ステージが上がったシタテルでは、
複雑な問題にチャレンジできる
シタテルにジョインするまでは、大学の助教として9年間、教育・研究活動をしていました。シタテルとの出会いは5年以上前です。河野社長から、国内の縫製工場の現状と、その閑散期を埋めるビジネスを考えているという話を聞いて、社会的な価値も高くて地域貢献もできるおもしろい取り組みだと思いました。そこからは大学の教員という立場で外部からお手伝いをし、2017年に1年間、技術アドバイザーとして関わらせていただいた後、2018年の4月に正式にジョインしたという流れですね。ちょうど、大学で体制の変化があって、新しいものを求めにくくなっていたタイミングでもありました。もともと、複雑でチャレンジングな問題をできる限りスピーディに解くのが好きなので、順調にステージを上げつつあるシタテルではやりがいを感じています。大学の助教からベンチャー企業へ、というキャリアは珍しいとよく言われますが、重要なのはエンジニアか学者かというような「何者であるか」ではなく、「何をしてきたか」。社内のダイバーシティがこれからどんどん進んで、多彩なバックボーンを持つ人が増えていってくれたらいいなと思いますね。
子どもの頃から好きだったパソコン。
チームを牽引する今も、自分でコードを書く
小さいころからパソコンには興味がありました。初めてプログラムを書いたのは、小学生のころじゃないかな。壊れかけたパソコンをもらってきて、手元にあった本を丸写しして…。成績が学年上位に入ったらパソコンを買ってくれと親に頼んだりもしました。世の中はまだインターネット黎明期ですね。進学する大学を決めたときの条件も、第一にコンピューター系であることでした。あとは、地元で舞台をやっていたので、実家から通える大学であること。条件を満たしていた大学に進み、知能情報工学を専攻して日々世界中の新しい技術や知見に触れる生活をしていました。でも、学部生のうちはプログラミングはあまり得意じゃなかったんです。卒業研究で先輩の技術を見てからはまって勉強しはじめて、そこからは寝ても覚めてもプログラムを書いていたらいつの間にか得意になっていたという感じです。助教時代は、学術研究をしながら企業と共同でiOSやAndroidアプリを開発するなどソフトウェア開発者としても活動していました。今はめざすべき方向性を決めて必要な情報を発信するという仕事がメインですが、自分でコードを書くことは大好きなので、やっぱり毎日書いてますね。
産業に携わる人の気持ちを考えながら、
段階を踏んで技術を入れていくことが重要
シタテルとは長いつきあいなので、入社する前から求められる役割ややるべきことのイメージはできていました。入ってみて改めて感じたのは、長い歴史のある産業に技術をいれていくという作業には、知識だけでなく感性とか哲学とか、そういったものが必要なんだなということですね。世の中にある技術から適切なものを選択して適切な場所に入れていくというのが開発チームのミッションですが、単に技術を導入すればいいと考えてドラスティックに改革を進めてしまうと、ITを使いこなせる人と使いこなせない人の間に格差が生まれてしまいます。そこでずっと働いてきた人たちが何を考えているのか、どう感じているのかということを考えながら、段階を踏んで進めていくことが重要なんじゃないでしょうか。昔から「人間とは何か」というところには興味があったので、うまくバランスを取りながら進めていきたいですね。最終的には、この産業に関わっている人が創造力豊かに働き、且つきちんと生計を立てられる、そういう社会を生み出していけたらと思っています。