ユアマイスターのプロダクト内製化が始まった当初の2017年から、開発に関わり続けてくださっている明石信之さん。
ミスターアドテクと呼ばれ数々の大きなプロジェクトやCTOを経験し、その企業を支えてきた明石さんも、実はSIerからエンジニアのキャリアをスタートしていました。
SIerでの就業、ヤフーでのCTO、ベンチャー支援などを通してエンジニアの成長を見てきた明石さんが、ご自身のキャリアを語りながら企業におけるエンジニアの成長とCTOに必要な力について、ユアマイスターの開発責任者 星がインタビューしました。
マネジメントはしたくない。エンジニアリングをさせて欲しい。
ーー明石さんはヤフーやフリークアウトでのCTOキャリアのイメージが強いのですが、そもそものエンジニアキャリアの始まりを教えてください。
社会人になってから最初の10数年は、エンジニアとしてSIerの孫請けのシステム開発会社を転々としていました。自分に合った会社が見つからずジョブホッパーでした。
ーー担当業界も移動していたんですか?
基本孫請けの会社だったので、業界関係なく色々な領域の仕事を請け負いました。とにかくいろんなシステムを開発した時期でした。宇宙産業や官公庁、金融、携帯電話、大手メーカーなど、領域も組み込みからメインフレームまで満遍なく経験を積むことができました。工程だと運用が少なくて、設計、開発、納品まで、案件によっては現地調整まで一通り携わってきました。
SIerでのキャリアの後半はマネジメントが主になってきたのですが、やっていてマネジメントつまらないなって(笑)。エンジニアに戻るために転職活動を始めました。どうせだったらそれまでのような案件を請ける会社よりも自社サービスを持っている事業会社でやってみたいと思って、ヤフーに2000年に入社しました。
ーーその時はどのようなポジションで入られたんですか?
もともとセキュリティ系のポジションに応募していたんですが、それまでの経験の多さからデータベース担当として配属されました。初めに担当したのは、ヤフーのディレクトリサービスのコンテンツを管理するシステムでした。入社後1ヶ月くらいで広告配信システムにアサインされました。オンボーディングもまともに終わってない時期ですよね。そこから今に至るまでインターネット広告システムにずっと関わっています。
ーーそれまでに広告システムは触ったことはあったんですか?
いえ、ヤフーで初めてインターネット広告システムに触れました。ヤフーが当時持っていた自社広告システム、最近でいえばプレミアム広告、画像型のCPM広告がすでにあり、その配信管理システムをリニューアルするプロジェクトに2000年にアサインされました。その後、7年間、エンジニアとして米国ヤフーの新機能やシステムから日本市場に適切なものの調査や導入決定しながら、そのローカライズ開発やディレクションを続けました。
ーー1人成人している長さですね(笑)。7年経って、エンジニアメンバーからキャリアアップしていったんですか?
役職的なキャリアアップは、入社してから7年間は拒否し続けました。入社時の転職理由で、マネジメントじゃなくエンジニアをやりたいから、と言っていたので「エンジニアをさせてくれ。役職をつけたらやめます。」とはっきりと言い続けた7年でした。
しかし、当時のチームメンバーから、「明石さんが偉くならないとみんなのキャリアパスがみえない」と言う声を何度かもらって背中を押され、CTOになろうと。そこから、部格のチームを自分から立ち上げて成果を出した結果として、広告開発全体を管理するアドチーフアーキテクトになり、チームもスケールさせ、その後、Overture Japanの買収プロジェクトの技術担当や今のYDN(Yahoo!ディスプレイアドネットワーク)の技術責任者として開発を行いました。
ーーそれは事業として独立したものだったんでしょうか?
事業としては、純広告の仕組みと検索連動型の仕組み、当時インタレストマッチと呼ばれていたYDMの原型、データ活用の4つの部門管理と技術統括を担っていました。データについては、思い入れがあり、2007年頃にデータの集計だけのデータではなく、集計したデータを活用するシステムを開発するチームを作っていたんです。
ーー2009年頃にビッグデータが流行り始める前に着手していたんですね。アナリストがいるチームだったんですか?
分析基盤の開発やモデリングができるエンジニア、アナリストなどをまとめてデータチームを作っていました。他にも社内の各部署に分散していた分析ができる人間を集めて、1つの部署にしました。今のヤフーデータソリューションの原点ですね(笑)
3年間の期間限定で始めたヤフーCTOへの挑戦
ーーその後、CTOになると思うのですが、どのような苦労がありましたか?
ヤフーの広告配信システムは、ヤフー内の広告管理・配信が中心だったので、どういったサービスが社内にあるかはシステムを通じて全てわかる。2009年CTOになって苦労したのは、標準化。当時はインターネット化されていないビジネスのインターネット化を進めている時期で、さまざまな事業ドメインがバーティカルサービスとして存在していました。もともとログなどの標準化は取り組んで進めていたのですが、事業の特性やお作法がそれぞれ異なる中で機能や仕組みの標準化を進めるのは、悩ましかったです。
ーーCTOをやっている時のミッションはどんなことがありましたか?
まず、任されたミッションが形骸化しないように3年間限定でCTOをやろうと決めていました。そして、そのミッションは、エンジニアリングリソースの効率化と開発と運用の分離、そして開発工数の削減の3つでした。
1つ目に関しては、それまでサービスや事業部ごとにあった開発部を1箇所にまとめて、リソースを柔軟に再配置できるような効率的な環境を作りました。
2つ目の開発と運用の分離については、当時ヤフーはSOX対応を進めるタイミングだったので、1200人くらいのエンジニアを、R&D統括本部に開発エンジニアメンバーをオペレーション統括本部には運用エンジニアメンバーをと統括本部を分けて配置しました。
3つ目は、それまで事業が走り続けてきたことによって全体の開発工数が増大しているタイミングでCTOになったので、車輪の再開発でできあがったシステムの統合による整理を進めました。
ーー3年間CTOを担った後はどうされたんですか?
2012年に宮坂学さんが代表に就任し、その後2年くらいは次のCTOやテクニカルディレクターへの権限移譲と、広告システムとデータソリューションの技術責任者として広告システムの見直しと、データソリューションチームの独立化を進めました。
日本から成功するベンチャーを作りたいー後世育成をスタート
ーー今もヤフーの事業には携わっているんでしょうか?
ヤフーには今も籍があって、技術アドバイザーをやっています。Web検索自体はGoogleを使っていますが、バーティカルはヤフー内で作っていく必要があり、今後の検索の発展に必要なコンポーネントを考えて開発プロジェクトを立ち上げたり、バーティカル検索そのものをよくしていこうとしています。他にも次世代のアーキテクトを育てためのエンジニア合宿を企画と主催を行っています。
ーーユアマイスターでも次世代のアーキテクト育てたいです。
やりますか?結構ガチというか、厳しい合宿ですよ(笑)。
ーー話は戻りますが、ヤフーでCTOを退いた後は、何をしたんでしょうか。
2014年に執行役員CTOとしてフリークアウトに転籍しました。IPOするので成長を続けられる組織を作りたい、というオーダーに合わせて施策や組織のベースづくりに携わり、その時に作った開発組織の形や施策関係は、今でもまだ残っているものもあります。
2017年に会社もホールディングス化するので、広告事業から外れてホールディングスにうつり、フリークアウトを通じたベンチャーへの投資担当になりました。実はフリークアウトを手伝う中で、まだまだ日本で成功するベンチャーが少ないと課題を感じ、個人的にベンチャー企業の支援を始めたことがきっかけでした。その頃にユアマイスターにも出会いましたね。
2021年から今までの活動を継続した状態で、株式会社スタンバイで執行役員CTOをしています。
ーー明石さんとユアマイスターが出会ったのはビジネスマッチングアプリの「Yenta」だったんですよね。その時の話は後編をお楽しみにしてください。
エンジニアからCTOになるまでに必要な成長と考え方とは
ーーSIerと大手企業、ベンチャーと全てを見てきた中で、エンジニアの成長の仕方に違いはありましたか?
SIerは要求を満たす仕組みを与えられた期限内に作れるエンジニアが多いと思いますが、ネット系エンジニアの弱い基幹システムやBPRが多い印象です。
大手企業は、既存の事業を大きくすること、かつ既存の事業をなるべく壊さないで事業を広めていくことの2つを考える必要がある。その結果、新しいものが生まれにくくなるのは大企業病の一つと言えますね。そして、エンジニアの成長においては、より専門性が高くなる。僕がCTOの時はエンジニアのリソースの柔軟性を高めようとしていましたが、役割分担、事業ドメインが固定されがちでした。楽しいところは、堅牢なシステムづくりが求められて、大規模なシステムやデータといったアセットを使ってより高度なことができる環境はあります。
一方でベンチャーは、事業の成長に沿った幅広い開発をやります。言われたものを作るのではなくレイヤーも超えて、その先を意識して自分たちの事業にあった未来を作っていく。そのために想像力も必要になる。大手の堅牢さに対して、ベンチャーでは速度と事業成長のバランスを重視した開発が求められることが多いと思います。
どういうエンジニアを目指したいかによって会社選びは分かれていくと思います。
ーーCTOはどんな存在だと考えていますか?
まず、CxOの考え方なんですが、CxOって形があまり存在しない。その中でCTOは一番形が存在しないものだと思っていますが、バランスを補い合って、どういった経営、事業が推進できるのかを考えるCxOたちの中で、CTOは一番技術が得意な人。もし技術もオペレーションも得意ならCOOとしてオペレーションをやってもいいし、それでもあえてCTOというなら、技術やものづくりを武器にして事業を成長に導く。結局、事業の成長・成功を目指せないのならCxOなんて語れないです。
ーーどういうキャリアを歩めばCTOの仕事につながるでしょうか?
技術を伸ばし続けることです。そして、その企業の中で技術を元にして事業を任せられる存在になれればCTOになれると思います。他にも経営や組織運営の知識、エンジニア教育のスキルなども必要になってくると思いますが、企業のステージによってCTOに求められるレベルや内容は変わってくると思います。必要であればVPoEは他の得意な人に任せたっていい。とにかくその企業の中で技術で一番貢献できる人がCTOだと考えています。
ーーありがとうございました!
------編集後記------
ユアマイスターは、エンジニアや事業の成長を支援している明石さんに技術顧問として参画していただき、毎週、開発ディスカッションを行なっています。
プロダクトの始まりもグロースも維持も全てを見てきた経験の豊富な明石さんからサービスづくりのアドバイスをもらいながら、ロードマップや技術選定に置いてディスカッションを行い、サービスづくりに邁進中です。
ユーザーが喜んでくれるより良いサービスをつくるために、今持つ自分たちの考えを議論し合うことで、ユーザーや技術に対して理解を深めながら、プロダクトも自分自身も着実に成長していく面白さを感じながら、開発に取り組んでいます。
ご興味のある方は、ぜひ1度カジュアルにお話ししましょう!
★ユアマイスターのプロダクトの概要やエンジニアチームが大切にしているものをまとめています。ぜひご覧ください。