプローチができたはずですが、当時の技術ではユーザーから見て不十分なところもあったと思います。今ならまた違ったと思いますよ。

生方の企画力が発揮されたのは自社のビジネスを伸ばすことだけではない。その一つが、東日本大震災の復興支援だ。津波で家族写真が散乱し失われてしまった現状を目にした彼は、「セーブ・ザ・メモリープロジェクト」というボランティア活動を開始する。津波で流されて汚れてしまった写真を洗浄して、デジタルコピー機でスキャン、クラウドに保存することで写真を検索しやすくするシステムを開発。約42万枚がデータ化され、9万枚以上の写真をを持ち主の元に返すことができた。

RICOH THETA誕生

生方の名を一役世界に轟かせたのが「RICOH THETA」の開発だ。RICOH THETAは2013年に発売された世界初の360°撮影が可能なカメラ。iPhoneが普及し、デジタルカメラの市場が衰退する中、RICOH THETAはどのように生まれ、ヒットしたのか。始まりは2010年、当時の社長、近藤史朗氏から「カメラ事業を伸ばしたい」との声かけだった。



生方 従来通りにカメラを伸ばす事業と、カメラのコア技術を使った新規事業、両方を検討した方が良いのでは、と提案しました。僕は新規事業の担当になり、スマホが台頭する中でのカメラの価値を考え始めました。Twitterも流行り始め、当時はリンクだけとはいえ、リアルタイムに画像を共有して仲間内で盛り上がる体験が生まれた頃。この体験に切り込むためのコンセプトが『写場』でした。需要はあると思ったし、何よりこのコンセプトが実現すると世界が変わるな、と、とてもワクワクしたのを覚えています。

写真が空間を切り取る表現手法としたら、写場は空間全体伝えるコミュニケーションツール。『今、こんな場所で、この相手と、ビールを飲んでるよ!』という空間丸ごと伝えたかったので。360°の写真を使うことにし、その実現のために、カメラ、アプリ、閲覧できるWebサービス一式を作りました。

その道のりは平坦ではなかった。成功のためには社内の説得と開発、2つのハードルを乗り越えなければならない。多くの新規事業に携わってきたとはいえ、社内の承認が簡単に降りるわけではない。360°カメラという市場がない中でプロダクトが儲かると証明するために、売れるための客観的なデータを集めて、妥当性の担保を図った。

生方 試作を繰り返し、事業化の決裁をえるまでに年、発売開始まで更に年の月日を費やしました。ただ360°撮れれば良いのではなく、今いる場を共有する新しいコミュニケーションツールを目指していため、スマホと一緒に持ち歩けることが前提でした。普通にレンズをくみあわせると幅が60ミリほどになってしまうんです。最終的には屈曲光学系を採用して、2つのカメラを合わせることで、本体を22ミリにまで薄くすることに成功しました。

スマホと一緒に持ち運びたくなるよう、プロダクトデザインにもこだわった。カメラのみならず全プロダクトデザイナーを対象に、公募を行い20点弱のデザイン案が集まった。最終的に選ばれたのは、入社2年目の若手社員が提案したデザインであり、更にユーザーエクスペリエンスを考慮したブラッシュアップが行われた。世界初の商品として発売されたRICOH THETAは、立ち上がりに時間をがかかったが、その後の業績は右肩上がり。最終的には1つの事業領域として認められるまでに成長した。

生方 事業として成功した要因は大きくつです。つは、立ち上がり当初に海外の大手スマホメーカーが、スマホと組み合わせて使うオプションとして360°カメラに新規参入し、彼らの広告により認知度が向上したこと。もう1つは、コンシューマー向けVRヘッドセットが発売されたことにより、改めて市場からのニーズが高まったこと。こうしたトレンドによって、360°カメラは市場からのニーズが高まり、その中でRICOH THETAの優位性が評価されて今の地位を確立したのです。

大企業とハードウェアスタートアップ、双方の希望を目指す

THETAの3号機「THETA S」のアーキテクチャまで関わった後、何度目の挑戦になるかわからない新規事業チームの立ち上げに携わる。


生方 2018年に山下良則社長が『新規事業を生み出すための新しい経営スタイル』の実現を目指し、それを手伝うことになった。背景として、リコーなどの大企業は多くの良い技術を持っているが、それを事業化に結び付けるにあたっては、全てを社内の経営資源だけで完結してきた歴史があります。だが、そのやり方ではもう新しい市場を創造する事は難しいだろうと、山下社長とは何度か話していました。

その仮説のもと、独自性を尊重した特別自治区的な運営による新規事業開発チーム「X-PT」の立ち上げを提案し、自らもそのうちの1つのパイロットテーマリーダーに就任した。このチームで、次世代の映像体験に関わる技術開発を行った。 

生方 大企業はとかく価値が確立されたコアビジネスをスケールさせるために特化しており、イノベーションにチャレンジするより現状の課題に目がいってしまいがち。僕は世の中にないものを創造したいと思っているから、課題解決型の論理から抜け出したかった。だからスタートアップのように、今はない市場を創造する為にこのカーブアウトのプログラムを提案したんです。

ただし、全てを捨ててゼロからスタートアップを立ち上げるのも違う。事業を立ち上げるからには成功しなければ意味がない。ハードウェアはソフトウェアに比べ、資金調達や量産体制、流通網の確保などが難しいことも事実です。そこで、リコーの資産を用いつつ、組織文化や制度面では柔軟な動きを可能とする会社運営を提案し、認めてもらいました。

2019年8月に立ち上がったベクノスはto C向けにプロダクト開発を行う予定だ。市場としても初めから世界を狙っている。

生方 THETAMicrosoftGoogle、Facebook といった、ITジャイアントと仕事をして、企業文化の違いを体感しました。多民族国家であるアメリカで受け入れられたものは、世界でもスケールしやすい。また、中国はコンシューマーの消費意欲が極めて旺盛で市場としての爆発力があります。日本市場を起点にして、プロダクトを立ち上げるのではなく、初めから大きなマーケットを狙っていくべきです。

それでは、ベクノスではどんな世界を作っていこうと思っているのか。

生方 日本の大企業に眠っているポテンシャルを解き放つような新規事業創出のスキームを作成し、有効性を実証していきたいと考えています。今の日本は昔と違い、新しくスタートアップを立ち上げること自体はハードルが低くなっていると感じます。反面、大企業からイノベーションが創出されるようなモデルは生まれていない。大企業発でも、次々に新しい価値が創造されるということを世の中の当たり前にしていきたいですね。

そして、何より自分達がワクワクして楽しいと思うモノを作ること。そして、それを世の中に提案し、社会全体が良い方向に変わっていくことができれば、みんな幸せになるはずです。

ベクノスの挑戦は、ここから始まる

THETAをはじめ、数々の新規事業を立ち上げてきた生方が今までの限界を突破する為に、スタートアップとして立ち上げたのがベクノスだ。

大企業発であっても、スタートアップ的な俊敏さで事業を立ち上げる事ができると言う事を証明し、世界中に”ベクノス”の名が轟く未来への一歩が今、始まる。

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