プロジェクトマネージャーと聞くとどんな仕事を思い浮かべるでしょうか。
チームとクライアントの間に立って進行を促すスケジュール管理の担当者。あまり専門性は求められないポジションのようにも見えるかもしれません。でも実はかなり属人的なスキルが求められ、プロジェクトの成功に最も直接的に関わる仕事。どんな組織にもPMを担う人は必ず存在しますが、組織によってその肩書きの名称はさまざまで、その役割の内容も大きく異なるのがこの仕事の特徴です。
B&HのPMは「ブランドディレクター」として、ブランド価値を高めたいクライアント企業と制作のプロたちの橋渡しを行っています。「目には見えづらいけれど不可欠なスキル」が求められるため、採用の段階では職務遂行能力と同等かそれ以上に性格的な相性も重視しています。
今回お話を伺ったのは入社2年目の髙橋千佳さん。前職は全く異なる業種で、入社時点でブランディングの経験はなかったものの、それから半年でブランドディレクターとして活躍するように。B&Hのブランドディレクターとはどんな仕事なのか、髙橋さんご自身のお人柄や経験からその実態と秘訣に迫ります。
ブランドディレクターに求められる素質
ー B&Hに入るまでのお仕事について教えてください。
新卒で就いた仕事はSaaS企業の一般職で、Quality Assuranceという部署のVPアシスタントに始まり、最後の方はPR部署へ異動になりました。当時はまだあまり進路希望が定まっていなかったので、大きな組織でいろんな人がいて海外部署もあるという環境なら、自分の視野を広げられるかなと思って入社しました。
そこでのミッションは部署間のコミュニケーションを活性化することでした。サービスをローンチする前のテスト段階で、あまりコミュニケーションが得意でないエンジニアの方々も含め、部署内での課題をヒアリングしてきちんと連携が取れるように調整したり、上長のアシスタントとしてスケジュール管理をしたりするのが主な仕事でした。
日々いろんな職種の方と接するので確かに視野の広がる環境ではあったのですが、もう少し主体的に働いてみたい気持ちがあり転職しました。2社目に入ったのはデザイン会社で、代表のアシスタントとして日々のスケジュール管理や業務の補佐を担当しながら、広報として月に2回発行する社内報の編集や社内イベントの企画運営も行っていました。それまであまり意識することのなかった経営者の視座を近くで学ぶ機会に恵まれ、今携わっているような想いをかたちにするブランディングに興味を持つようになりました。
初めから確固たる希望を持って選んできたというよりは、巡り合わせた実務を通してコミュニケーションの部分で貢献するような編集企画とかブランディングを中心にやってみたいと思うようになり今に至るという感じです。
ー 仕事以外の時間はどのように過ごしていますか。
映画を観たり展示を見に行ったり、美味しいお店を見つけては食べに行ったり旅行したり、気分転換を兼ねたインプットが中心です。旅行はよく一緒に行く友達と希望が重なったところに行きます。今まで行ったところだと、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシア、ベトナム、韓国、アメリカ、(筆者在住の)ニューヨークもコロナ前に行きました!
基本的に美味しいものと綺麗なものが好きです。体験による感情の変化が好きなのかなと。その後の幸福度というか、非日常感というか。普段とは違う体験から得られる高揚感、常に何かしらの変化やリフレッシュを求めているようなところがあるのかもしれません。
ー 映画と展示はどんなものが好きですか。
映画はわりと何でも観るんですが、どちらかというとヒューマンドラマが多いです。アクションとかは少ない方が好きかもしれません。人の感情の変化が見られたり共感できるようなものに面白みを感じます。それと絵画っぽさのある演出とかポスターの可愛さに惹かれて観に行くことが多いです。視覚的に美しいシーンが出てくる作品も好きなので、やっぱり癒しとかリフレッシュを求めて観ている側面もあると思います。
展示は最近行ったものだと李禹煥の展示とか、小さいギャラリーの写真展とか。インプットの幅を広げるためになるべく気になったものには行ってみるようにしています。どんな展示が好きかでいうと、今まさにそれを探求中というか、そもそも自分はどんなものが好きなのか、まだ自分には見えていない何かを探すためにいろいろ見に行っている最中というのが正直な答えかもしれません。
あとは作り手がどんな意図でその表現に至ったのか、作品の奥にあるものの考え方とかその制作過程を知ることは好きで、興味を持って学びに行っている部分ではあります。その意味で一番印象的だったのは石岡瑛子さんの展示です。すごく芯が通っているのが印象的で、時代に流されず突き進んでいくパワーというか、元気がもらえる感じだったのを覚えています。
ー ご自身の強みについて教えてください。
特に意識しているつもりはないのですが、自分の好きな映画や展示の傾向が結果的に仕事で活かせる素質と繋がっているのかもと思うことはあります。
ブランドスプリント(B&H独自のフレームワークで企業のブランド方針を策定するワークショップ)の練習をやっていたときに先輩方からのフィードバックで、共感力というか、相手の立場や感覚を想像するのが上手と言っていただいたことがありました。
それは何か先ほど言ったような好きな展示や映画の傾向と近いところもあるのかなと。人の心の動きが観察できるような作品に惹かれるのもどこかで自分の性格に紐づいていて、仕事で発揮できる強みになっているような気がします。
ー その強みの要因として思い当たる経験はありますか。
何か決定的な原体験があるわけではないのですが、これまでやってきた仕事の傾向として、主導するというよりは一歩引いた視点からサポートするようなことが多かったので、それは一つ要因として挙げられるかもしれません。
相手のモチベーションや感情を察知することがいかに業務のスムーズさに関わるか、新卒のときからそういう意識を要する仕事をしてきたので、基本スタンスとして身についているのかなと思います。
もっと遡ると、学生時代のバイトにも似たところがあったような気がします。ちょっと高級な焼肉屋さんで、職人気質な料理長の近くで働いていたことがありまして。機嫌を損ねられると面倒なことになってしまうみたいな感覚は、おそらくその頃から学んでいました。
昔からわりと人を観察して行動するのが望ましい環境に身を置くことが多かったです。また性格的にも空気を読んで動くタイプでした。どうしてそうなったのかはまだわからないですが、幼少期からあまり気が強くない方だったのかもしれません。
ブランドディレクターが担う役割と領域
ー 今のポジションをどんなふうに捉えていますか。
翻訳者とか媒介者でしょうか。PM/ディレクターはクライアントの声や想いを一番近くでヒアリングする立場にあるので。
もちろんデザイナーとかアートディレクターとか他のポジションの方々も、ブランドスプリントの時点で一通りの想いや要望はそれぞれ理解しています。ただ私は業務の性質上クライアントとの会話のキャッチボールが必然的に多くなる立場にあるので、クライアントが本当に求めているものをなるべく丁寧に引き出してあげること、そしてそれを社内のメンバーにわかりやすく伝えることがPM/ディレクターならではの役割なのかなと思います。
それから制作チームが考えたデザインの意図をクライアントに伝える際、そのコミュニケーションをサポートするのもPM/ディレクターの仕事です。この両者の間にいる立場として、お互いの言語をなるべく円滑に共通化できればと考えています。
社内でのやりとりはほとんどオンラインですが、撮影の際には現場に立ち、滞りなく進行できるようサポートします。もちろんビジュアルのクオリティコントロールについては、プロデューサーやアートディレクターの方が仕切ってくださるのですが、「ウェブサイトでこれはここに使うからこの画角の方が良さそう」とか「このプロダクトを中心に見せたい」とか「ここをわかりやすくしたい」というふうにアウトプットに関して提案する役割もあります。私もまだまだ勉強中ではあるのですが、クライアントやユーザー側の目線でディレクションを担当するイメージです。
ー コミュニケーションについて意識していることを教えてください。
オンラインミーティングの場合は特にファシリテーターとして話しやすい空気づくりを目指しています。プロジェクト開始時に行うワークショップやブランドデザインの提案は、雰囲気や温度感を掴みたいのでできるだけ対面でやるようにしているのですが、参加者のうち何名かが地方や海外にいることも多く、そういった場合はオンラインになります。その後のやりとりやミーティングは基本的にオンラインで行います。
ただオンラインだと誰でもどこからでも参加できて便利な反面、どうしても一回のミーティング内で発言する人の数は限られてしまいがちです。発言された方の真意に耳を傾けることはもちろんですが、それを聞いている方の表情や相槌の調子にも注目し、少しでも違和感が見えたら汲み取ることができるよう心がけています。
たとえば、あるプロジェクトで毎回のミーティングには参加されていなかった方が、実はずっと気になっていたことがあるとだいぶ後になって伝えてくださったことがありました。おそらくその方は役員ではなく中堅メンバーの一員という立場だったこともあり、周りの空気を読んで言えなかったのか、あえて言わなかったのだと思います。それ以来、どんなに小さな違和感も見逃さずにきちんとその声を拾えるようにしなければと思い、ミーティングではその都度「何か気になることありますか」という時間を設けるようになりました。
そうした心がけの土台として話しやすい雰囲気を作ることも大事だと思っています。特にオンラインの場合は、違和感の有無に限らず頻繁に「いかがですか」と声をかけ、なるべく相手に寄り添う姿勢をお伝えできるようにしています。とはいえ、あまり寄り添いすぎてしまうとかえって誠実ではないなと最近は感じています。やりたいことは何でも聞き入れてくれると思われてしまうと依頼を受ける側が苦しくなります。そうすると遅かれ早かれ依頼する側にもその歪みが影響するので、結局お互いのために良くないのです。
最初に定義したスコープ外のご相談をいただく際はあくまでリクエストとしてお聞きする。どうしてもスケジュールやコスト的に難しい場合は、正直にその旨をお伝えしたうえで最大限できる範囲のことをご提案する。クライアント側からいただいたフィードバッグやアイデアであっても、そのブランドのためにならないと感じたときはプロとしてきちんとNOと言う。これはB&Hとしての基本姿勢ですが、クライアントと直接コミュニケーションするPM/ディレクターは特に意識しなければいけないスタンスです。この”寄り添いすぎない誠実性”の実践についてはまだまだ勉強中で、クライアントとのミーティングで伝えるべきNOがあるときに、社内の先輩方が率先して言ってくださるのを聞いて反省することもあります。
あとはデザイナーやエンジニアの方との会話で出くわす専門用語を理解してクライアントに説明できるようにするのも、円滑な意思疎通のために気をつけている点です。その都度調べたり本を読んだりして、話についていけるように勉強しています。それでも理解しきれないことがあれば直接メンバーに聞いて教わることもあります。
ー ご担当業務のフローや扱う資料について教えてください。
プロジェクト始動の大きな流れとしてはまず、ブランドのベースを決めていくワークショップ「ブランドプリント」を行います。それから4~6週間程度でデザインを提案し、そのフィードバックを踏まえ具体的な要件を決定します。さらに細かい部分については、定例ミーティングやテキストベースのやりとりでその都度詰めていきます。
ブランドスプリントから最初のデザインが提案された後「PMシート」を作成し、前提条件や課題を整理して具体的な方向性や認識をすり合わせていきます。最初のデザインはトーンや雰囲気を決めるためのものなので、この時点からようやく具体的に何が必須で何は必要ないのか、予算に対するスコープなど制作に入るうえで共有すべき情報を洗い出します。PMシートは最初のデザイン提案でのフィードバックも踏まえて作成します。
それから「WBS」というタスクとスケジュールを管理するシートを作成します。プレスリリースなど何かイベントごとがある場合はそこに合わせて日程を組むこともありますが、基本的にはクライアントの要望とエンジニアやデザイナー側の工数、両サイドの意見を踏まえて組んでいくイメージです。このシートの作成手順としては、まず初めにPM/ディレクターが概算スケジュールを作ります。それをもとに各タスクの担当エンジニアやデザイナーと相談して工数の細かいところを調整していきます。
ウェブサイトやブランドブックの構成も担当業務のひとつです。顧客が抱いているパーセプションや課題に感じていること、その制作物の役割を考えながら、ワイヤーフレームや台割りを作成します。作成後はデザインと並行して、クライアントにヒアリングをしながら、ライティングまで担当するプロジェクトもあります。PM業務をやりながら構成をつくるのはなかなか大変なときもありますが、個人的に好きなタスクでもあります。
プロジェクトによっては当初の予定にはなかったアイデアをこちらからご提案することがあります。そういった際に「こんなものを作ってみませんか」というイメージをお伝えするための企画書を作ります。このタイプの資料には特に決まったフォーマットはなく、各プロジェクトに合わせて作ります。
こうした企画は、クライアントとの会話の中で出くわした予期せぬ発見を掘り下げ、広げていくようにして始まります。追加でコンテンツを制作するような場合もあれば、経営上の課題を解決するためのコンサル的な提案をすることもあります。実際にはプロジェクトの方針や内容によってさまざまですが、デザイン制作だけでなくコンテンツ編集においても、ブランドの観点からニーズを見つけ、初めのご要望以上の効果を提供することを基本姿勢として意識しています。
B&Hはプロジェクトで扱う資料のデザインにもかなりこだわっていて、資料のフォーマットデザインをご依頼いただくこともあります。基本的には既存のテンプレートに入力していくだけで、負荷なく統一感のある資料作成ができるようになっています。
ー 入社後初めて担当されたプロジェクトについて教えてください。
入社直後はディレクターアシスタントとして、指示していただいたタスクをこなしていくスタイルでした。入社後2ヶ月くらいで初めて自分がディレクターを担当させていただくことになり、そのときは先輩ディレクターの金山さんが監修してくださるという体制でした。OJTのような感じで、作成した資料の修正点や内容に関するアドバイスもいただきながら進めていきました。
そのプロジェクトは、ウェブだけでなく名刺やブランドブックといった紙の制作やパッケージデザインまで、制作物が複数あった点が特にチャレンジングでした。要望を聞いて工数を洗い出し、構成を作ってデザイナーへ共有という大枠の流れは同じなのですが、やはり細かいところでウェブメインのときとは異なる作業が多く、その辺りのバランスは手探りで。要件の詳細も走りながら詰めていくスタイルだったので、紙ならではの仕様の違いを調べたり、パッケージの内容量はどれくらいにするかを相談したり、その都度確認すべき事項が多かったのも大変でした。
それからブランドブックに掲載するコンテンツとして、クライアントの想いをヒアリングして書き起こしていく工程も担当しました。それまでも構成がメインのライティングを担当することはあったのですが、がっつりコピーライティングに取り組むのはこのプロジェクトが初めてでした。いろんなブランドデザインを見るときにどんな言葉で表現されているのかも意識するようになりました。
ー 最後にB&Hの社内文化で気に入っているところを教えてください。
未経験でもどんどん挑戦させてもらえる環境なので、それはとてもありがたいことだなと。お互いの強みを理解して尊重しようとする空気感があるように思います。各自の業務でのアウトプットに対するコメントとか日ごろ社内で行われるフィードバックの仕方を見ていると特にそれを感じるのですが、いつも本人へのリスペクトをきちんと伝えたうえで「こういうのはどうかな」と改善点を提案しています。
また働き方も皆それぞれで、金曜日は飲食店をやっていてその分土曜日に稼働するメンバー、B&Hと他のお仕事を並行しているメンバーもいます。そういった柔軟なスタイルが成立しているのも、個人を尊重することがB&Hでの仕事にも活かされるという信頼があるからこそなんだろうなと。そこが素敵だなと思っています。
表情や言葉の奥にも焦点を当て丁寧な意思疎通をリードする。B&Hのブランドディレクターはそうしたコミュニケーションの専門家としてプロジェクト全体のクオリティを支えています。同社がこのポジションを重視する理由やその根底にある真摯さもまた髙橋さんのお人柄から伺えるように思います。
Interview, text by Erika HosodaPhoto by Stefano Cometta