1
/
5

クルージングヨット教室物語96

Photo by vlog tottiy on Unsplash

「ここ頼むよ」

隆は、アクエリアスに乗り移ると、すぐに中村さんからヘルムを任された。

「それじゃ、10分前の旗が上がるまで、少しタックとジャイブの練習しておこうか」

隆が言って、香織は右側のウインチ、陽子が左側のウインチ担当に配置となった。もともとのアクエリアスのクルー、男性2名がフォアデッキの担当についた。

「スピンも1回ぐらい練習しておきたかったけど、時間ないな」

タックとジャイブを何回か繰り返し練習したアクエリアスだった。

「10分前の旗が上がったな」

「麻美ちゃん、一生懸命に旗を上げているね」

香織が、コミッティーボートで旗を上げている麻美子を見て言った。

「スタートは1番で出ような」

中村さんが、キャビンの入り口に腰掛けて、顔を出して全体の司令塔をしていた。

コミッティーボートの反対側、沖側のブイのあるスタートライン付近では、うららやレーシング艇の集団がスタートの駆け引きをしつつ、クラブレースがスタートする時間を待っていた、

隆たちアクエリアスなどクルージング艇でクラブレースに参加している艇たちは、レース艇から離れて、コミッティーボート側のスタートラインでスタート時刻を待っていた。

「沖側の方が速く走れるのかな」

どうやら、キャビン中央に腰掛けている司令塔は、クルージング艇だけではなく、レース艇も含めて1位でスタートしたいみたいだった。

「どうでしょうね。風が少しずつ左にふれている感もあるし、沖側よりも陸側の方が良い風が吹いていそうな気もしますけどね」

あまり、クルージング艇がレース艇たちのスタートを邪魔したくないと思っていた隆が答えた。

プオープオオー

コミッティーボート上の瑠璃子が、たまにマリンホーンを鳴らしていた。

「あのマリオンホーンは、何で鳴らしているの?」

「レース艇の艇たちが、スタート前にスタートラインを越えているか越えていないかをマリンホーンで警告しているんですよ」

隆は、中村さんに説明した。

「あ、そんなのも審判しているんだ」

「まあ、レース艇のグループだけですけどね。クルージング艇の方は、多少スタートラインをはみ出していても見逃してしまっていますけどね」

「瑠璃ちゃん、すごく細かく判断しているよね」

陽子が言った。

「ヨットレースのルールがしっかり分かっていないと判断もできないですよね」

「だから、うららはラッコにコミッティーボートをやらせているんじゃないのか」

中村さんが、アクエリアスの、自分のところのクルーに答えた。

「隆くんがレースのルールとかも教えたんでしょう?」

「まあ、前回のレースの時に、ほんの少しだけですけどね」

中村さんに聞かれて、隆は答えた。

「しかし、ラッコの生徒さんたちは皆、優秀だよな。ラッコの生徒さんも皆、今年の4月からヨットを始めたばかりなんでしょう」

「そうですね」

「それで皆、あれだけ出来るようになってしまっているものな。あの背の小さな子なんか、隆くんよりも殆ど全てラッコのヘルムを取っているだろう」

「香代ちゃん」

「本当に優秀だよな。うちの生徒なんて、今だに全然分かっていないし、もう全然ヨットにさせ来ない生徒もいるっていうのに」

中村さんが言った。

「すみません・・」

中村さんの言葉に、つい頭を下げてしまった香織だった。

「あ、うちの生徒だって、まだ全然分かっていないことありますよ」

プオープオオー

「いや、しっかり審判しているものな」

また、瑠璃子の鳴らしたマリンホーンの音を聞いて、中村さんが言った。

「ヨットレースのルールしかわかってないかもしれないですよ」

隆が、自分のところのクルーのことを謙遜していた。

プオオオオオオオー!

レースのスタートを知らせるホーンが、海上に鳴り響いた。

レース艇は、沖側のスタートラインから、アクエリアスを含むクルージング艇は、コミッティーボート側のスタートラインからスタートした。


作家プロフィール

主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など


美奈 とマリさんにいいねを伝えよう
美奈 とマリさんや会社があなたに興味を持つかも