クルージングヨット教室物語41
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「おはよう!」
隆たちが、横浜のマリーナに到着すると、既に瑠璃子と香代が来ていた。
ラッコの船体は、マリーナの職員たちの手で、昼間のうちにマリーナ前の海上、ポンツーンに浮かんでいた。そのラッコの窓からは、明かりがもれていた。
「あれ、電気が点いているじゃん」
皆が、船内に入ると、雪がキャビンの中にいた。
「早いね。もう来ていたんだ」
「後は、来ていないのは陽子ちゃんだけね」
麻美子が言った。
瑠璃子は、持って来た自分の荷物をフォアキャビンのクローゼットに片付けていた。麻美子は、アフトキャビンの棚に、自分たちが持って来た荷物を片付けていた。
「香代ちゃんも、こっちに荷物も持っておいで」
麻美子は、香代と一緒に荷物を片付けていた。
「え、ぜんぶ荷物をバッグから出して、棚に片付けているの?」
「うん。だって、これから1週間は、この船がずっと住まいになるのだもの。バッグの中からいちいち着替えとか取り出すよりも、棚に入っている方が暮らしやすいでしょう」
「確かにそうだね」
バッグだけを、ただクローゼットに放り込んでいた雪と瑠璃子も、もう1回フォアキャビンに戻って、フォアキャビンの荷物をもっと生活しやすいように片付け始めていた。
「陽子ちゃんって遅くなるの?」
「うん、なんかLINEで来てたんだけど、残業が残ってるんだって」
麻美子は、香代に答えた。
「あら、こんばんは」
麻美子が、香代とアフトキャビンの片付けを終えて、メインサロンに戻ると、サロンのソファには、アクエリアスのクルーたちが来ていて、隆とお喋りをしていた。
「いま、お茶を淹れますね」
麻美子は、ギャレーに行くと、お湯を沸かしてアクエリアスの人たちのために、お茶と家から持って来たお茶菓子をお皿に準備していた。
「ラッコは、もうメンバー皆、揃っているの?」
「後は、陽子ちゃん1人だけ」
麻美子は、中村さんにお茶を出しながら答えた。
「アクエリアスさんは、今回のクルージングも男性だけなんですね」
「うちも、女性の生徒さんは2人いるんだけどね。ヨット教室の初日の翌週に、1回だけ乗りに来ただけで、その後は全く乗りに来ていないんだよね」
「そうなんですか。あんまりヨットとの相性が合わなかったのかな」
麻美子は、中村さんに言った。
「もう1人の女性生徒さんなんて、初日にアクエリアスに振り分けられて、船の中でお話だけして以来、一度もヨットには乗りに来たことないからね」
「あら、もったいない。ヨット教室って、一応マリーナに教習料金払っているのでしょう」
「いくらだったか忘れたけど、1万だか2万だか掛かっているはずだけど」
中村さんが、麻美子に答えた。
「今月終わりのビールパーティーには来るって言ってたけどね」
中村さんが、麻美子に話した。
横浜のマリーナでは、年何回かシリーズでマリーナ主催のクラブレースを開催している。今年初戦のクラブレースには、ラッコも参加していて最下位でゴールしていた。
「最下位じゃないでしょう。失格だったじゃない」
隆が言っていた最下位を、麻美子が訂正した。
「そうだったよな。うちが最下位で、ラッコは失格だったよな」
中村さんが、麻美子の訂正に苦笑していた。
クラブレース2戦目は、ちょうど海の日の開催で、ラッコもアクエリアスも大島にクルージングへ行っていたので、クラブレースには参加していなかった。
そのクラブレースの3戦目が、8月の終わりの日曜日、ちょうど24時間テレビが放送される日と同じ時期に開催されているのだが、3戦目のレースが終わった後は、マリーナ敷地内でバーベキューや飲み物を準備して、夏のビールパーティーを開催するのが定例になっていた。
「ビールパーティーは楽しそうだから、参加したいと言っていたよ」
「そうなんですね。それじゃ、ビールパーティーの日に、初めて私はアクエリアスの女性クルーさんたちに出会えることになるのかな」
麻美子は、中村さんに返事した。
「ただ、その日に参加するっていうのは1人だけで、もう1人は、ビールパーティーも参加しないってさ」
「いくつぐらいの人なの?」
麻美子の横の席で話を聞いていた香代が、麻美子の袖を引っ張って聞いた。
「いくつぐらいなのだろうね」
「彼女って、いくつって言っていたかな」
中村さんは、自分のところのクルーに聞いていた。
「大内さんですよね。確か、28とか29って言っていたような」
アクエリアスのクルーが、中村さんに答えた。
「だってさ」
麻美子が、横にずっと一緒に腰掛けている香代に耳打ちした。
「同い年ぐらいだったら良いなって思った」
「香代ちゃんと同い年は、なかなかヨット教室の生徒さんにはいないかもね」
麻美子は、香代の頭を優しく撫でながら答えた。
「彼女は、いくつなの?」
「21歳よね」
麻美子が、香代に代わって中村さんに答えていた。
「21は、結構まだ若いんだね。ヨット教室では貴重な存在だ」
「麻美さんが優しいから、ラッコに配属になって良かったですね」
アクエリアスのクルーが、麻美子に返事していた。
「本当だよな。うちとか、他の男性が多い船へ配属になっていたら、彼女も、うちの大内さんみたいに途中から来なくなってしまっていたかもしれないよな」
中村さんが呟いた。
「こんばんは」
残業を終えて、陽子が遅れて到着した。
「あ、陽子ちゃん!残業は大丈夫だった?」
麻美子が、陽子のことを出迎えた。
「決算前の収支計算が大変で・・」
会社では、経理所属の陽子が、麻美子に返事した。
「経理前の収支は大変だよね」
同じく、会社で経理を取りまとめている麻美子が、陽子に同意した。
「ギャレーに、皆それぞれのマイカップとかもあるんだ」
陽子が、自分の持ってきた荷物を片付けているのを見て、中村さんが言った。
「うん、アクエリアスには、自分のマイカップとか無いんですか?」
「無いね、そういうのは」
中村さんが、陽子に答えた。
「ラッコは、このまま、いつでも皆で世界中に旅立っても大丈夫なぐらい、キャビンの中、皆の生活が暮らしやすくできているんだね」
キャビンの中を見渡して、中村さんが答えた。
「それじゃ、そろそろ世界へ出かけますか」
隆が、ラッコのエンジンをかけながら、皆に言った。
「それじゃ、出かけましょう」
アクエリアスの皆は、すぐ隣に泊めてあるアクエリアスに戻り、出航する。
「世界に行くんだ」
「うん、伊豆七島の世界へ」
隆は、陽子に答えた。