コーポレートスタートアップスタジオ 「Kamet Ventures」
今回はグローバル保険・金融グループであるAXAのイノベーション組織Kamet Ventures(以下Kamet)について紹介します。 Kametはコーポレートスタートアップスタジオと呼ばれる組織形態で、Insrurtech(保険×テクノロジー)に特化した新規事業開発を行なっています。
そもそも「スタートアップスタジオ」とは何なのか、あまり聞き覚えの無い方もいらっしゃると思いますので、まずは「スタートアップスタジオ」について紹介します。 『STARTUP STUDIO-連続してイノベーションを生む「ハリウッド型」プロ集団』 の著者アッティラ・シゲティ氏によると、スタートアップスタジオは「同時多発的に複数の企業を立ち上げる組織」と定義されています。 ハリウッドの映画スタジオで様々なプロフェッショナルが集い、多くの作品を生み出すように、連続・並行して事業創出を行うことからスタートアップ“スタジオ”と呼ばれます。
「同時多発的に複数の企業を立ち上げる」ために、スタートアップスタジオは内部にプロダクトや事業を生み出す重要機能を持ち、それらの機能をフル活用しながら次々に新事業を生み出しています。 重要機能には、投資やビジネス開発だけでなく、エンジニアやデザイナー、マーケター、ファイナンス、法務、その他のオペレーションも含まれ、各分野の専門家が直接スタジオに所属する点もスタートアップスタジオの特徴です。
今回紹介するKametは、このスタートアップスタジオをAXA主導で立ち上げた組織です。今後、デジタルトランスフォーメーションが予想される保険業界で、自らゲームチェンジャーとなることを目指し、これまでに多くの新事業を創出しています。
Kametは2016年に設立され、現在ではパリ、ロンドン、テルアビブの3拠点で、合計140人以上の起業家、専門家が働いています。また、設立時には5年間で1億ユーロ(約120億円)の投資計画も発表されています。
CEOには前AXAグローバルダイレクト社長Stephane Guinet氏が着任しています。Guinet氏はAXA入社前に2つのInsurtechスタートアップを創業した起業家でもあり、前回のメットライフと同様、新規事業開発に精通した外部人材の登用がなされている組織です。
事業創出プロセス
Kametでは事業創出のプロセスを「invent」「incubate」「build」「scale」の4段階で定義しています。
inventフェーズ
AXAグループ内からの公募、マーケットリサーチに基づくアイディエーション、VCからの持ち込みなどを通じて保険業界のゲームチェンジャーとなるようなアイディアを創出します。このフェーズでは定量目標が設定されており、6ヶ月ごとに40のアイディアを創出します。その後、有望な8テーマを採択し、各テーマに起業家とスタッフをアサインします。
incubateフェーズ
デザインシンキングアプローチを用い、リーンにプロトタイプを開発します。その後のbuildフェーズではビジネスモデルの設計を行い、6ヶ月後に事業継続の審査を受けます。この時点で、継続すべき4テーマを選別し、シード資金を提供、6–8ヶ月の事業継続が認められます。
buildフェーズ
Kametには起業家経験者、デザイナー、マーケター、ビジネス、ファイナンス、法務、人事と様々な領域のスペシャリストが配置されているため、新規事業立上げ時に必要な機能はスタジオ内で確保できる体制となっています。
Scaleフェーズ
各テーマ主導で事業開発を進めることになりますが、この段階からはkametを経由せず、各テーマ直接の人材採用も行われます。採用サイトを見てみると、セールス、ビジネスディベロップメント、エンジニア、コピーライター、UXデザイナー、アカウントマネージャー、プロダクトマネージャーと多様な職種が募集されています。
これまでのインキュベーション事例
Kametでは、現在12のプロジェクトが並行で進められており、シリーズA調達済みの事業もいくつか出てきています。
QARE
オンラインクリニックサービス。フランスの診療医ネットワークを活用し、チャットやビデオで24時間365日診療可能。シリーズA で600万ユーロ調達済み
Padoa
従業員向け健康管理サービス。健康診断データとウェアラブルデバイスのトラッキングデータを用いて、疾病予防計画を作成し、パフォーマンス改善に寄与する。シリーズAで500万ユーロ調達済み
Fixter
UBER for カーメンテナンスをキャッチフレーズにした、車検手配のWebサービス。日時を指定すると車体のピックアップ、車検、デリバリーまで一貫して実施してくれる。
Setoo
B2Cビジネスに対する保険開発サービス。飛行機でのロストバゲージ、悪天候、イベントキャンセルなどの不測の事態に対して個別に保険商品を開発する
イノベーション組織マッピング
Kametでは新事業開発に必要なリソースはスタジオ内に取り込んでおり、比較的クローズな組織であるといえます。 また、事業ドメインはInsurtechに特化していると言っているものの、これまでの事例ではオンラインクリニックQAREやカーメンテナンスサービスFixterなど直接的に保険と関係しないテーマも多く、保険事業だけにこだわらない姿勢がみられます。
まとめ
いかがでしたか、今回はAXAのイノベーション組織Kamet Venturesについて紹介しました。大企業主導のスタートアップスタジオという組織を用い、連続的な新事業創出を仕組み化する点や、120億円もの大規模投資計画を行う組織のリーダーに元起業家を登用するなど、新規事業創出に課題を感じられている日本企業にも参考になるのではないでしょうか。
他の記事を読む
イノベーション組織研究2: Cisco Hyper Innovation Living Labs (CHILL)