「ルリちゃんは、会社で経理のお仕事しているんだよね」
麻美子は、今日会ったばかりの永田瑠璃子ともすっかり仲良くなってしまっていて、ルリちゃんと呼ぶようになっていた。永田瑠璃子だけでなかった。鈴木香代は香代ちゃん、中村陽子のことは陽子ちゃんと呼んでいた。柏木雪のことだけは、雪さんと呼んでいた。
「なんで、柏木さんのことだけは雪さんなの?」
隆は、麻美子に聞いた。
「だって、私より4歳も年上だもの」
「そんなこと気にしなくてもいいよ、雪って呼んでよ」
雪は、麻美子に言った。
「へえ、麻美子よりも年上なんだ」
「そう、私がこの中で1番の年長者かな」
雪は、隆に答えた。
「そうなんだ。俺よりも年長なのかな」
「だから、私よりも4歳年上だって言っているじゃないの」
「麻美子より年上なのはさっき聞いたよ。俺より上かなって聞いたんだけど」
「何を言っているの?私と隆って同級生だよね、私より4つ上だって言っているでしょう」
「あ、そうか。じゃ、俺とも4つ上なのか」
隆がやっと気づいたように言ったので、皆はキャビンの中で大笑いになっていた。
「それじゃ、この中で1番の年下って誰かな?」
「香代ちゃん」
麻美子は、隣の席に座っている香代の頭を撫でながら、隆に答えた。クラブハウスでの講義中に、ロープワークを香代に教えてあげて以来、麻美子と香代はすっかり仲良くなっていた。
「すっかりお友達だよね」
麻美子が、香代に話しかけると、香代は麻美子に嬉しそうに頷いていた。
「お友達というよりも、見た目は親子だよな」
「お姉ちゃんと妹」
隆が麻美子に言った親子という言葉を、香代が言い直してくれていた。
「そうよね。お姉ちゃんと妹よね」
麻美子は、訂正してくれた香代の言葉に嬉しそうに笑顔になりながら、香代の頭を撫でていた。その姿は、どう見ても姉妹というよりも親子にしか見えなかった。
それから隆1人が混じってはいたが、日が暮れて周りが暗くなるまで、ラッコのキャビンの中では、女の子たちの黄色い声で女子会トークで盛り上がっていた。
「そろそろ、お開きにしようか」
隆の声で、皆は飲み終わったお茶のカップとお茶菓子を片付けて、船台の上のヨットから降りた。
「大丈夫か、スカートで下りられるか」
さっき上がるとき、麻美子が心配したのと同じことを、今度は隆が瑠璃子に声をかけていた。
「大丈夫、スカートでもどこでも普通に動き回れるから」
瑠璃子は、隆の前で普通にスカートでヨットのライフラインを越えると、キャタツを降りてみせた。
「でも、それじゃ、真下にいる麻美子にスカートの中まる見えだろう」
「え、ぜんぜん見えていないよ」
キャタツの下にいた麻美子は、降りてくる瑠璃子に向かって話していた。
「皆、ここから電車で帰るのかな」
隆は、自分の狭いセダン車に全員ぎゅうぎゅう詰めで乗せると、最寄り駅まで送り届けた。
「それじゃ、来週の日曜日ね」
皆が駅から電車に乗って帰ってしまうと、隆は麻美子を乗せて東京の自宅まで車を走らせた。隆は、渋谷のマンションで一人暮らし、麻美子は、中目黒の実家で両親と暮らしていた。
麻美子には、弟がいるのだが、弟は、いまサンフランシスコに単身赴任していた。
「私さ、ヨット教室の生徒さんたちが、うちのラッコにクルーとして大勢来るようになったら、隆が1人ぼっちでヨットに乗ることもなくなるだろうから、今週でヨットに乗るのは辞めようかなと思ってたの」
帰りの車の中で、麻美子は隆に言った。
「でもさ、あの子たちとヨットに乗るのだったら、なんかおしゃべりしてて楽しいし、もうしばらく隆のヨットに乗せてもらおうかなと思い直しているんだけど」
「いいんじゃないの、別に」
隆は、運転しながら麻美子に答えた。