Echo State Networkにおけるリザーバー層へのスモールワールドネットワーク性の導入による,時系列信号予測精度に与える影響
近年,人間の大脳における高度な情報処理を実現させている要因の一つとして,脳の伝達神経回路網(コネクトーム)のスモールワールド性が考えられており,そのスモールワールド構造の存在は生理学的に確認されてきた.しかし,具体的に神経回路網のネットワーク構造がどのようにして人の認識能力に作用しているかの定量的な実証は完全には行われていない.グラフ理論から派生する複雑ネットワーク科学においてスモールワールドネットワークは小直径,高クラスター係数を有するネットワーク構造として特徴づけられるが,そのネットワーク構造が如何にして脳における認知活動に影響を与えるのかを検証する必要がある.人間の脳の機能や構造を数理モデル化して機械学習や人工知能としての技術に応用している例は数多く存在するが,脳を参考にして技術を生み出すと同時に,それら脳の処理を数理モデル化したものから脳の認知能力の発現の仕組みに対しての示唆を得ることもできる.脳における処理を模倣した技術のひとつとして,リザーバーコンピューティング(Reservoir Computing)システムと呼ばれる手法が提案されている.これは人間の脳神経を模倣して構築された数理モデルであるリカレントニューラルネットワーク(Recurrent Neural Network)から派生した概念の一つである.リカレントニューラルネットワークは,人間の脳を模倣した数理モデルの一種であり,多数のニューロン素子から構成されたネットワークを用いて情報処理を行うモデルである.このモデルの最大の特徴は時系列データを処理できる点であり,音声認識システムや文字認識システムなど,従来のネットワークモデルが苦手とする高度な情報処理を実現している.リザーバーコンピューティングモデルは,そのリカレントニューラルネットワークの学習方法を改良したモデルであり,情報処理の高速化を実現している.さらにそのモデル構造が脳の認知活動におけるワーキングメモリの構造として仮定しうることから,脳の機能の一部のモデルとしても利用されている.このモデル化においてはリザーバーコンピューティングの一種であるEcho State Networkというモデルがよく使用されている.Echo State Networkでは離散的な時系列データを扱い出力は実数で出てくる.Echo State Networkは人間の脳の一部の機能を単純化した数理モデルである一方,そのような単純モデルにおいてでさえ,各種パラメータの認知活動に対する影響や意味ははっきりしていない.人間の脳の認知活動の仕組みを解明するためにはまず,神経回路網(コネクトーム)の解明,そしてその構造が与える影響を検証する.そのためには,脳の認知活動の数理モデル化によって得られたデータから,神経回路網というネットワーク構造が与える認知活動への影響についての研究が必要とされている. そこで本研究ではリザーバーコンピューティングの代表例であるEcho State Networkに注目し,その学習処理性能がリザーバー部分のネットワーク構造にどのように影響しているかを解明することを目的とする.その目的のために,まずはEcho State Networkモデルの数値シミュレーションによってカオス時系列予測を行い,その精度を評価するとともに,そのタスクの中でリザーバー部分のネットワーク構造を変化させながら,リザーバーコンピューティングの諸性能に与えるリザーバーネットワーク構造変化による影響について解析を行う.