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【社内報の社員インタビューバックナンバー vol.1】2017年10月創刊号 岸陽一郎①

今年で創刊から丸7年、この10月には8年目を迎える社内報のMSG TIMESは、毎号社員を一名ピックアップしてインタビューを掲載しています。入社の経緯や成功や挫折の体験、いま思うことや今後の目標などをそれぞれの言葉で語っています。当社のリアルを知ってもらうために、バックナンバーをアップしていこうと思います。まず第一弾は社長!なかなか普段語られないエピソードです。写真も少し若いです!


東進衛星予備校を経営する株式会社アイトップの代表取締役社長、岸陽一郎は、大学在学中に会社を立ち上げ、卒業と同時に社長に就任した。岸がはじめて組織作りの魅力と難しさを感じたのは、小学校低学年の時である。

手作り郵便局

 小学2年生の時、社会科の授業で郵便局を見学した岸。手紙や荷物が相手に届けられる仕組みに感動し、「学校の中に郵便局を作りたい!」と強く思った。教師は岸の希望を快く聞き入れ、小学校内に郵便局が開設されることとなった。その名も「手作り郵便局」。葉書サイズに紙を切り、さつまいもを彫って消印代わりのスタンプを作った。校内のポストに投函された葉書は、岸らが郵便局員として責任をもって相手まで届けた。郵便局をきちんと機能させるために岸は多くの提案をし、ついには局長を任せられることとなった。
 その一方で、手作り郵便局に対する学内の反応は様々だった。進んで郵便局員役を引き受ける者もいれば、「休み時間は自由に遊びたいのに、手作り郵便局の仕事をするなんて嫌だ」という不満を口にする者もいた。クラス内で意見が割れ、それぞれが対立することもあった。
 問題はそれだけではなかった。悪口を書いた葉書が投函されるようになったのだ。教師もこれを問題視し、配達前に葉書の内容を確認することが決まった。それに対し、こんな意見が出た。
「郵便局員が葉書の内容を読むなんて、プライバシーの侵害だ!」
 ひとつの事柄に対する意見の割れ、そしてプライバシーの問題。岸は手作り郵便局をめぐる一連の動きを「社会の縮図だった」と振り返る。
 手作り郵便局は期間限定のものだったが、閉局の日、すべてを自分たちでやりきった教え子たちの成長に感動して、担任が涙を流してくれたことが印象的だったという。「郵便局を作りたい」という提案を受け入れて自分たちに任せてくれた教師に、岸は今でも感謝している。



前向きな考え方のきっかけ

 幼少期はアトピーや喘息に悩まされ、あまり体が強くなかった岸。運動も不得意で、逆上がりにも苦労するほどだった。そんな岸を変えたのが、小学校3~4年生で担任を受け持ってくれた教師の言葉だった。
「苦手なことでも、それを乗り越えていくのが挑戦だよ。」
 この言葉に励まされた岸は、苦手だった毎朝のマラソンにも粘り強く取り組むようになった。歯を食いしばって全力で向かっていけば、壁は乗り越えられると学んだのだ。小学校中学年から高学年になると、アトピーや喘息は少しずつ改善し、岸も体を動かすことが好きになっていった。物事を前向きにとらえるきっかけとなる言葉をくれた担任教師は岸の恩師であり、現在でも交流は続いているという。



東進衛星予備校との出会い

 時は流れ、岸にも大学受験の時期が訪れる。当時岸の父は小さな塾を経営しており、この塾が、東進衛星予備校のネットワークに加入していた。岸が受験勉強のために通った当時の杉田校には、授業を収録したビデオライブラリーがズラリと並んでいた。授業内容はとてもわかりやすく、当時理数系から文系に進路を変更したばかりの岸も、「これなら自分も志望校に合格できる!」と確信したという。
 数多くあるビデオライブラリーの中から、自分に必要な授業を選択し、組み合わせる。岸はこの勉強方法で見事、志望していた慶應義塾大学に合格したが、ひとつの疑問が頭に浮かんだ。
「自分でカリキュラムを組める生徒は、果たしてどれくらいいるのだろうか?」
 ビデオライブラリーの授業は、どれもわかりやすい。だが、自分にとって最善のカリキュラムを自力で組める生徒は、おそらくほとんどいないだろう。ビジネスとしてはそれだけではだめだ。それなら、生徒一人ひとりに対してそれぞれのカリキュラムを提案するようなスタイルにしたらどうだろう。そうすれば生徒数も増え、合格率も上がるのではないだろうか?まだ高校生だった岸の頭には、東進衛星予備校をビジネスとしてより発展させるためのアイディアが浮かんでいたのだ。
 慶應義塾大学総合政策学部に入学した岸は、東進衛星予備校立ち上げに向け本格的に動き始める。


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