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ECコンサルティングサービスへの思い(前編:大学時代〜学生起業)

■環境問題

私は小学生の頃から地球の環境問題を解決したいと思っていました。折角この世に生を受けたからには、少しでも自分の生まれた環境を改善して死んでいきたいという使命感を持っていました。

そういった理由で、大学受験の時も農学部を目指していましたが、自分の適性や現実などを鑑みた結果、自分が研究者となって環境問題を解決するよりも、自分が金持ちになって農学者をいっぱい雇った方がより大きなことができるのでは?と考え、文転して経済学部を受験することにしました。

地球規模の大きなことをやろうとするには日本の中央だ。ということで東京の大学に行きたかったのですが、地元の大阪にも大学がたくさんあったので、そこに行かず、東京に行く理由として偏差値の高い大学だけ受験しました。


■学生起業

大学に入ってからは、周りは良い企業に就職したくて、逆算して小学校くらいの頃から受験勉強してきた人間ばかりで、自分自身の考え方とのギャップに悩みました。なので、何かに打ち込みたかったので、バイソンというアメフトサークルに入りました。週3日練習してリーグ戦やトーナメント戦もあって、割とガチなサークルです。有難いことに2年生の時に、スターター(野球で言うスタメン)のクオーターバックに抜擢されました。未経験で2年生でいきなりスタータークオーターバックはまず無い事だと思います。そこで2年生、3年生とクオーターバックとして頑張りました。

大学生活をする中で、2000年前半、日本経済は悪いニュースが多かったです。バブルは崩壊し、デフレが続き、給料は上がらない、人口減少、等。因みに2023年現在も解決されていない問題ですね。地球の環境問題を解決するために研究者ではなく金持ちになりたいと考えていましたが、どうせ金持ちを目指すならその間の新たな使命を設定しようと思い、日本経済を良くする。という使命を持つようになりました。また、同時期ホリエモンや三木谷さんが目立つようになり、起業という選択肢があることを知りました。

結構恵まれた環境だったと思いますが、大学4年生の時にサークルを辞めてベンチャー企業でインターン(時給をもらっていたので長期インターン?)を始めました。2005年当時からECコンサルティングとSNSのプラットフォーム構築を行っている企業で、今考えればかなり先進的な企業でした。素人でSNSシステムの要件定義を作ったりしていたので、当時クライアントであるKDDIの担当者(課長くらい?)にボコボコにされましたし、そんなに楽しい感じではなかったですが、確実に仕事に対する技術は身に付きました。

周りは良い企業に就職していく中で、悩みましたが、サラリーマンとして働いても日本経済全体を良くすることはできないなと思い、起業することにしました。

ベンチャー企業で出会った大学の先輩と2人で企業しました。先輩が株を7割、私が3割です。事業はECサイトのホームページ制作。先輩にノウハウを教えてもらい、実務面は基本的に全て私がやりました。事務所を決めてくるところから、人を雇って、マーケティングをして、営業をして、ディレクションをして、マネジメントをして…。この辺りの実務面は結構天性ででき、楽しかったです。青春という感じでした。営業も独学ですが良く取れました。相手企業の戦略を組み立て、その中で我々のサービスをどう使えば良いか。という提案をしていました。

そこを取締役として4年間勤めて独立することになりました。理由は自分がオーナーとして自分の方針で経営をしたかったからです。事業としては引き続きEC支援なのですが、ECのホームページ制作に携わる中で、綺麗なホームページを作っても売れない企業をたくさん見てきたので、売ることに特化したサービスにしたいなという思いがありました。この時もマーケティングや営業には困らなかったです。自分自身は画像編集やHTMLをバリバリ書くスキルは無かったですが、お手製のホームページを作ってコンテンツSEOを頑張って、すると見た目は素人のページでも優良な企業から多数問合せがありました。また、ECのコンサルティングもそんなに難しくなかったです。WEBサイトは使い慣れていましたから、データ分析したら、感覚的にでも、ページをこうやったら良いとか、アクセスはこうやって集めたら良いとか、施策は結構無限に考えることができました。


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