現在、六本木の森美術館で開催中の「村上隆の五百羅漢図展」(〜2016年3月6日)。国内では14年ぶりとなる世界的アーティスト・村上隆氏の大規模な個展ということもあり、スタートして2ヵ月弱の間に来場者は10万人を突破するなど、その影響力は非常に大きなものです。
そんな村上氏が率いる有限会社カイカイキキ。2001年の設立以降、ギャラリーや展覧会の運営、アーティストマネージメントほか、アニメ・映画製作、アートフェスティバルとコンペの複合イベント『GEISAI』を開催するなど、アートを軸に独自の動きを見せ、各界から注目を集めてきました。ラグジュアリーブランドのルイ・ヴィトンや、ミュージシャン・ゆずとのコラボレーションについては、知っている人も多いのでは?
今回お話を伺う當麻篤さんは、村上氏の丁稚奉公として入社した異例の経歴の持ち主。現在は中野ブロードウェイを拠点に、ギャラリーとカフェ計4スペースのマネージャーとして働いています。
働くなら、日本一のアーティストのもとで。
はじまりは、村上隆の丁稚奉公。
ギャラリーマネージャーとして、どんなお仕事をされているんですか?
「ギャラリーのマネージャーなので、企画運営ももちろんですが、一番は管理ですよね。ギャラリーとカフェがうまくまわるように、展覧会の年間スケジュールも作れば、ひとつの展覧会のスケジュールも作ります。アーティストとのやりとりや交渉、お金のこと、ここ(Bar Zingaro)のメニューにも目を通したりとか。展覧会を開けばその現場に行くし、営業をする。全部村上がチェックしますけど、話し合いながら決めていきます。
うちの会社は、アートも映画もアニメも作れば、企業とのコラボレーションも多いので、その発表の度にパーティーをするんです。だからギャラリー担当兼パーティー担当みたいになっています(笑)」
當麻篤さん
1日の大半を占めるのがミーティング。出社後、打合せをし、打合せで決まったことを各スタッフと分担し、また別の打合せへ。絶え間なく連絡を取るため、「一日中携帯をいじってますよ」と當麻さん。
カイカイキキに入社した理由は何だったんですか?
「大学で陶芸を学んでいたんですけど、途中でよくわからなくなって、韓国に逃亡して…。その後、日本に戻ってきてアートに関わる仕事をしたいなぁ思うようになった頃、村上がルイ・ヴィトンとコラボしていて、よく名前を目にしたんです。現代アートの情報を追えば、村上が一番活動的だったし、まぁとにかく有名だったので、勝手に僕が日本一だなと思って、なんでもいいからやらせてくれって突撃したんです。僕、最初の肩書きは丁稚奉公ですよ」
当時の仕事内容は?
「朝7時に出社して、村上を起こすところから。村上の好きな珈琲を買ってきて、村上が仕事を始めたら部屋を掃除して、洗濯をして。どこかに出掛けるとなったら車を準備する。それを1年くらいやりました。その後、プロジェクトアシスタント、プロジェクト、スケジューラー、ギャラリーZingaro店長、Zingaro統括と変わりました。けっこうコロコロ変わってます。村上は、スタッフをひとつの場所におさめず、その人にあった得意なところを見つけて動かしてくれるんです。だから、新卒で入社して1年2年で大きな仕事を任せられたり、他にも、ペインターだった子が今は人事にいたり。とりあえずやらせてみる。でも、全くしっくりこないときもあります。そういう場合は、やっぱり違ったなって戻すんですけど」
社長=アーティストゆえの視点。カイカイキキ流アーティストマネージメントとは?
先ほどアーティストとのやりとりもお仕事のひとつだと教えていただきましたが、カイカイキキ流のマネージメント方法などあれば教えてください。
「うちのアーティストマネージメントは他のギャラリーとはちょっと違って。というのも、村上隆というアーティストがやっている会社なので、社長がアーティストの気持ちをわかってあげられるんです。彼がアーティストとして今までやってきたなかで、ギャラリーから不憫な思いをさせられたこともあったので、そういう経験を活かして、アーティストケアを重視していますね。いかにアーティストが気持ちよく仕事できるか、不自由なく仕事できるか。そういうところに気を遣っています。とくに若いアーティストはお金がないので、制作するのも一苦労です。なので、まずそこからサポートをする。普通のやり方だと、作品を納品してもらって、それが売れてからアーティストにお金が入るものだと思うんですけど、いやらしい意味じゃなく、いい絵を描くためににそうしています。だから、初期の段階では赤字になることがほとんど。採算を考えてないとは言いませんが、いいアーティストを育てるというところに力を入れているので」
當麻さんがアーティストと関わる際に心掛けていることはありますか?
「相手に合わせてすごく丁寧に接する場合と、フランクに友だち感覚で接する場合とありますが……。やっぱり気遣いが重要かな、すごく。アーティストには自分の気持ちをうまく伝えられない人が多いので、『お腹減ってない?』とか、そういうところから。あとは、村上隆のカイカイキキということで、アーティスト側が遠慮していたり、気を遣ってきたりする場合もあるので、細かなところを気にかけるようにしています」
お話を聞いていると、カイカイキキという会社がいかに若いアーティストへ注力しているか伝わってきます。そこまでするのには、どんな理由があるのでしょうか?
「村上はどうやって世界に出て行けばいいか村上なりのハウツーを持っています。若くていいアーティストがいても、ハウツーを知らずに潰れていくことが多いので、教えなきゃという義務感があるんです。彼は『芸術起業論』という本を出すくらいだし、商売人気質もあって、アートやブランドの作り方、出方、攻め方をすごい重視しています。アートで世界に通用する人は数人しかいないので、第二の村上隆が日本に出てこないと……。採算というよりも日本のことを考えてのことです。
カイカイキキはブランディングがとても重要なため、それに対するコミュニケーションが最重要視されています。傷付けることは許されません。すべての仕事、例えばメール1本送るのにしても慎重なんですよ。それを一歩間違えると『ふざけるな!』と村上も激高するので」
現在カイカイキキが都内に有するギャラリーは4つ。元麻布にある「Kaikai Kiki Gallery」、中野ブロードウェイ内には「Hidari Zingaro」「pixiv Zingaro」「Oz Zingaro」と趣の異なるギャラリーが軒を連ねる。ブロードウェイにギャラリーをオープンしたのも、若手アーティストをプッシュするためだったそう。
Photo by Ikki Ogata
「Oz Zingaro」店内の様子。ここでは、陶芸や骨董、日本の生活環境に合う現代美術をセレクトしている。
Photo by Toru Kometani
カフェ「Bar Zingaro」は、ブロードウェイ内にある3つのギャラリーを繋げるコミュニケーションの場として機能。
「Kaikai Kiki Galleryはメインのギャラリーで、西欧のアートシーンを意識した仕様なんです。元麻布という土地柄も、目的がないと来ない場所ですし。そんななか『GEISAI』という若手のアーティストの公募展みたいなことをやったりと、若手をプッシュアップすることに力を入れていたので、もっと小さな(お客さんと作品との距離感が)フランクなギャラリーを作ろうという話になりました。要するにアーティストがチャレンジできる、いい意味で失敗してもいいギャラリーを作りたかったんです。とはいえ、カイカイキキという名前で失敗するのはちょっと問題なので、Zingaro(ジンガロ)という名前にしています」
芸術はなくならない。“アートで飯を喰う”のは、ある意味現実的なこと。
アートって、どんな作品にどれだけの価値があるものなのかわからないし、自分には関係ない、敷居が高いと思っている人も多いと思います。アートを仕事にしてごはんを食べるということも、なかなか想像しづらいというか。
「おっしゃるとおり、日本では絵を買って飾る習慣なんてないですよね。なんでそうなってしまったかというと、江戸時代なんかは浮世絵、着物、刀……どれも今でいうところのアートばかりで、実用性等が重視され、どれも民芸よりなんです。日本ではアートより漫画やアニメの方が人気じゃないですか。村上的には、アートの地盤があるのに、日本勢はなかなか海外に出て行けない。だからそれをプッシュアップするという考えです」
世界一のアーティストのもとで働きたい。そんなシンプルでストレートな気持ちと行動がきっかけで、アートという世界共通の言語を武器に仕事をすることになった當麻さん。後編では、村上氏の希望をかたちにするカイカイキキ流のワークスタイルや當麻さんの仕事観に迫ります。