東京都内を中心とし、首都圏に100店舗以上を展開する「名代 富士そば」。すぐ食べられて、リーズナブルで、しかもおいしい。駅前にあるのも便利で、忙しい仕事の合間や帰りが遅くなってしまった日の夕飯など、よく利用しているという方も多いはず。
また、富士そばを経営するダイタングループ会長である丹 道夫(たん みちお)さんの“ホワイト”な経営方針が話題にあがることも。「ちゃんと待遇をよくしてあげれば、みんな働くし、自分も楽ができる」とし、成果を出せばそのぶん給料としてかえってくるという仕組みを徹底しているそうです。加えて、「アイデアにダメと言わない」という方針で従業員の考えや自主性を尊重し、その結果か各店舗で開発している限定メニューは軒並みかなりのインパクト。 2016年に発売された津田沼店の「トルネードポテト天そば」や、見た目からは想像できないほどの辛さで挑戦者たちを泣かせてきた「激辛赤いたぬき」などの名作(迷作?)を生み出しています。
話題に事欠かない「富士そば」での“仕事”についてお話を伺うべく、ダイタンイート株式会社 係長の安部 茂人(あべ しげと)さんと、小平店で店長を務める水町 元大(みずまち げんた)さんを訪ねました。
地元の人に愛されるお店
小平駅南口の階段を降りるとすぐに視界に飛び込んでくる「富士そば」の文字。今年の5月にオープンしたばかりのこちらの小平店。特徴のひとつは「乱切り蕎麦」があることです。厨房には押し出し式の製麺機を完備していて、打ちたて、茹でたての生麺を楽しめます。テーブル席も備え、家族でも入りやすい雰囲気の店舗作りがされていました。
安部さんのお仕事は、いくつかの受け持ちの店舗に足を運び、より良い店づくりをサポートすること。現在担当しているのは、5店舗だそうです。
安部さん「私は以前、津田沼店のオープニング店長を務めていたのですが、そのときにアルバイトとして採用したのが、彼なんです。津田沼店は富士そばのグループの中でいつも上位3位を争う繁忙店で、さらに私の指導は体育会系なところがあるので大変だったと思います。ですが、そんな私の姿を見て『社員になりたい』と言ってくれたので、嬉しくて。すぐに本部に掛け合いました」
−水町さんは店長になられて、どのくらいなのですか
水町さん「1年と2ヶ月くらいです。アルバイト期間は2年ほどですね。はじめは時給が良いからというきっかけで入ったのですが、先輩の姿を見て、この道でやっていきたいと思い社員を目指しました」
安部さん「社歴一年強で新店の店長に抜擢されることは、滅多にないんですよ。まさに期待の新人という感じで」
−おもてのメニューにあった「冷やしコロッケおろしそば(うどん)」と「赤辛ざるそば(うどん)」は小平店限定メニューですよね。なぜオリジナルメニューに力を入れているのでしょうか。
安部さん「付加価値ですね。同じ富士そばでも首都圏に100店舗以上あるなか、どうやってこのお店に来てもらうかということを考えて、『このお店でしか食べられないもの』を開発するんです。あとはやはり地域密着型でやっているので、地元のファンづくりの意味合いも大きいですね。オリジナルメニューの人気が出ると他店にも展開されることがあるのですが、そのときは『地元のお客さまに応援していただけたおかげです』と。地元の人に愛されるメニューを作るため、開発も各店舗で独自におこなっているんですよ。お客さまが今のメニューに飽きていないかなとか、旬の食材入れたら反応はどうかな、など日々観察しています」
−なるほど…。メニュー開発をするにあたって、重視していることはなんですか
水町さん「一番は、お客さまが望んでいるかどうかですね。オリジナルメニューを出したときは、何杯注文が入ったか、食べたあとのお皿はからっぽかなど、注意深く細かく観察しています。それから、厨房の回転率を落とさずに作れるかどうかも重要です。新メニューを作るにあたって、手間がかかって他のメニューのご提供が遅れてしまうようなことがあっては本末転倒ですので。仕込みも同じで、できるだけ手間のかからないものでないといけなくて」
安部さん「使う食材も、なるべくそのときお店で使っている既存のものから選びます。新しいものを仕入れるとそのぶん廃棄が増えてしまうこともあるので。以前津田沼店で『あんかけ揚げ出し豆腐そば・うどん』を作ったときは豆腐を仕入れたのですが、ごはんもの含め3つほど豆腐を使ったメニューを作ることで廃棄のリスクを減らしました」
−すごく制約の多い中での開発ですよね。これまでにどれくらいメニュー開発をおこなってきたのですか
安部さん「メニュー開発に関わって2年くらいなのですが、店頭に出た数でどれくらいだろう…おそらく、20個くらい作ったと思います」
−ボツになる理由というのは
安部さん「新メニューをお店で出すとき、必ず本部で試食会があるのですが、『意図がわからない』と指摘されることが多々あります。何をもってお客様に提供しているのか、ということですね。もし似たようなメニューがあるものだったら、既存メニューの出庫数が減ってしまうだけなので、それだと出す意味がありませんから。私の場合、考えたメニューの7割くらいは試食会を通過しているので、いい数字だと思います」
富士そばを支えるヒットメニュー
−今までで印象に残っているメニューを教えてください。
安部さん「すごく話題になったのは、『激辛赤いたぬき』ですね。これは上司から『辛いメニューを作るように』というお題があったので、いっそ日本一辛いそばを作ろうと思って。『激辛蕎麦屋革命!』と銘打って店舗に出したところ、辛いもの好きな方が各地から来てくださいました。ギブアップして帰っていく方も、つゆまで全部飲み干す方もいらっしゃって反応はさまざまでしたね。通常であれば新メニューはある程度の期間が経つと出庫数が減り、次の新メニューと交代かな…となるのですが、『激辛赤いたぬき』はいまだに、このメニューを目当てに店舗に来てくださるお客さまが絶えないので残しているんですよ」
安部さん「ちなみに、揚げ玉が赤いので、これが辛いんだろうと思われるのですが、実は、つゆの部分が激辛なんです。つゆの見た目はいたって普通ですから、初めて食べるかたは驚かれますね(笑)。揚げ玉は一味パウダーで色をつけただけなので辛くありません。また、具材に肉や野菜を選ぶと負けてしまって味がしなかったので、甘みのある揚げ玉か温泉卵で和らげる方針でいこうとなって、最終的に揚げ玉になったんですよ」
水町さん「僕は『ビビンバ風旨辛丼』ですね。アルバイト時代からあたためていて、店長になってからついに出すことができたんです。思い出深いですね」
安部さん「初めてのオリジナルメニューなのにいきなり大ヒットだったね」
水町さん「実家の母がビビンバを作ってくれて。それがヒントになりました」
−小平店のオリジナルメニュー、売れ行きはいかがですか
水町さん「赤辛ざるそばはかなり売れています。この店舗から始まって、今は20店舗にまで広がっています」
−やはり辛い系は強いんですね。
水町さん「よかったら、召し上がっていってください」
水町さん「どうぞ!小平店は乱切りそばのお店なので、冷たいそばが特においしいんですよ。これからもどんどん、冷たいそばの新メニューを開発したいですね」
たっぷり唐辛子のかかった艶やかな麺。出汁のきいたつゆは甘めの味付けなので、つるつるっと頬張ると、口の中で辛さと甘さが絶妙に絡み合います。そばはもちもちで喉ごしもよく、ずずっと一口食べて「おいしい!」そしてあとから…結構辛い(笑)! 取材チームの3人全員「辛い!」と口々にいうものの、冷たいざるそばなので食べやすく、「(辛いけど)思ったよりも食べられる!」という感想だったので、じんわりとした辛さでなく、冷たく爽やかでピリリとした辛さの刺激を楽しみたいという方にぜひおすすめします。
後編では、お客様ファーストの富士そば店舗運営術、そのやりがいと難しさについてお話を伺います。