クルージングヨット教室物語87
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「おはよう、よく眠れたな」
中村さんは、ラッコのパイロットハウスのバースから目覚めて、麻美子に言った。
「クルージングに来て、こんな朝遅くまで寝ていたことは初めてだな」
「そうですよね。クルージングの時って、毎日次の寄港地に移動するからって、なんだかんだと割と早めに起きてしまいますものね」
隆は、中村さんに答えた。
「寝床が、しっかりシーツまで敷いてもらえて、家で寝ているのと同じぐらいに快適に寝れたよ」
「それは良かったわ」
麻美子が、笑顔で中村さんに返事した。
「今日はどうする?」
「明日の帰りも楽になるし、このまま東京湾を横断して、三崎に行こうかと」
隆は、本日の予定を中村さんに伝えた。
「香織も、ただアクエリアスに乗っているだけじゃなくて、ちゃんとウインチとか使ってセイルを上げたり下ろしたりもしないとだめだよ」
隆は、朝食を食べながら、香織に話していた。
「でも、私ってまだよくヨットのことわからないし、アクエリアスの役に立っていないけど」
「そうじゃなくて、わからないなりにも、自分からシートを引いたりし積極的に手伝いに行かなきゃ、それでないとわからないまま、何もしなければ、いつまでもわからないままだから」
「確かに、そうだよね」
香織は、隆に言われて納得した。
「このセーリンググローブ貸してあげるから持っていっていいよ」
隆は、自分のセーリンググローブを香織に手渡した。
「素手でシートを引くと、皮が剥けたりカサカサになってしまうから。学校で生徒たちに先生の手カサカサって言われてしまうからね」
「なんか、生徒が手カサカサって言うの可愛いかも・・」
香織は、隆のセーリンググローブを手にはめながら笑顔で言った。
それから朝食後、香織は、中村さんたちアクエリアスのメンバーと共に、奥の岸壁に泊まっているアクエリアスに戻って、三崎へ移動するための出航準備をしていた。
先に、下ろしていたアンカーを上げて、館山漁港の岸壁から離れたラッコは、漁港内をぐるぐると回って、アクエリアスが出航するのを待っていた。
「香織!そこに突っ立っていないで、これからアンカーを上げるんだから、アンカーロープを引けよ」
隆は、ラッコのステアリングを握って、港内を回りながら、アクエリアスのデッキ上に立っていた香織に大きな声で声をかけた。
「これから、アンカーロープを引こうと思っていたんだよ!」
香織は、自分の足元に置かれているアンカーロープを持ち上げると、隆の方に見せた。
「頑張って引いて!」
「もう引いてしまってもいいの?」
チラッとまだ出航準備中の中村さんの方を見てから、隆に聞いた。
「中村さん遅いから、もう引いちゃえ」
隆に言われて、香織が少しずつアンカーロープを引き始めた。中村さんは、慌てて準備を終えると、隆の言葉に苦笑しながらも、アクエリアスのラットを握っていた。
香織がアンカーロプを引くのに合わせて、アクエリアスの船体はゆっくりと岸壁を離れて、後ろへ動き始めた。船首にいたアクエリアスのクルーが岸壁と結ばれていた舫いロープを回収し、アクエリアスの船体は完璧に岸壁から離れていた。
「じゃ、出航しましょうか」
アクエリアスが館山の漁港を出港して、その後に続いて、ラッコも出港した。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など