クルージングヨット教室物語96
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「ここ頼むよ」
隆は、アクエリアスに乗り移ると、すぐに中村さんからヘルムを任された。
「それじゃ、10分前の旗が上がるまで、少しタックとジャイブの練習しておこうか」
隆が言って、香織は右側のウインチ、陽子が左側のウインチ担当に配置となった。もともとのアクエリアスのクルー、男性2名がフォアデッキの担当についた。
「スピンも1回ぐらい練習しておきたかったけど、時間ないな」
タックとジャイブを何回か繰り返し練習したアクエリアスだった。
「10分前の旗が上がったな」
「麻美ちゃん、一生懸命に旗を上げているね」
香織が、コミッティーボートで旗を上げている麻美子を見て言った。
「スタートは1番で出ような」
中村さんが、キャビンの入り口に腰掛けて、顔を出して全体の司令塔をしていた。
コミッティーボートの反対側、沖側のブイのあるスタートライン付近では、うららやレーシング艇の集団がスタートの駆け引きをしつつ、クラブレースがスタートする時間を待っていた、
隆たちアクエリアスなどクルージング艇でクラブレースに参加している艇たちは、レース艇から離れて、コミッティーボート側のスタートラインでスタート時刻を待っていた。
「沖側の方が速く走れるのかな」
どうやら、キャビン中央に腰掛けている司令塔は、クルージング艇だけではなく、レース艇も含めて1位でスタートしたいみたいだった。
「どうでしょうね。風が少しずつ左にふれている感もあるし、沖側よりも陸側の方が良い風が吹いていそうな気もしますけどね」
あまり、クルージング艇がレース艇たちのスタートを邪魔したくないと思っていた隆が答えた。
プオープオオー
コミッティーボート上の瑠璃子が、たまにマリンホーンを鳴らしていた。
「あのマリオンホーンは、何で鳴らしているの?」
「レース艇の艇たちが、スタート前にスタートラインを越えているか越えていないかをマリンホーンで警告しているんですよ」
隆は、中村さんに説明した。
「あ、そんなのも審判しているんだ」
「まあ、レース艇のグループだけですけどね。クルージング艇の方は、多少スタートラインをはみ出していても見逃してしまっていますけどね」
「瑠璃ちゃん、すごく細かく判断しているよね」
陽子が言った。
「ヨットレースのルールがしっかり分かっていないと判断もできないですよね」
「だから、うららはラッコにコミッティーボートをやらせているんじゃないのか」
中村さんが、アクエリアスの、自分のところのクルーに答えた。
「隆くんがレースのルールとかも教えたんでしょう?」
「まあ、前回のレースの時に、ほんの少しだけですけどね」
中村さんに聞かれて、隆は答えた。
「しかし、ラッコの生徒さんたちは皆、優秀だよな。ラッコの生徒さんも皆、今年の4月からヨットを始めたばかりなんでしょう」
「そうですね」
「それで皆、あれだけ出来るようになってしまっているものな。あの背の小さな子なんか、隆くんよりも殆ど全てラッコのヘルムを取っているだろう」
「香代ちゃん」
「本当に優秀だよな。うちの生徒なんて、今だに全然分かっていないし、もう全然ヨットにさせ来ない生徒もいるっていうのに」
中村さんが言った。
「すみません・・」
中村さんの言葉に、つい頭を下げてしまった香織だった。
「あ、うちの生徒だって、まだ全然分かっていないことありますよ」
プオープオオー
「いや、しっかり審判しているものな」
また、瑠璃子の鳴らしたマリンホーンの音を聞いて、中村さんが言った。
「ヨットレースのルールしかわかってないかもしれないですよ」
隆が、自分のところのクルーのことを謙遜していた。
プオオオオオオオー!
レースのスタートを知らせるホーンが、海上に鳴り響いた。
レース艇は、沖側のスタートラインから、アクエリアスを含むクルージング艇は、コミッティーボート側のスタートラインからスタートした。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など