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カケハシが、専任のスクラムマスターにこだわる理由。開発組織の理想像とは?

カケハシには、“ディレクター”という役割を重視するカルチャーがあり、開発チームそれぞれに必ず一人のスクラムマスターが存在します。そうすることに「強いこだわりと意図がある」というのは、カケハシの組織づくりに率先して取り組むCTOの海老原。その考えを、開発チームのスクラムマスターを務める川下を交えて語ってもらいました。話はまず、“アジャイル”や”スクラム”といったカケハシの組織運営の前提から始まります。

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カケハシは、アジャイル前提の会社である

— 「スクラム」はもはや、カケハシのチーム運営になくてはならないものになっていますよね。プロダクト開発だけでなく、マーケティングやセールス、CS、コーポレートも、スクラムの手法を取り入れています。

海老原:そうですね。そういう意味では、まずカケハシという会社が「アジャイル」の考え方を前提としている、というところから話したほうがいいかもしれません。

私たちがアジャイルを信じているのは、今という時代が、本当に少し先の未来すら予想できないものになっているからです。

石器時代から今に至るまで、人類は新たなテクノロジーの獲得によるいくつかの大きな社会変革を経験してきました。そのたびに世界は複雑化し、予測や計画が難しくなってきたわけですが、いま私たちが手にしている情報通信技術は、その構成要素の多さ・細かさ、そこから生じる関係性の複雑さという点で、過去の革新的技術の比ではありません。技術が私たちの認知の範囲を超えてしまった今、目の前で起きている現象が将来にどのような影響を及ぼすのかを正しく予測することは、もはや不可能に近いといえます。

だからこそ、事前の計画に重きを置くのではなく、短い期間でトライアンドエラーを繰り返し、変化に素早く適応していくことを良しとするアジャイル的な考え方が重要なのです。そしてこの考え方はソフトウェア開発だけでなく、ビジネスのあらゆる領域において有用なものだと思います。

取締役CTOの海老原。グリー株式会社にてSNS/プラットフォーム系開発に携わった後、株式会社サイカの取締役CTOを経て創業直後の株式会社カケハシへ。CTOとして開発部門を率いるとともに、カケハシ全体の組織文化の醸成にも注力。

川下アジャイルの考え方を実践するための一つの方法が「スクラム」。簡単に説明すると、チームの仕事を細分化して1週間といった短い単位に分け、細かく実装と検証、修正を繰り返していくというフレームワークです。スクラムはアジャイル開発におけるデファクトスタンダードであり、カケハシでもこのプラクティスに従って開発を進めています

スクラムマスターの役割は、管理ではなく“支援”

— カケハシでは、一つのスクラムチームに専任の「スクラムマスター」を配属していますよね。エンジニアチームでは特に、それが徹底されています。

川下:そうですね。一般的な定義としては、スクラムマスターとは作業の洗い出しと仕分け、細かいゴールの立て方などを決めて、そのサイクルを管理していく役割だとされています。

— いわゆる、マネージャーのような?

川下:一般的には近い存在かもしれませんが、カケハシでは、チームの運営が円滑に回るようにすることだけがスクラムマスターの役割ではありません。カケハシが目指しているのは、固定化された立場やテリトリー、権力を伴う階層構造のない組織。そうしたチームにおいては、命令や指示を前提とするのでなく、各個人の能動的な動きが必要です。そしてその動きが有機的な関わりを生み、与えられたタスクを完遂するだけでは得られない、思いもよらないような成長が実現できる——そういう文化や関係性を構築するのが、カケハシにおけるスクラムマスターの役割だと考えています。

主要サービスである薬局体験アシスタント「Musubi」の開発チームでスクラムマスターを務める川下。各チームのスクラムマスターが集まるチーム「DDU」(Development Directors Union)のオーナーも担当。

海老原カケハシのスクラムマスターが担っているのは、一般的なマネジメントというよりもコーチングに近いかもしれませんね。

カケハシの開発マネジメントにおけるマネジメントのあるべき姿は、管理ではなく❝支援❞です。ある意味、一般的なマネージャーよりも役割は複雑かもしれません。チームや人のありかたについてはリードする立場にありますが、他については徹底的に支援にまわります。

川下:一般的なマネージャーは、何をやるべきかを指示して部下を動かす役回り。アジャイルの思想に基づいたスクラムマスターは、何をどうやれと指示をするのではなく、向かうべき方角を示し、適切な行動ができているかメンバーに問いかけながら、チームが正しい方向へと進めるようにアシストしていくイメージです。

仮に「こうしてください」と指示を出して、それが瞬間風速的に効いたとしても、定着しなければ意味がありません。私自身、メンバーと丁寧に対話を重ねつつ業務を通じてその意義を実感してもらいながら、「なぜこの仕事をするのか」みんなが“腹落ち”している状態を目指したいと考えています。

なぜ、専任のスクラムマスターが必要なのか?

— 「メンバーに任せる」「メンバーの裁量を尊重する」スタンスだということ?

川下:それは大前提で、重要なのはその❝任せ方❞かもしれません。個々の裁量を重んじることは、決して放任することではないのです。むしろ、より丁寧なディレクションが必要だと感じています。

実は私も自律性を重んじようと、特段細やかなケアをしないようにしていたことがあり、それでチームの雰囲気があまり良いものではなくなってしまったんですね。

単純に任せるだけでは、メンバーは困惑します。どこまで裁量があるのか分からないまま仕事を進めなければならず、心理的安全性も下がっていく。結果的に、ただタスクをこなすだけになってしまいます。

— 心理的安全性の低下が、メンバーの能動的なアクションを阻害する?

海老原チームや組織に対して信頼があれば、なんらかの新しい試みや発言に対して、何のリスクも感じずにできる状態になっているはずなんです。それが心理的安全性が担保されている状態。

川下:心理的安全性がないと「改善に向けた意見を自由に出せない」「本当は無理なのにできると言ってしまう」「長時間労働が増える」といったネガティブなスパイラルに陥っていきます。

さまざまな要素が複雑に絡んで実現されるものなので、理想の状態に達するには難しくもありますが、スクラムマスターの大きな役割でもあります。

お互いをよく知ること、会社やチームのミッションへの理解を深めること、個々の課題があれば解決のアシストをすることなど、細やかなファシリーテーションを日々行っています。

海老原:まさにこれが、カケハシが専任のスクラムマスターにこだわっている理由です。

スクラムマスターは、チームの健康をチェックして、苦しいところがあればケアしていく医者のような役割。多くの場合、スクラムでいうプロダクトオーナー(PO)とスクラムマスターを兼任するようなプロジェクトマネージャーというポジションがこの役割を担っているかと思いますが、経営目標に向かってものごとを推進していくPOあるいはプロダクトマネージャー(PdM)とスクラムマスターとでは、根本的に資質が異なります。

スクラムは、事業に貢献するチームとしての価値を生み出すために採用しているフレームワーク。その価値を最大限に高めるためには、片手間ではなく専任のスクラムマスターが必要なんです。

スクラムマスターに求められる資質とは?

海老原スキル以上に、メンタリティが重要だと考えています。利他性が高く、システム思考であること。個人の問題にせず、状況やシステムの課題としてどう解決していくか、という志向性の高さが求められます。

そしてもう一つ、プロセスへの視点。極端な達成思考、いわゆる「過程は問わないから目標達成できればいい」という人では難しいでしょうね。

川下スクラムは、目標に対してゴールを細分化し、試行錯誤を繰り返しながら前進していくフレームワークです。例えばテストで100点を取ったとして、「過程はどうであれ100点取れたから良し」というのではなく、「今回どういう勉強法を取り入れたから100点を取れたのか」と、プロセスを分解して考える習慣が不可欠なんです。

— エンジニアリングの知識は必ずしも必要ではない?

川下:科学的に課題を捉え、必ずしも工学的でなくていいので、何らかの技術を使ってその課題を解決する能力が問われるので、根本的にはエンジニア的である必要はあると思います。

海老原カケハシのスクラムマスターは、「組織や人のためのエンジニア」とも言えますね。

スクラムマスターの連携チームで、より高次の課題解決を

— 全ての開発チームのスクラムマスターが集まるチームもありますよね。

川下:そうですね。スクラムマスター同士で状況の共有や意思疎通を図ることから始まり、今では互助会のような役割をもつチームになっています。情報共有をしつつ、互いの課題の解決事例の紹介や相談を持ち寄り、開発チーム全体を俯瞰しながらスクラムマスター同士でより高次の課題解決をしていくことがミッションです。

海老原:だからこそ単なるスクラムチームの報告会という位置付けにとどめるのではなく、それ自体を明確な価値創造を目的とした“一つのスクラムチーム”として機能させる必要がある。今のカケハシではまだまだ実現できていない理想であり、他社での成功事例もあまり聞いたことがありませんが、これをぜひカタチにしていきたいと考えています。

川下:直近の目標は、各スクラムチームの状況を把握して可視化し、今後の方向性を策定していくことです。一つの指針として参考にしているのが、日本CTO協会が公開した『DX Criteria』というガイドライン。デジタルトランスフォーメーションの推進と、技術者がスムーズに価値創造に取り組める環境の整備について必要な要素を体系化したもので、私たちもこれを活用して組織のアセスメントを行うためのトライアルを進めています。

「Be Agile」を体現する、スクラムマスターの存在

海老原:冒頭にもお話したように、根底にあるのは「この先に何があるのか、誰にもわからない」という未来の不確実性です。その中でも、変化に俊敏に対応しながら未来に向けて事業を動かしていくためには、アジャイルの考え方が不可欠です。

先が見通せない中でも、自分たちは2カ月後に何ができるのか、何ができないのかがわかっていれば事業行動を決定することができます。それこそがアジャイル思考の価値であり、その価値を具体化するためのフレームワークがスクラムであり、そしてスクラムチームのパフォーマンスを最大限に高めていくために必要なのがスクラムマスターの存在とその専門性なのだと思います。

川下:かつて数年後の未来が見通せた時代には、企業はリソースを多く持ち、それをいかに効率的に使うかを考えれば事業を成功させることができました。その場合には従来のピラミッド型組織は有利でしたが、今はそうではありません。

数年後に達成したい理想の状態を目指し、数カ月・数週間の小さい単位で迅速にものごとを進めていく。そうしてプロダクトを素早く送り出し、世に問うて、より多くを学習することが大事なんです。一回でも多く打席に立ち、変化の激しい社会に対して、私たちのプロダクトの価値をより高めていくことに集中していきたいですね。

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