ポケットマルシェの創業前、代表の高橋が最初に立ち上げたのが、つくる人と食べる人をつなぐ食べ物付き情報誌『東北食べる通信』です。2013年からNPO法人「東北開墾」によって発行されてきましたが、「生産者と消費者の分断」という社会課題を解決するためのスピードを上げるべく、2020年5月1日からはポケットマルシェが『東北食べる通信』および全国の『食べる通信』の連盟組織である日本食べる通信リーグの事業を譲受し、運営しています。
日本食べる通信リーグ事務局長として、全国の食べる通信編集部を統括し、新たな展開を目指して日々奮闘しているのが、岡本敏男(愛称:としおさん)です。
大学在学中に起業をして事業を成長させた岡本でしたが、自分のしたいビジネスができない現実にギャップを感じ、そこから職を転々とすることに(芸人を志していた日々もあったとか)。そして2017年、縁あって高橋と出会い、生産現場に足を運んだりするうちに意識に変化が生まれたそうです。2019年4月、NPO法人「東北開墾」へジョインし、事業譲受のタイミングでポケットマルシェの一員となりました。
『食べる通信』やポケットマルシェに関わっているが、自身は「料理」や「地域」といったキーワードとは縁遠いと話す岡本。そんな岡本が、なぜ今『食べる通信』という事業の推進に心血を注ぐのか。ハイテンポな関西弁がトレードマークの彼に、熱く語ってもらいました。
▼ PROFILE ▼
岡本 敏男(Toshio Okamoto)
大阪府出身。学生起業、人材紹介、組織開発等の経験を経て、NPO法人「東北開墾」にジョイン。事業譲受に伴い、2020年4月にポケットマルシェへ入社。日本食べる通信リーグ事務局長として、『食べる通信』事業を推進している。
ポケットマルシェ×食べる通信の相乗効果
『食べる通信』とは、地域の生産者さんの人生や生産にまつわるストーリーを特集した冊子と、特集された生産者さんの食材とをセットにしてお届けする、読んで楽しい、食べて楽しい”食べもの付き情報誌”です。現在は、北海道から九州まで全国22の地域で、個性あふれる情報誌が作られています。詳細はこちらをご覧ください。
── ポケットマルシェの事業として、『食べる通信』が担う役割を教えてください。
『食べる通信』は、食べものの裏側に隠れてしまっている生産者さんの想いやこだわりを発信しているメディアです。メインのコンテンツは情報誌ですが、そこに「食材を実際に食べる」という行為を加えることで、発信した情報をより鮮明に印象づけたいと思っています。各地域、毎号1人(1家族)の生産者さんを特集しています。
『食べる通信』で特集することによって、生産者さんの食材をより多くの人に知って食べてもらうための手助けができますが、今まではそのチャンスが特集時の1回きりで、継続して食べてもらうことの難しさがありました。ですが、ポケットマルシェと一緒に事業展開をすれば、『食べる通信』での特集をきっかけに「もっと自分でも売りたい」と思った生産者さんにポケットマルシェで直販を始めてもらったり、逆にポケットマルシェ上で消費者に想いを伝えきれていない生産者さんを『食べる通信』で取り上げたりと、双方の利点を組み合わせて生産者さんを支えることができます。
今後は、ポケットマルシェと『食べる通信』の連携をさらに強めていきたいと思っています。
共有することで幸せを味わえる
── 『食べる通信』には、読者が参加できるFacebookコミュニティの仕組みもありますよね。読者の方々は、コミュニティ上で届いた食材の感想や食べ方を報告し合っているようですが、他にはどのように『食べる通信』を楽しんでいるのでしょうか?
半分くらいの方々は元々の『食べる通信』のコンセプトどおり、生産者さんのストーリーを知った上で食事をするということを楽しんでいらっしゃるように思います。
残りの半分くらいの方々はそれに加えて、『食べる通信』の体験を自分の中だけに留めず、周りとも分かち合っていると感じます。たとえば、子供たちに読み聞かせることで、感謝して食を楽しむことを教えたり、会社の同僚同士で「食べる通信の日」を設定して、毎月食材が届いたら皆で調理して食べ、情報誌も読みながら語り合うということをされている方々もいらっしゃいます。
私自身、『食べる通信』をしばらく実家に送っていたことがありましたが、普段なら何ヶ月も話さないような親とのコミュニケーション手段として役立っていたと感じます。「いつ届く」ということを伝えるだけでも話すきっかけになりますし、届いたものについて「あれは食べたことなかった」とか「近所の方にわけたら喜ばれた」とか、思っていた以上にコメントをくれたのがよかったなと。
現場の「知」を活かした、新たな施策の実行へ
── 各地域の食べる通信は、それぞれに異なるバックグラウンドを持つ編集部で運営されていて、地域ごとの個性も強く見えます。それらをまとめる「日本食べる通信リーグ」の役割とは、どのようなものなのでしょうか?
編集長たちはそれぞれかなり個性が強い人たちですが、ほとんどは何かしらの形で高橋の理念に共感して『食べる通信』を立ち上げた人々ですし、評価されていない一次産業の現状に疑問を持って、どうにかしてもっと多くの人にその価値を伝えたいと、想いを同じくする人たちでもあります。
まとめる仕事をしていて一つ思ったのは、彼らとのネットワークをもっと大事にしていきたいということです。普段東京で仕事をしている私たちには、生産現場で起こっていることを知るのは困難です。しかし彼らは、それぞれの目線で捉えた現場の情報をたくさん持っています。それらは、一次産業の見えない部分を見えるようにする『食べる通信』の事業を作っていく上では欠かせないものですから。
── まとめる立場を担う中で、難しさを感じることはありますか?
食べる通信は元々非営利組織で運営されてきた事業なので、営利追求にはあまり向かないモデルです。ですので、せっかく各編集部が強い想いを持って『食べる通信』を作っていても、情報誌の発行のみをしていては持続可能ではなくなってしまうかもしれないという懸念があります。なので、「食べる通信リーグ」としてはそこをサポートしていきたいんです。情報誌+αの動きを現場の編集長たちと協力しながら行い、『食べる通信』がしっかり継続していく状態を作りたいと思っています。
これまでは各地域の『食べる通信』に対して同じ施策を打とうと試みてきましたが、同一の施策ですべての『食べる通信』に対して結果を出すのはとても難しいということに気づきました。大規模な法人で運営している編集部もあれば個人で運営している編集部もあるので、費用対効果の捉え方がそれぞれまったく違うからです。なので、これからは様々な施策を用意して、各編集部の事業規模に合わせて選びながら実行していきたいと思ってます。
あらゆる人に、生産現場の現状を知ってもらいたい
──どのような人に『食べる通信』を手にしてもらいたいですか?
『食べる通信』で扱われている情報こそ、あらゆる人に読まれるべきものだと思っています。一次産業の課題は、食べて生きるすべての人に関係することなので。生産者さんの想いももちろんですが、それ以上にまず生産現場の現状を知ってもらいたいと思います。
例えば、僕はサンマを愛しているんですが、今三陸のサンマが全然取れていなくて、地元の人でさえ去年の冷凍品を食べているという事実を知りました。すると、サンマが食べられなくなる世の中なんて想像もしていなかったけれど、意外と近い将来、そうなってしまうかもしれないんだ、という実感が湧きますよね。
「生産者の想いを知って、より美味しく食べる」という体験が、もっと身近なものとして受け入れられるようになればいいなと思う一方で、多くの人からすれば「だから何?」というのが正直な意見だと思うんです。知らなくても美味しいよ、って。だからこそ、そのような考え方があることも踏まえて、『食べる通信』の活用方法を世の中に提案していきたいと思っています。
丸々1匹の魚が届くのはちょっと……という方でも、年に1回ぐらいは丸焼きのチキンを食べたくなる日がきっとありますよね。そのように普段とは少し違う食事を取りたくなるシーンは定期的にあるはずなので、その際に『食べる通信』が価値を提供できるように考えていきたいです。
優れた人材が次々に集まる一次産業を実現する
── ご自身が『食べる通信』の事業を通じて実現したいことは何でしょうか?
私は、「食べる」「料理する」「地域」などのキーワードとは実は縁遠い人間なんです。食事はラーメンとカレーしか行かないですし、虫が苦手で、船にも乗れないですし(笑)
ですが、一次産業が世の中では低く見られすぎていて、年収や人材の面であるべき姿との間にズレがあることは間違いありません。なので、自分では農家さんや漁師さんになれなくても、一次産業の世界を優秀な人がたくさん集まる世界にしたいと思うんです。
そのためには、凄腕の生産者さんが増えていくことが大事だと思います。実際すでにいらっしゃいますが、その姿を見て「自然に囲まれながら1000万も稼げるってよくない!?」と考える若い人が増えれば、どんどん優秀な人材が一次産業に入ってきて、もっといい世界になるはずです。生産者の皆さんは真面目でやさしい方が多いですが、「ある程度周りを蹴落としてでも自分は稼ぐぞ」という気概を持つ生産者さんはもっと増えていいと思います。
私が『食べる通信』を好きな理由は、生産者さん1人にスポットを当てて「この人すごいでしょ!」と言えるからです。それを継続的にやれれば、この産業にどんどん優秀な人が流れ込み、優秀な人はいいものを作っていいコミュニケーションをするので稼ぎも増える、という好循環が生まれます。その仕組みのデザインに注力したいです。
好戦的で気概溢れる生産者さんたちに、我々のようなスタートアップが手を貸すことで、日本の一次産業に風穴を開けられるのではないか。そう考えています。