クルージングヨット教室物語16
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隆が保管している横浜のマリーナでは、春から秋にかけて艇を保管している会員同士の交流を兼ねて、毎月、月一でマリーナに保管しているヨット同士でのクラブレースを開催していた。
毎年、春からシリーズレースとして第1戦から第6戦まで開催されて、年末に開催される横浜のマリーナのクリスマスパーティーで総合優勝艇として祝していた。
クラブレースの開催された日には、春の第1戦から夏、秋の3戦目だけは、レースが終わった後に、マリーナ敷地内でバーベキューを準備して、ヨットレース参加者たちが集まりパーティーを開いていた。
ヨットレースに参加した男性クルーたちは、マリーナ敷地の中央にドラム缶を転がして持ってきて、その中に薪をくべて火を起こす。女性クルーたちは、クラブハウスから紙皿や紙コップ、飲み物に食べるものを準備して、薪の上に鉄板を配置して、その上で焼きそばを焼くのが定番となっていた。
薪をくべたドラム缶以外の空きドラム缶には氷水が入れられて、缶ジュースや缶ビールなどが冷やされていた。パーティー参加者たちは、そこから冷たい飲み物を取って味わっていた。
「もうパーティー始まっているな。俺たちも飲みに行こう」
隆は、陽子と一緒にラッコのデッキ上でセイルを片付けていたが、ようやくセイルも片付け終わったので、陽子のことを誘って、ラッコから降りると、パーティー会場に移動した。
「隆さん、ビールがあるよ」
陽子は、ドラム缶の中で冷えている缶ビールを手に取った。
「残念だけど、俺は、帰りに車の運転があるから」
「そうだよね、帰りは東京まで運転だよね」
「陽子、飲めるんでしょう。飲んでいきなよ」
隆は、烏龍茶を手にしていた。陽子は、隆に言われて、自分1人だけ缶ビールを頂いていた。
「うん、美味しいね。この焼きそば」
雪は、バーベキューで焼かれていた焼きそばを食べながら、隣の麻美子に話しかけていた。
隆と陽子が、乗り終わった後のセイルとか片付けておくからと言うので、他の皆は、先にパーティー会場に来て、バーベキューの準備を手伝っていたのだった。
準備を終えた後、会場で焼かれた焼きそばと飲み物を先に頂いていた。
「瑠璃子ちゃんって、けっこう飲めるんだね」
麻美子は、既に2本目の缶ビールを飲んでいる瑠璃子に声をかけた。
「麻美ちゃんは、お酒はぜんぜん飲まないんですか?」
少し頬を赤くしている瑠璃子が、オレンジジュースを飲んでいる麻美子に聞いた。麻美子の横に腰掛けていた雪も、1本目の缶ビールを手にして、飲んでいた。
アルコールを飲んでいないのは、麻美子と香代の2人だけだった。
「私も少しは飲めるけど、今日は帰りに車の運転があるからね」
麻美子は、たぶん隆がパーティーで飲むだろうと思ったから、自分はアルコールを控えていたのだった。
「香代ちゃんは飲まないの?」
「私、お酒って一度も飲んだことない」
まだ21歳の加代は、瑠璃子に聞かれて答えた。
「お酒なんて飲まない方がいいよ」
麻美子は、香代の頭をポンポン撫でながら、言った。21歳の香代のことを、麻美子は、まるで自分のかわいい妹のように思えていた。
「そういえば、隆さんと陽子ちゃんってどうしたんだろう?まだセイルを片付けているのかな?」
瑠璃子が呟いた。
「ほらほら、あそこに来ているじゃん」
ラッコの船体から下りてきて、こちらのパーティー会場にやって来る2人の姿を見つけて、雪が叫んだ。2人は、ラッコから下りてくると、パーティー会場に向かってくる途中、会場の隅に置かれていた飲み物のドラム缶から缶ビールを取って、バーベキューで焼きそばをもらって食べながら、楽しそうに談笑していた。
「なんかさ。陽子ちゃんって、ヨットの上で、いつも隆さんと仲良くしてない」
瑠璃子は、楽しそうに談笑している2人の姿を見ながら、呟いていた。
「本当だね。もしかして、あの2人ってお付き合いし始めたりして」
雪は、わざと麻美子に聞こえるように大きな声で、瑠璃子に返事していた。
「確かに。隆って、もしかして陽子ちゃんと話の波長が合うのかもね」
「心配だね」
「何が?」
麻美子は、雪に言われて、思わず聞き返していた。
「え、別に私たちって付き合っているわけじゃないし、ただの大学の同級生だからね」
「はいはい」
雪と瑠璃子は、麻美子の方を見ながらニヤニヤと苦笑していた。
「え、本当だよ。私たちって別に付き合っているわけじゃないからね。ただ、家が渋谷と中目黒で近いってだけで、うちのお母さんがさ、隆のこと気に入ってて、書中うちに食事に呼んでしまうのよね」
麻美子は、2人に話していた。
「そうだよね。それじゃ、もし隆さんと陽子ちゃんが結婚するってなったらどうする」
「別に良いんじゃないの。2人がお互いに結婚したいって決めたんだったら」
麻美子は、雪に返答した。
「私も喜んで、2人の結婚式に参加させてもらうわよ。そしたら、私は陽子ちゃんから良い人が見つかるようにブーケ投げてもらおうかな」
麻美子たちがおしゃべりをしているところに、当の隆と陽子が戻ってきた。
「やっと、セイルを片付け終わった。2人だけだったから畳むの大変だったよ」
「そう、お疲れ様」
麻美子は、ドラム缶から冷えた缶ビールを出してくると、隆に手渡した。陽子は、既に自分の分の缶ビールをしっかり手にしていた。
「え、俺は、帰りに車の運転があるから」
「大丈夫、大丈夫」
麻美子は、隆がいつも車の鍵を入れている方のポケットに手を突っ込むと、車の鍵を受け取っていた。
「え、そうなの。それじゃ、運転はお願いしちゃおうかな」
隆は、缶ビールを開けると、陽子の持っている缶ビールに乾杯してから飲み始めていた。隆は、さっきまで麻美子と雪、瑠璃子がしていた会話の内容については何も気づいていなかった。
「今日はレースお疲れ様。来週は普通にクルージングしような」
隆は、パーティーが終わった後、車の助手席に座りながら皆に言った。麻美子は、運転席に座って、鍵を回して車を運転していた。
「この車って、皆で乗るには、ちょっと狭いよね」
隆の車は、スポーツタイプのクーペ車だ。2シーターではなく、いちおう後部座席はあるが、後部には3人までしか乗れなかった。体が小さく、小柄の香代は助手席の真ん中、隆の横に腰掛けていた。
普段、隆が運転しているときは、助手席の麻美子の膝の上にちょっこんと腰掛けていたのだったが、さすがに隆の膝の上に腰掛けるわけにもいかず、助手席の内側に腰掛けていた。
「今度、もう少し皆で乗れるような車に買い換えようね」
「え、俺はけっこう、この車のこと気に入っているんだけどな」
「これじゃ、皆で乗れないでしょう」
麻美子は、隆に言った。