ST Service Director 工藤 秀明
宇宙物理学の研究者が、金融を志した理由
野村で金融に関わる以前、私は日本学術振興会の海外特別研究員としてカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)で宇宙に関する物理学の研究に従事していました。 UCSBは、青色発光ダイオードの研究でノーベル物理学賞を受賞された中村修二教授が在籍するなど、世界の物理学をリードする立場にあります。 そのような環境でリサーチャーとして研究に没頭できたことは私の中で大きな経験になっています。
しかし2007年当時、私はこのまま物理学の研究を続けていくか、新しい挑戦をするかというキャリアの岐路に立っていました。 結論から申し上げると、私は金融業界が持つ社会に与える影響力の大きさやプロダクトアウトまでのスピードの速さといった点に共感し、 野村アセットマネジメントでクオンツとしてのキャリアを選択することになりました。金融サービスを社会に送り出すことは、世の中の仕組みを変えることと同じくらい意味があり、 自分のキャリアを懸ける価値があると考えたからです。この考えは、10年以上経った今も変わりません。もちろん他の選択肢を考えなかったわけではありません。 例えばIT業界。その頃からGoogle等のIT企業に転職する同僚もいましたが、当時のIT業界は、現在ほどのスピード感や世の中を変えていくようなダイナミクスを感じられるものではありませんでした。
“宇宙物理学と金融”と聞くと、縁遠そうな印象を受ける方もいらっしゃると思います。 しかし、”物理学者、ウォールストリートを往く”(エマニュエル・ダーマン著)という書籍にあるように、金融業界において数理的なアプローチを用いる”クオンツ”という仕事と”ロケット・サイエンティスト”が近い関係にあることは広く知られるところであり、 私にとって金融の道を選択したことは、至極自然な流れだったとも言えます。
私は「研究者として自ら立てた理論を突き詰めること」と、現在取り組んでいる「金融領域での新規事業やプロダクトを生み出し、世の中に提供すること」には共通点があると考えています。 それは”最後までやり切り、成果を生み出す”ということです。特に未来共創推進部に異動して、現在の仕事に取り組むようになってからは、その想いはますます強くなってきています。
セキュリティトークンは「新しい応援の形」になる
未来共創推進部が発足した当初から、私はプロジェクトマネージャーとしてセキュリティトークンの事業化推進に携わっています。 セキュリティトークンの市場はまだまだこれからというフェーズですが、野村は他社に先駆けて新商品の開発や販売、市場そのものの創出に取り組むなど、この分野では フロントランナーとして認識されています。 セキュリティトークンとは”暗号資産から派生した新しいデジタルネイティブな有価証券”で、私たちはデジタル技術を活用して 投資していて楽しい有価証券の実現を目指しています。簡単にいうと”スケールの大きなクラウドファンディング”だと捉えるとわかりやすいかもしれません。 たとえば「地元のスポーツスタジアムを建て替えたい」といったニーズがあったとします。これまではいくら個人がこの取り組みに共感しても、実際に事業に参加できるのは、 入札等の煩雑な手続きを乗り越えた事業者等に限られていました。個人が「応援したい」という想いを形にするためには、ファンクラブに入ったり、スタジアム完成後に消費者として施設を利用したり、 ボランティア等で直接的な支援をしたりする他には、応援の手段が無いとも言えます。
しかし今後、セキュリティトークン型の投資商品が一般的になれば、個人でも、少額から、デジタルで手軽に、スタジアムの建設というフェーズから応援ができる 世界が訪れるかもしれません。もちろん、有価証券なので投資に対するリターンを見込むこともできますが、特別なイベントへの参加等のファンならではの金銭以外のリターンを設計することもできると考えています。 私の母は、地元九州のプロサッカーチームの大ファンなのですが、母に「金融商品に投資をしない?」と聞いても絶対に首を縦には振らないと思います。 しかし、もしこれがサッカーチームが発行するファントークンへの投資だったらどうでしょうか。 大好きなチームを応援することができ、さらに選手との交流会や試合の招待チケット届くというリターンがあるかもしれない。こう考えてもらえれば「投資って楽しそうだな」と感じてくれるはずです。
このように、セキュリティトークンの事業化は、単なる資金調達の手段を増やすことだけが目的ではなく、個人の方にも投資をもっと身近に、もっと楽しめるように、を実現していける点に大きな価値があります。 もちろん野村がやるのですから、今までにあったような金融商品の再生産になっては意味がありません。 また金融商品を取り扱ってきた事業者として、多くの方が安心して投資に参加できる仕組みを実現する責任があると考えています。
野村のデジタル化とは、「自分たちが何者なのか」を問い続けること
2021年7月、私たちが1年以上かけて推進してきた、資産裏付型セキュリティトークンを対象としたSTO(セキュリティ・トークン・オファリング)という新しい投資商品がローンチされました。
これは大手不動産事業会社であるケネディクスがオリジネーターとして拠出した不動産を原資産とした証券化商品です。しかし、その仕組みはこれまでとは全く異なり、ブロックチェーン技術による権利の移転と管理を実現しており、 これが資産裏付型セキュリティトークンの国内第一号プロジェクトです。
資産裏付型セキュリティトークンのスキームイメージ
野村には昔から新規事業やプロダクトの立ち上げは、実現したい人間が、社内を駆けずり回ってでも実現するもの、という文化があります。 野村證券の全部門にまたがる前例のないこのプロジェクトを前線で率いることになった私は、その言葉通り、ローンチまでの1年以上にわたって社内の縦・横・斜めをチーム全員で駆けずり回ることになりました。 私のキャリアを振り返ってもこれほど多くの会議体に諮った案件は無く、社内からも「最高難度の案件」と評されていました。 その一連のプロセスでは何度も前提が覆ったり、案件実施のために新たな条件が課されたりと、これはもう無理ではないかという局面が幾度となく訪れました。 しかし、そのたびに役員の方々にも後押しを頂き、プロジェクトメンバーと協力して乗り越えてきました。 特に役員からは「いろいろな課題や問題があるだろうが、その問題を堀りつくすことが大事。何ができて、何ができないかを、最後まで掘り切ることが野村のためにもなる」という言葉をいただき、 自分達から絶対にギブアップはしないと決め、社内外の関係各所と交渉を続けていくことができました。最も厳しい交渉のタイミングでも、 「私たち自身の心の持ちようなのだ」とプロジェクトメンバーと声を掛け合って交渉に入ったのは今でも覚えています。 「この事業は、本当に野村がやるべきことなのか」。プロジェクトを進める中で、私は社内各所から何度となくこの問いを投げかけられました。 そのたびに、「野村は何者なのか?」に答えを見出そうとしてきました。この議論は今も続いています。
私たちが挑戦しようとしていることは、野村がこれから10年、20年先にどのような未来を描きたいか、を決めることとも言えます。今後もこの議論は続いていくことでしょう。 今回のローンチは、証券会社として扱う金額としては決して大きな規模のものではありません。しかし、私たちにとっては間違いなく大きな前進です。 これに慢心せず、野村だから実現できることは何なのかを諦めずに何度も問いかけ、議論し尽くすこと。それが未来を創る第一歩だと考えています。
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