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ダンスするように生きる

こんにちは!

SEKAISHAの笠巻です。

今回は安田さんに「ダンスと人生」について語っていただきました。

人によって生き方はさまざまで、SEKAISHAでもその多様性を“ジブンの世界”として捉えています。

20歳の安田さんが見出した「ダンスするように生きる」とは、一体どのような生き方なのでしょうか?


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こんにちは、インターン生の安田知生です。

大学の期末試験が無事終わり、最近はせっせと保湿に励む日々を送っています。

先日、アドラー心理学についての「嫌われる勇気」という本を読みました。

「他人を気にせず生きる」「感情はツールに過ぎなく自分で操るものである」

他人の評価を気にしながら、感覚と感情に身を任せて生きている私とは全くもって反対な考えが詰まっていました。

自分からは導き出せないたくさんの発想に、常に目を見張りながらこの本を読んでいました。

その中で一番心惹かれたのが「ダンスするように生きる」という表現。

「戻らない過去を気に病みつづけるのではなく、予想しきれない未来を心配しつづけるのではなく、今この瞬間に思ったこと感じたことに身を任せ、必死に刹那を生きつづけなさい」

と言う意味が込められています。

一番初め、「あ、これは自分の考え方じゃないな」と私はこの考え方を受け流していました。

なぜなら、私は「人生で絶対にこれはしたい」という軸があるからです。

こう見えて、実は私は結構真面目なタイプです。人生の中で自分の「使命」のように感じていることがあって、常にそれを念頭に置きながら日々を刻んでいます。

現在も、その使命から逆算して行動を決めていることが多いです。

もちろん、楽しくないわけではありません。やりたいことをやっているから。

しかし、この本を読み終えた直後に、「ダンスするように生きる」ということについて考える機会が訪れました。

人生ってさ、目の前に降ってきた問いに全力で反応することなんじゃない」

先輩が、ステーキを奢ってくれた帰りにもらした言葉です。

この時私と先輩は、それぞれとても大きな問題に直面していました。

それは大きく、切り立った崖の先端に立って下を見つめている、そんな絶望感さえ漂わせる問題が、これでもかと言わんばかりにその姿を見せていました。

そんな問題に二人とも頭を悩ませ、ああでもないこうでもない、トライアンドエラーを繰り返していました。

「どうやったらこれを乗り切れるんだろうか」「そもそも本当に乗り切れるんだろうか」

苦悩の日々を、過ごしていました。

それでも問題から逃げることなんてできるはずもなくて、やるしかなくて。

そんな時に先輩がくれた言葉がこれでした。

“問題は来るべくして俺たちの眼の前に現れる。

なんだかって、それに関して考えることが、その瞬間の俺たちには必要だから。

もしその問題が起きなかったら、それについて考えるタイミングはないかもしれないじゃん。

でも、それについて考える必要があるから、考えることが幸せに繋がることだから、それに頭を悩ませて自分なりのアンサーを返すことが幸せに繋がるから、

人生が考える機会を作ってるんだよ。”

そんな先輩の言葉は、優しく私の胸に染み渡りました。

悩まない人生に果たして生きがいがあるのだろうか。もしそんな人生だったら、振り返ってみた時に楽しいことがあるのだろうか。

そして、そんな人生は嫌だ、という結論にたどり着くことができました。

苦しくても、辛くても、もがいて、その中で自分なりの答えを精一杯表現して、

自分にしかできないストーリー、自分にしか作れない芸術を作っていく。

人生が終わる瞬間になって振り返った時に、泥臭くとも必死で答えつづける自分があれば、その人生は「美しい」と思えるから。

それこそが「生きる」ってことだから。

そんな出来事がありました。私の中では人生のターニングポイントをいい方向に導いてくれた、尊い出来事でした。

そしてもう一つ、大きな出来事がありました。

ダンスをしたことです。

先日、私が所属している団体主催のパーティでダンスの時間がありました。

時間になると私が高校の頃にダンスパーティで流行った曲が流れてきて、思わずその頃を思い出して、あの頃のように踊りました。

音楽に身を任せて、何も考えることなく、気がついたら踊っていました。

踊ったことの意味や目的を問われたら、「ない」以外の答えはありません。

強いていうなら「なぜかわからないけど、踊りたかったから。」

踊っている瞬間は、何も考えていませんでした。ゴールもなければ、使命もない。ただただ「楽しい」という感情に、頭が支配されていました。今だからわかります、あの瞬間、最高に幸せでした。満面の笑みで、額に汗をかきまくって、足が痛かったけど、それでもその瞬間私は本能に踊らされ続けました。全力で刹那を刻み続けました。

このダンスが終わって、「ダンスするように生きる」という意味が初めてわかりました。

理屈じゃなくて、感情でもなくて、ただ「踊りたい」と思うように、ただ「やりたい」と思ったことに一生懸命になって人生を刻んでいく。汗をかいても、足が痛くても、それでもその「やりたい」に身を任せて生きていく。

そんなアドラーのメッセージが、この時初めて心に響きました。

今思えば、「ダンスするように生きる」ことに関するこの問いも、来るべくして来た、人生が投げかけてくれた問いだなぁと、今になって思います。

おかげで、目の前の「やりたい」と思ったことに真剣に、踊るように生きています。

これを読んでいるあなたも、私と一緒に踊りませんか?

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