Twitter、Facebook、Instagram……現代は様々なツールがあふれ、SNSに触れない日はないという時代となっています。自分の表現や思っていることをふと発信するのが簡単であたりまえな世の中になりましたが、その分だけ表裏一体となっているのが“炎上”です。また過去にふとネットにつぶやいた内容から個人情報を特定されてしまう事態なども起きています。
実は筆者である私自身も担当した記事があらぬ誤解を生み、“炎上”に近いできごとが起き、仕事をすることが非常に怖い時期がありました。
そんな炎上について、どうすれば未然に防ぐことができるのか。
そのテーマに対して真っ向から向き合い、小学生から大学生、企業までを対象に講演を行っているのがグリー株式会社 安心・安全チームマネジャーの小木曽健(おぎそ けん)さんです。小木曽さんはインターネットで情報を発信するリスク、そしてSNS上で自らを適切に発信していくことの大切さを説くために、日本全国で講演をしています。それは多感な10代の小・中・高校生を対象にした学校だけにとどまらず、多くの社会人を預かる企業の“リスクマネジメント”として招かれることも増えているそうです。
「現在、年間で2,000件くらい講演の依頼があるんですよ」
明朗な笑顔を浮かべた小木曽さんは、非常に多忙な中で日本全国を駆け回り、ネットで簡単に情報を開示しまうことのリスクを説明し、どうしたらインターネットを安心で安全に活用できるかを話しています。小学生にも理解できる事例や画像を作って説明し、ネットでの発信にはリスクがあること、そして自らの頭で“ブレーキをかけること”が大切だということを教え回っているのです。
ポイントは、予想通りのことをしない
年間を通し、たくさんの講演をこなす小木曽さんですが、中にはいわゆる荒れている学校もあるそうです。しかし、そういった状況でも小木曽さんは型破りな方法を考え、自らのペースへと引き込むことができるようになりました。
「最初の1分で、参加者を裏切るんです。まず、絶対にスーツを着ません。講演会ってかしこまった雰囲気のものも多いんですが、だからこそ僕はあえて着ません。そして初めに宣言するんですよ。『今ここにいる人の中で、今後数年以内にネットで失敗して人生が終わりになるひとが何人かいます。だから、これから1時間使ってその人数をゼロにします!』って。突然現れたラフな格好の知らないおじさんが“誰かの人生終わりますよ”って宣言する時点で、“なんだこいつ?”ってなるわけですよ。参加者が予想できる内容の講演では、、最初から話なんか聞いてもらえませんからね」
インターネット上で話題になった一つの写真がありました。それは玄関ドアに上司への文句を堂々と貼り付けているものです。
「職場の上司、マジで殺したい」と書かれた紙を玄関に貼る行為。現実の世界で実行するかと言えば「周囲の人に見られたら、とんでもないことになる」と感じ、やらなくて当然の行為なのですが、「これは誰もがネットの中でやっていることです。ネットに何かを投稿するというのは、この玄関ドアでの行為そのものですよ」と小木曽さんは言います。ネットの世界では気軽に投稿できる分、そのハードルが下がってしまい、このような投稿をしてしまうケースが多々あるそうです。その結果自分の投稿が炎上し、不特定多数の人間を集めてしまい、過去の投稿などから自らの個人情報が明らかになってしまう事態が多く発生しています。
講演の中で生まれた嬉しい出会い
小木曽さんはこのような例えと印象深い画像などを駆使して、SNSやネットを使う上で心にとどめておくべきポイントを話していきます。講演の始まりで予想を裏切り、誰にでも分かりやすい例で繰り返し説明していくことで、気づけば参加者が聞き入る状態が生まれます。特に感銘を受けるのは学生が多いようです。
「今からの話は自慢なんですけど(笑)……いいですか?」
こう冗談めかしながら語る小木曽さんは以下の話を嬉しそうに進めます。
「『こんなに面白い講演は今までなかった!』っていうのはよく言ってもらえますし、ほかにも『寝なかった講演は初めてだった』などもうれしい感想です(笑)。最近とくにうれしかったのは、三重県の松坂の中学校に2年連続で行ったんですけれど、最初の年に僕の講演を受けた子が “あんな人になってあんな仕事がしたい”って思ってくれて、SNSで僕のアカウントとつながろうとしたんです」
自らの講演に感銘を受けてくれる。そのことだけでも手ごたえがあったと思いますが、その後の生徒親子のやり取りが何よりもうれしかったと言います。
「まず親にちゃんと相談したんですよね。SNSやっていいかって。でも最初は『ダメ』と言われたそうです。まあ親がダメって言ったら仕方ないよねって思ったら、違うんですよ。次の試験で全教科90点以上取ったらSNSのアカウント作っていいよってことでして。そのハードルを越えるためにめちゃくちゃ勉強してホントに全部取ったんですよね。その結果を親も認めて、僕にさらっと申請してきたんですよ。次の年にまた講演に行ったときに初めてそのエピソードを聞いて、ほんとうに泣きそうになりましたね」
きっかけは食えないミュージシャン
このような出会いが行く先々であるのが醍醐味という小木曽さんですが、今の仕事のベースとなっている“ひとに語り、聞いて、理解してもらえる能力”は一朝一夕に磨かれたものではありません。「昔から人前でしゃべるのは苦手じゃなかったです。でもそれは苦手じゃないだけで特に上手いわけではない。自分が得意だと言えるようになったのはここ数年だと思います」という小木曽さん。実は学生時代からバンドマンとしての活動を続けていました。ミュージシャンを本気で目指していたという小木曽さんは就職活動をしなかったそうです。
「大学卒業後も3~4年は本気でミュージシャンになるつもりだったんですよ。ただ、まあ才能も無かったんでビックリするくらい稼げないんです(笑)。たまにレコーディングの手伝いの仕事がもらえて、年収が数万円とかそんな世界ですから、絶対に食べていけませんよね。そこで見つけたアルバイトが、たまたまコールセンターだったんです」
何を志したわけでなく、成り行きで入ったコールセンター。そこに自らのスキルを磨くきっかけがあったと言います。
コールセンターは非日常。だけれども秩序のある世界
「クレームに対応することも仕事のひとつなので、それほど平和な毎日ではないわけですよ。例えば『今から行くぞ』なんて言われたりするのは当たり前でしたからね。でも、仕事自体は嫌ではなかったんです。コールセンターって最新の技術が導入されたりする場所でもあるのに、一方で泥臭い人間のやり取りが必ずある、そういう部分が好きだったんです。まあでも、クレームを言われるのは楽しくはないんですけどね(笑)。でもこういうアプローチで話すと、人間の感情は軟化するんだなとか、少しずつ相手の反応が変化するポイントに気づいていって、コミュニケーション能力がめちゃくちゃ鍛えられましたね」
一見想像すると修羅場の連続に思われますが、「でもそんなにヘビーな世界じゃないんですよ」と切り出して、そのコツを説明します。
「カスタマーサポートの世界ってのはクレームをつける側、つけられる側というある意味役割りがあって、それなりのルール、仁義があるんですよ。お互いに暗黙のルールの中でやり取りするので、割と秩序がある世界なんですね。その中で得たテクニックが、相手の想定を超えるアクションを取ることによって、相手の動きを止め、やりとりの主導権すら取り戻すことができる、という技法です。例えば、絶対にここは『申し訳ございません』という場面だろ、という時に、あえて『本当にありがとうございます』っていう感謝を伝えると、向こうは『えっ!』ってなるんですよ」
リアルの現場でコミュニケーション技法を学んだ小木曽さんは、気づけば「勤め人も面白いな」と感じ始め、会社員として複数のIT企業のカスタマーサポート部門を渡り歩くことになります。これは、自分の歩んだキャリアによって、自然と“やりたいこと”が見つかった好例であることは間違いありません。自らが“やりたい”と思った仕事ではなくても、自らが“できる”ことに気づくチャンスはある――。小木曽さんのキャリア形成から学べるヒントは大きなものです。
後編▶伝わらないことを覚悟する。それが分かれば自分自身と向き合える
Information
11歳からの正しく怖がるインターネット: 大人もネットで失敗しなくなる本 ― 小木曽健 (著)
本インタビューでも触れている炎上についてや、ネットを安全・安心に使うための「絶対に失敗しない方法」を詳しくイラスト入りでわかりやすく紹介。
11歳から大人まで、インターネットとうまく付き合う方法が載っています。