警察庁の発注数はトランシーバー(のちのBRIDGECOM X10)とアクセサリー類を合わせたセットを366セット。
過去の案件で、一度にこれほどの台数を出したことはなく、私達にとっては大きな挑戦であり、喉から手が出る程取りたいお仕事でした。
開発費が回収できる商品単価を設定し、入札で受注を勝ち取ることができれば、購入者が警察庁さんですので、銀行は必ず全額融資してくれ、開発することができると見込んでいました。
大きなチャレンジであることに変わりはありませんが、この上ないビッグチャンスだと思い、新製品「BRⅠDGECOM X10」の開発、入札公告の参加へと踏み切りました。
実はこの入札公告、警察庁側である程度目星をつけた製品があったようで、アメリカの軍用無線機が最有力候補に挙がっていたそうです。
しかし、蓋を開けてみると、その米製の製品を取り扱う商社をはじめ、日本のメーカーも次々と入札への参加を辞退していました。
おそらく、B-EARが入札することが他社に広まり、B-EAR製品のリーズナブルな価格帯には、高額な海外メーカーの製品で入札に参加しても勝てないだろう、と判断したようだと、のちに取引先から教えてもらいました。
最終的には、トランシーバーを手がける弊社、トランシーバーとヘリコプターを接続するアダプターとマイクを担当するMK社、ヘッドホンを担当するN社、ヘルメットを担当するS社、入札を取りまとめる商社I社の5社連合で入札に臨み、結果、見事に落札し、警察庁をクライアントとする大型契約を獲得することができました。
落札が決まった時はそれはもう嬉しくて、全力でガッツポーズをしました。
ただ、喜びも束の間、ここからが本当の戦いでした……。
失敗=B-EAR廃業!?
入札が実施されたのが2019年3月で、納期は翌年2020年3月末まで。
納期まで1年あるということで、私を含め関係者全員「余裕だろう」と楽観的に構えていました。
ところが、いざ本腰を入れて開発を進めると、トラブル続出。
『音声が途切れハッキリ聞こえない』、『想定外のバグが発生し修正に数ヶ月かかる』、『赤外線カメラ越しで液晶画面が見える仕様にしなければならないが材料がアメリカでしか見つからず、高額な上、加工に数ヶ月要する』、『ヘリコプター内の機内交話装置(ICS)との接続が不安定』などなど、開発は難航の一途をたどりました。
納期は刻一刻と迫っていました。
聞けば、納期に間に合わなかった場合は、違約金が発生し、落札額のおよそ20%を支払わなければならないとのこと。
この落札額は約6,000万円だったため、その20%ということは・・・
約1,200万円!?
そんなの払えるわけがない……!
納期までに間に合わなければ、開発費1,200万円以上 + 違約金1,200万円 となり、それはつまり、『失敗 = B-EAR廃業』となるわけです。
この事実は、日々重くのしかかるプレッシャーでした。
そんな中、追い打ちをかけるようなことが起こりました。
それは、警察航空隊が使用するさまざまな種類のヘリコプターに、X10を実際に搭載して接続通信テストを行うというミッションでした。
製品がきちんと機能するか、ヘリコプターの計器類や航空無線機、機内のICSなどに影響を与えないか検証するために、私も全国各地の航空隊へと出向くことになりました。
私は今回のプロジェクトをまとめるⅠ社のDさんと現地の航空隊へ向かいました。
この接続通信テストをするにあたり、現地の警察航空隊の方々がヘリコプターを準備し、いつでも飛ばせ、通信できる状態にして頂いており、何人もの隊員さん達が私達の作業を待つ、という状態でした。
ヘリコプターのICSとX10を繋ぐにはMK社が手掛けるアダプターが必要で、そのアダプターは設計上ちゃんとヘリコプター内の音声がX10を介して聞こえる……はずでした。
私は事前にMK社から接続テストの仕方をそれも技術者でもあるT社長から直々に何度もレクチャーを受けていて、接続に何の問題はない……はずでした。
しかし、教えてもらったとおりに何度接続を試みてもX10からヘリコプター内の音声は全く聞こず、変な機械音がたまに聞こえてくるだけ・・・。
私はあれこれ一人で接続を試みますが上手く行かず、もう私には手に負えないと思い、MK社のT社長の携帯へ電話しましたが、応答なし。
すぐにMK社の会社へ電話しましたが、「T社長は現在取引先でミーティング中でして」とのことで、私は「T社長に大至急私へ電話するように伝えてください」、と伝えるも30分経っても折り返しなし。
このテストに与えられた時間は2時間。すでに1時間過ぎ、警察航空隊の方々との間には、重たい空気が流れ出していました。
私は、再度T社長に電話するも応答がなく、MK社にも再度電話するも「私達も社長と連絡取れず・・・」と返答されるのみ。
「これ、どうすんの……?」
警察航空隊の方々に囲まれ、私の額と脇、背中にはふたたび溢れんばかりの大量の冷熊汁が流れ出していました。
約束の2時間が経過する15分前になって、やっとT社長から電話が入り、電話越しで私に指示をし接続を試みましたが、やはり繋がらず。
一体全体なにがいけないんだと、最初から手順に乗っ取ってやろうということになり、行ったところ、ただただプラグを挿すべき場所を間違えていただけでした😰。
最終的には無事にテストが完了したのですが、あの時の2時間の空気はもう二度と吸いたくないです🤣。
その後もさまざまなトラブルがありましたが、どうにかこうにかお約束の期日までに製品を警察航空隊の全所へ納めることができました。
ドキドキハラハラしながら駆け抜けた、まさに綱渡りのような1年間でした。
諦めないから、今がある。諦めないから信頼してもらえる。
この時、開発した無線機『BRⅠDGECOM X10』は、冒頭でお伝えしたとおり、今では警察庁や海上保安庁、建設業界、航空業界、さらには現在自衛隊での導入も検討を頂いており、あらゆる現場で多くの人々の命や安全を支えるツールとしてご使用頂いております。
このX10を元に、小型軽量化され、さらに作業用ヘルメットにワンタッチで取り付けができるX10コンパクトや、Jリーグなどでも活躍していて、スポーツのレフェリーやコーチ同士のコミュニケーションツール用としてX10アスリートも生まれ、それにより鉄道業界やスポーツ業界にもシェアが広がってきております。
新製品の開発はいつも焦りと不安、そして期待でいっぱいです。
何度も壁にぶつかり、苦い経験もし、そして、今もまた新たな製品を手掛けており、現在も進行形です。
「B-EARさんなら作ってくれそうな気がして」
現在B-EARは、「先進的な無線技術で日本のスポーツ業界の勝利に貢献する」とビジョンを掲げ、スポーツ事業に力を入れております。
B-EARのスポーツ事業は、今から6、7年前、とある高校教師をされながらハンドボールのレフェリーもされているHさんが弊社に見えたことがきっかけです。
Hさんは、「B-EARさんなら私達が必要としているインカムを作ってくれそうな気がして御社へ寄らせてもらいました」会社の玄関先で私とお会いするなりそんなことを仰られました。
次回、「Vo.7:片田舎の無線機メーカーが新トレンドを創出すべく、スポーツ業界へ殴り込み!?」の巻