【アニメ制作会社の中の人#09】設定制作インタビュー/設定制作の仕事が、自分にしっくりきているなと感じますね。
渡辺はるか(わたなべ -)。文教大学文学部卒。『PSYCHO-PASS サイコパス 3』、『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』設定制作。
圧倒的スケールでファンを魅了し続けるアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズ(以下『サイコパス』)において、最も重要な要素の一つである“世界観”。その世界観を裏から支えるのが、「設定制作」だ。そんな『サイコパス』の設定制作を担当した渡辺さんは、小学生の時に千冊以上の本を読破するほど、大の本好き。作品開始前には原作やシナリオを徹底的に読み込み、アニメの世界観構築に最もコミットする。Production I.Gの設定制作として第一線で活躍する渡辺さんに、外側からは少し見えづらい「設定制作」の仕事について伺った。
渡辺さん、本日は宜しくお願い致します!早速ですが、現在のお仕事について教えて下さい。
『PSYCHO-PASS サイコパス 3』、『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』の設定制作をしていました。シリーズの設定制作としてのスタートは『ジョーカー・ゲーム』です。今年入社10年目です。
「設定制作」という肩書きは、一般の人には聞き慣れない言葉かと思いますが、どういった役職なのか教えてもらえますか?
キャラクター、美術、メカ、プロップ(小物類)、武器といった「世界観の資料」を扱う仕事になります。『サイコパス』では、点数が多いことや、ドミネーター(同シリーズに登場する特殊な銃)が出る関係上、武器とプロップは別立てで管理していました。
まずはそういった設定の洗い出しから始まるわけですね。
そうですね。シナリオ打ちから合流のときが多いです。シナリオが決定になる前には、原作から洗い出すこともあります。そこで洗い出したものを、各デザイナーさんに発注します。そのあがりを回収・管理して、実作業者さん(演出さんや作画さん)に共有していくという流れです。デザイナーと監督、作業者さんとのあいだをつなぐ仕事とも言えますね。
ある種、極端に言えば「世界観を自ら生み出す」ような側面もあるのかなと思うのですが、洗い出した設定に対して、自分でリファレンス(参考画像)を集めたりもするのですか?
場合によりますね。たしかに独断と偏見で私が「こんなイメージかな」という参考写真を集めてデザイナーさんとの作業INの前に監督と相談するときもあります。また、監督の決め打ちで「これ!」というイメージ画や写真参考を出すときもありますし、打ち合わせの中で膨らんだメモ書きをお渡しするときもあるので、その時々という感じですね。
リファレンス集めのフローをもう少し詳しく教えていただけますか。
たとえば『サイコパス』はSFの世界観なので、写真参考で「こんなイメージでお願いします」が、実はなかなかできないんですよね。写真参考で進められるものは、実在しているものに絞られてくるので、キャラクターの服装イメージとか、プロップ周りに関して集めることが多くなってきます。それ以外のメカニックなどは「監督イメージ待ちます……!」みたいな感じです。
他にも『ジョーカー・ゲーム』のように、歴史に焦点を当てたものであれば、実際に存在するものを年代別に探してきて、設定考証の方にハマるものを精査してもらった上で、監督と相談したりします。
まさに世界観を作り上げる仕事ですね。そうなると、おのずと作品の立ち上げ段階で重要な役割があるのかなと感じたのですが、やっぱりプリプロ(プリ・プロダクション。実際に作画や動画などの映像制作に入る前のフェーズのこと)が一番忙しいのでしょうか?
そうですね、やっぱりスタートが一番忙しいですかね。
渡辺さんのデスクの近くには、設定資料がぎっしり並べられている。
作品の世界観に携わるという点で、ある意味作品のことを一番理解していないと務まらないのかなと思ったのですが、そういった意識はされていますか?
その意識はあります。設定制作の仕事って、監督の脳みそを覗いているようなものなんですよね。逆にいうと、監督から「おまえもう(俺の言いたいこと言わなくても)わかるだろ」みたいな感じで来られるので、「私あなたと同期してないから無理です、タチコマじゃないです」って言い返したりしてます。笑
でも、話数に入る前の、コアメンバーを集めて監督のプランニングを共有する一番大きい打ち合わせで、監督が「うーん……ほらあれあれ……」と設定を伝えるのに苦労しているとき、私がさっと資料を出して「そう、それそれ!」ってなったときは「やったね」って思います。
お話を伺っていて、なんとなく設定制作には「職業病」みたいなものがあるのかなと思ったのですが、これやっちゃうなーみたいなのはありますか?
なんだろうなー……でも、街歩いてても「あ、これ参考になるだろうな。面白いな」と思って写真撮っちゃったりしますね。この前は、なかなか見られそうにないなと思って、雪の中の桜を撮りに行きました。
「めったに見られない」と、寒空の下撮影された雪桜の写真をシェアしてくれました。
少し話を変えまして、一般的な設定制作のキャリアプランについてお聞かせいただけますか?
制作の中で一番クリエイティブに近いこともあって、設定制作の先にあるのは演出と言われることが多いですね。実際、I.Gで設定制作をしている人、していた人たちは、演出やシナリオといった、クリエイティブ方向に進もうとしている人が多いんじゃないかなと思います。
ただ、黒木さん(I.G制作部長)には、I.Gの設定制作をやりきったあとだったらなんにでもなれるねって言ってもらえています。設定ひとつとっても、本当に多方面に広がっていますので。演出やシナリオだけではなく、プロデューサーも任せられると。
設定制作の次のステップは、たくさん用意されているのですね。そういった中で、渡辺さんが考えているご自身のキャリアプランはどんなものでしょうか?
近々で言うと次も設定制作です。設定制作の仕事が楽しいですね。あとは設定制作の仕事は、この業界のどんな職種についても活かせることが多いので、みんなにどんどん教えられたらいいなと思っています。
今の仕事とのマッチ度が本当に高いのですね。それでは、設定制作という仕事の上で、大事にしていることはなんですか?
「きちんと人の話を聞くこと」「シナリオなり原作なり、手元にあるものをきちんと読み込む」など、自分の準備を怠らないことですかね。
先ほど挙がったように「作品を一番理解していないといけない人」ですものね。
シナリオは、本当に何回も読み込みます。私はアナログ派なので、それこそシナリオや原作に色分けした付箋を貼ったり、マーカーを引いたりして「ここにヒントになりそうなものがあった」と目印をつけています。キャラクターだったら、髪の毛の色とか瞳の表現とか、どういう風貌なのかみたい部分ですね。
特に『ジョーカー・ゲーム』のような小説原作では、ベースが全くないところから監督にぶつけて拾い上げていかなきゃいけないので、丁寧に読み込みます。ここにこういうアイテムが置いてありますとか、畳が二間ありますとか、縁側があるとか、キーになる神棚があるとか……。
徹底的ですね……!
そうですね。以前困ったのは、海上での話のときに「船の進行方向と季節を考慮して、太陽の位置と高さを教えてくれ」って言われたときは流石に「マジか……」ってなりました。笑 本を読むときは基本、年・季節・時間帯は気にして読むようにしているんですが……。
それも職業病ですね。笑 渡辺さんご自身は、もともとクリエイター気質だったのでしょうか?
本を読むのはとにかく好きでした。子どものときから、日がな一日読んでいられたので、よく母親に怒られていましたね。
いままで、どれくらいの冊数を読みましたか?
小学校だけで、千冊以上は読んだと思います。図書館で1日2冊借りて、1年間で図書カード4枚ぐらいになっちゃって。それこそ二宮金次郎みたいに、歩きながら本を読んでました。中学でも市の図書館に週1ぐらいで行って、そのたび10冊ぐらい借りていました。
なんと……。そんな渡辺さんのおすすめの本が知りたいです。
難しいですけど……いまは『サイコパス』の作業のために我慢していた『十二国記』の最新刊を読んでます。あとは京極夏彦さんの『百鬼夜行』シリーズを大人になって一気買いして読んでますね。子どものころの夢は、母親に誕生日プレゼントで買ってもらった『大草原の小さな家』シリーズの影響で、川を渡ってアメリカを横断することでした。笑
ぜんぶ超大作ですね……!本好きの渡辺さんは、就活はどんなふうにされましたか?
もともとは、シナリオを書きたいと思っていました。ただ、いまはその気持ちはなくて。いろんな人に「面白そうじゃん」って言われるんですけど、軽い気持ちで書けるものでもないと思いますし。何より今の設定制作の仕事が、自分にしっくりきてると感じていますので。
なるほどですね。ちなみに、出版とかは考えられましたか?
出版は受けなかったですね。なんだろう、自分の好きなものに近すぎたんですかね。アニメ業界1社で、あとは堅実に公務員、準公務員系を受けました。
その時、防衛省の中に入ってみたいという理由だけで団体職員を受けたんですが、その話を何かの打ち合わせで話題に出した際には、塩谷さん(塩谷直義監督)に爆笑されました。笑
自分の趣味には超行動派になっちゃう感じですね、わかります。本日はお話聞かせていただき、ありがとうございました!