「山守さん、ここからはどんな『ツール』を使って検証すれば良いですか?」
この質問、サポートしている新規事業開発プロジェクトが事業案の実証フェイズに入るタイミングで聞かれることが本当に増えました。
近年、クイックなユーザーインタビューや、エキスパートの方へのヒアリングをサポートするインタビュー支援サービスが急速に普及し、新規事業の実証ツールとしてもすっかりお馴染みの存在になりました。実際に触れるとわかりますが、相当便利な『ツール』です。以前では考えられないほどイージーに有識者やユーザーの声を聞けるようになりました。権威ある大学教授でも、世に名を馳せるCEOでも、予算さえあればあっさりと会えちゃいます。私も普段からこれらの『ツール』をフル活用しており、quantumメンバーの誰よりも使っている気さえしています。
そんな私ですが、日々多くのプロジェクトで実証プロセスに伴走するなかで、ふと気がついたのです。これらの『ツール』だけで完結させる実証は、ひょっとして事業の成功確率の向上にはほとんど寄与しないのでは? というより、むしろ失敗確率を上げているのでは?…と。ちょっと大胆な仮説ですね。
過去、事業化検証に失敗した事例を思い返すと、そこにはいつも同じような流れがあったように思います。『ツール』を使い尽くして得られた実証結果を、必死で意思決定者にプレゼンする事業の起案者と私。意思決定者からは「確かに良さそう、ファクトもあるね」とのコメント。ただ、なんだか歯にものが挟まった言い方。会議室全体に漂う独特の雰囲気。この感じは既視感がある…。そうだ、これは「否定はできないが、腹落ちもできていない」パターン……!結果、意思決定者からのゴーサインをもらえず、計画凍結。事業起案者と一緒に涙、涙…。
もちろん、『ツール』が新しい発見をもたらし、事業化の一助となったケースも数え切れないほどあります。しかし経験則上、『ツール』だけで完結させるプロセスで実証を進めると、事業起案者の熱量やチームとしての団結力・士気など、0→1の事業創出において重要な無形要素がどうにも弱まってしまう傾向があるように感じます。原因を単純化すべきではありませんが、『ツール』で創出できるのが、あくまでも手数料を通じて得られた一期一会の機会でしかないことも、もしかすると大きな要因かもしれません。
反対に、過去の成功事例を思い返すと、これまた明確なパターンが存在します。実証プロセスのなかで、奇跡としか言いようのないチャンスがたまたま巡ってきたり、市場浸透のきっかけとなるキーパーソンとの出会いが運良く重なったりといった、他人に話したくなる豊かなナラティブを持った『偶然』が不思議と生まれてくるのです。
例えば、共通の友人経由で紹介された店舗に立ち寄った際にストアスタッフと話が盛り上がり、その店舗内で実証をすることになり、実証中に店舗に訪問した映像ディレクターとの会話がきっかけで地上波番組に取り上げられ、番組を見た人からオファーがあり、大規模イベントでの有償実証が実現し…(以下無限に続く)
このように、たまたま掴んだ『偶然』をきっかけに、どんどんつながりが広がっていき、事業の可能性が想像もしていなかった領域にも指数関数的に膨らんでいく瞬間が、ふとしたタイミングで訪れることがあります。まるで格闘ゲームのコンボ技のように、立て続けに新たな『偶然』が連鎖していくのです。成功する検証プロセスに共通するこの現象を、私は勝手に「偶然コンボ」と呼んでいます。
この「偶然コンボ」が発生すると、事業化プロセス自体にオリジナルのストーリーが備わるようになり、事業起案者の主体性と熱量も飛躍的に高まっていきます。起案者の言葉が力強さを増すことで、意思決定者の腹落ちも促進され、チームの士気もますます高まり・・・といったグッドサイクルが回り始めるのです。
既存の『ツール』活用のみに拘泥するのではなく、こうした『偶然』がもたらすダイナミクスをいかに実証プロセスの中で創出するか。これがスタートアップスタジオのVenture Architectの事業化伴走支援における要であり、難しさと面白さが表裏一体になっている部分だと考えます。
「どんな『ツール』を使って検証すれば良いですか?」という冒頭の問いに対して、最近はもっぱら「この世界すべてがツールです」と禅問答のような答え方をするようになりました(もちろんその後、入念なフォローを添えています)。
まずは自分のこれまでの人生や普段の生活を含め、この世界すべてが『偶然』をもたらす『ツール』になり得るのだというスタンスで事業検証に向き合うこと。友人や家族、近所のお店、お世話になっている取引先がこの事業案を利用したらどうなるだろう、あとで電話してみようかな、SNSは繋がっていたっけ…。いつか巻き起こる「偶然コンボ」を狙って、なるべく具体的に、そして愚直に動き続けること。こうした取り組みが最速で事業の成功確度を高めることに繋がるのだと信じて、今日も私は新規事業の事業化伴走に臨みます。
author | 山守 凌平 ( Venture Architect Senior Maneger )
国際基督教大学を卒業後、政府系金融機関にて金融政策に基づく融資提案や調査を経験。その後、慶應義塾大学大学院およびフランスのESSEC Business Schoolにおいてブランディング理論を学び、MBAを取得。帰国後はブランドコンサルティングファームにおいて、マーケティング戦略立案のプロジェクトを多数経験。quantumジョイン後はVenture Architectとして、新規事業のローンチ・グロースに向けた戦略検討に従事。
※このコラムは、quantumからのニュースや、新規事業・スタートアップに関連する情報をお届けするメールマガジン「q letter」にて過去に配信したものです。
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