はじめて手に取った本、いや、はじめて夢中になった1冊が自分にとって何だったか?という質問に対する答えを持っていますか?
私にはあります。
それはブラジル人作家パウロ・コエーリョによって書かれた『アルケミスト』(角川文庫)です。世界でも5本指に入るほど読まれている小説なので、知っている人は多いでしょう。
私の場合、読書習慣がつくまでに随分と長い時間がかかりました。『アルケミスト』を読んだのも、大学を卒業し、会社に入る少し前のこと。逆に、この1冊によって眠っていた本に対する探索心が掻き起こされました。
今となっては、「子供の頃からたくさんの本を読んでいないと読書脳は永劫育たない」という類の話を耳にするたびに少し萎えることもあります。文学部出身にもかかわらず、大学卒業までにちゃんと読破したと言えるような本は数えられる程度。
願わくば「もっと早く出会えたら良かったのに」と本当に思える1冊として今回は『アルケミスト』について紹介します。
『アルケミスト』とは?
スペインの平凡な羊飼いの少年サンチャゴが、王様との出会いをきっかけに夢に見たピラミッドにある宝物を探しにアフリカ大陸に渡り、砂漠を旅をするという物語。旅の過程に起こる出会いと別れによって、少年は人生において本当に大切なことを学んでいきます。
それは読者である私たちを、追体験と呼ぶにはあまりに鮮烈な旅へと導きます。ひいては、自分の人生を見つめ直す問いとしての役割を果たす1冊だと位置づけています。
珠玉の表現の数々
『アルケミスト』は200ページ弱というボリューム感に加え、山川絋矢・山川亜希子両氏の美しい翻訳によって、ページをめくる手が止まらなくなります。小説の舞台は、スペインやマグレブ地方(北アフリカ)が中心にもかかわらず、物語のなかで繰り出されるサンチャゴの心情や、人々の生き方はまるで自分や自分の周囲の社会を映し出す鏡のようで驚きます。後で読んだパウロ・コエーリョの自伝『巡礼者の告白』によると、世界中の読者から彼の元に「私に向けて書いたのか?」という手紙が届いているそうです。
本文からいくつか印象的だった箇所をピックアップしました。
「結局、人は自分の運命より、他人が羊飼いやパン屋をどう思うかという方が、もっと大切になってしまうのだ」
「神様は、ほんの時たまにしか、将来を見せてはくれぬ。神様がそうする時は、それはたった一つの理由のためだ。すなわち、それは、変えられるように書かれている未来の場合だよ」
「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を追求している時は、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ」
少年は風の自由さをうらやましく思った。
そして自分も同じ自由を手に入れることができるはずだと思った。
自分をしばっているのは自分だけだった。
『アルケミスト』から得られるもの
1冊を読みきった読了による満足を得られる本は多いですが、『アルケミスト』の場合、登場人物の台詞、心情や情景の描写一つひとつに金言が散りばめられています。この本に出会ってから、すでに何度となく読んできましたが、毎回目につく箇所が変化していくのも面白いところ。何を発見し、獲得するのかは読み手次第ですが、私にとって『アルケミスト』が与えてくれた示唆は以下の点です。
・予想できてしまう未来は、それを変えるために見せられる
・人生の主導権は舵がそこにあると信じる者にもたらされる
・世界の根底にある法則は場所は違えど共通する
私を含む、世界中の多くの人にとって人生の羅針盤になっている『アルケミスト』。まだの方はぜひ書店で手に取ってみてはいかがでしょうか?