低価格な眼底カメラの開発で、治療可能な失明を防ぐ。【採択企業紹介/Hiroshima Global Connection】
貿易・投資促進と開発途上国研究を通じ、日本の経済・社会の更なる発展に貢献することを目指している「JETRO」。70カ所を超える海外事務所のほか、東京本部を始めとする国内50の事務所が設置されています。そのネットワークをフルに活用し、対日投資の促進や農林水産物の輸出、中堅・中小企業等の海外展開支援や調査・研究を通じて日本の企業活動や通商政策に貢献しています。ジェトロ広島では広島県内でイノベーションエコシステムを創出するため、海外展開を目指すスタートアップに向けて、成果の創出や事業の発展を目的とした支援プログラム「Hiroshima Global Connection」を県と協力のうえ実施しています。
今回は「Hiroshima Global Connection」採択企業である「広島大学眼科」にインタビューを行いました。企業の事業内容や海外展開への取り組みについてお聞きしています。
広島大学眼科
簡便に眼底の状況を観察することで失明の可能性を減らすため、スマートフォン内蔵カメラとAIによる分析機能を合わせたデバイスを開発。患者のスクリーニングを眼科医以外(内科医など)でも実施可能とした上で、円滑に眼科専門医で確定診断と治療を行う体制を作ることで、100歳まで「明るい」世界を築くことを目標としている。
水野 優(みずの ゆう)
広島県出身。広島大学医学部を卒業後、社会福祉法人三井記念病院内科で初期および後期研修医として勤務。東京大学付属病院糖尿病・代謝内科、広島大学付属病院眼科、県立広島病院眼科、厚生労働省、日本医療研究開発機構を経て、広島臨床研究開発支援センターで臨床、研究を継続しながら、起業の準備にあたっている。
内科の医師が眼底カメラを作ったのは、内科でカバーできない領域も救いたいと思ったから
ーー起業予定の事業の概要について教えて下さい。
水野さん:
簡単に眼底の状況を観察することができるスマートフォン内蔵カメラとAIによる分析機能を合わせたデバイスを開発しています。緑内障や糖尿病網膜症の患者さんは、かなり末期の状態で病院へ来られる場合が多く、今の医療の技術では一度目が悪くなってしまったら元には戻せません。現状よりも悪化させない、もしくは悪化するスピードを遅くするぐらいの治療法しか残されていないのです。そこで、患者さんの身体の中で唯一、血管や神経細胞を直接観察可能な眼底(目の奥)の写真を簡単に撮影できるカメラを開発し、異常が見つかれば一刻も早く眼科を受診できるしくみを作りたいと思っています。
ーーなぜ眼底カメラを開発しようと思ったのですか?
水野さん:
私自身はもともと糖尿病内科を専門にしていました。糖尿病の合併症には目の網膜症・神経障害・腎障害の3つがあって、腎障害や神経障害は内科医として対応ができましたが、目の網膜症には対応ができず、患者さんに「眼科へ行ってください」と言うしかありませんでした。ところが、目の網膜症は具体的な痛みなどはないため、なかなか患者さんも眼科へ行ってくれず、結果として悪化の一途を辿ってしまうという状況がありました。そこで、眼科を専門としない内科医などでも眼底の様子を撮影し、異常を示すことができれば患者さんに眼科の受診を強く勧める材料になるのではないかと考えました。
ーー眼底カメラはこれまでに開発されてこなかったのでしょうか?
水野さん:
眼底カメラ自体は既に存在しているのですが、非常に高額で数百万円から1000万円ぐらいの値段がかかります。ところが、病気の可能性の有無だけを判定するのであれば、既存のものほど高い性能は求められません。あえて性能を落とすことで、これまでよりも低価格でより多くの人に眼底カメラが提供できると考えました。
ーー現在開発されている眼底カメラは、写真ではなく動画を撮るそうですね。
水野さん:
眼科の専門ではない医師が患者さんの瞬きのタイミングに合わせて写真を撮ることは難しいため、動画で撮ることにしています。その中から診断に使いやすい静止画をAIで抜き出すようにすることで撮影のハードルを下げることに成功していて、特許も出願しています。また、眼底カメラの使用者は眼科医以外を想定しているので、撮影した眼底の写真が適切かどうかの判断はAIに任せています。あくまで目指しているのは眼底の異常を発見し、早急に眼科に来てもらうことなので、画質は重視していません。
ーースマートフォンを利用しようと思った理由を教えて下さい。
水野さん:
私たちが開発している眼底カメラは安価に提供できることから、世界中の人に使ってほしいという思いがあります。その中で、スマートフォンはインドネシアなどの途上国でもみんな持っているので、そこにアタッチメントという形で取り付ける眼底カメラを作れば良いという発想になりました。まだ改良の余地はありますが、現在のプロトタイプは数百円の3Dプリンター代と2〜3万円のレンズ代しかかかっていません。撮影したデータはクラウド上に保存できるので、内科医が撮影した写真をすぐに眼科医の元に送ることも可能です。また、眼底を見ると血管の流れが分かるので、動脈硬化などのデータも集めることもできてしまいます。眼底の写真とAIを組み合わせることで、目から全身への診断ができるようになるのが理想です。今後は採血の結果など他の生体情報とも連携させて、スマートフォンを見ればいつでも患者さんの生体情報が確認できる状態を作れると良いですよね。
世界へ打って出る眼底カメラ
ーー海外展開にも積極的に取り組まれているそうですね。
水野さん:
緑内障や糖尿病網膜症の問題は日本だけではなく世界中で起こり得ます。私たちの開発する眼底カメラは、グローバルに通用する素質があると考えているため、海外にも需要があるはずです。また医療機器としての許認可体制を見据えた際に、最初からグローバルな展開で機器の開発をしたほうが結果的には早く患者さんの元に届くと考えています。
ーー海外展開に向けてはどのような取り組みをされてきましたか。
水野さん:
眼底カメラの現物がまだできてないアイデアだけの時点で、昨年度のJETROのプログラムに採択いただき、海外とのネットワーキングを始めました。少しずつ色んな方を紹介していただいたり、規制対応へのメンタリングやコンサルティングを受けたりして、日本の薬事の進め方を学んできました。各国の規制対応へのレポートもJETROから無料で提供いただき、大変ありがたかったです。
ーー今回の「Hiroshima Global Connection」では、海外展開に向けてどのようなサポートを受けていますか。
水野さん:
アメリカでの状況調査とネットワーキングをするため、経済産業省が実施している起業家育成・海外派遣プログラム「J-STARX」に応募していました。その最終審査では英語でのピッチが必要で、JETROのプログラムはメンタリングのためにも使わせてもらいました。また、Webでご紹介いただいた北米の現地メンターに「米国進出にあたってどのような事業計画を書くべきか」「ターゲットをどこにするか」といった相談もさせてもらいました。JETROのメンターは現地の状況を踏まえて指導をしてくださったり「こういう観点で話したほうがより伝わりやすい」といったご意見をくださったりするので、それらをきっかけに、市場を見直すというサイクルが回せています。
ーーその他、今回のプログラムに参加して良かったことは何ですか。
水野さん:
大学の学内ではスタートアップを始めることを応援する風潮がまだまだ一般的ではないため、正直心が折れそうになることもあります。しかしプログラムに参加したことで、JETROの方から「取り組んでいることには社会的な意義がある」「いろんな人を紹介するから頑張って」という温かいお言葉をかけていただき、前向きな気持ちになりました。JETROから紹介してもらった方から直接助言をいただくこともあれば、他の専門家をご紹介いただくこともあり、繋がりが増えている実感もあります。他の大学でスタートアップをしようとしているドクターの方や、自分と同じ広島大学発のスタートアップを立ち上げられた先輩方と繋がれたことも有意義だったと感じています。
ーー現在はどんなビジョンを持っていますか。
水野さん:
プロトタイプレベルの実証事業は、今年度中に1〜2サイクル始めてみたいと思っていますが、デバイスの改良については事業会社に伴走していただかないと難しく、調整をしているところです。うまくいけば今年度中に最終版ができ上がり、医療機器としての認証さえしてしまえば薬事面での規制は比較的容易に取得できることがわかっているので、保険償還まで1ヶ月ほどで完了する見込みです。また、グローバルを見据えて日本の企業や個人が米国内で対象品目を販売したり、日本から米国に輸出したりする際に必要となるFDA(アメリカ食品医薬品局)の認証取得も考えており、日本でのPMDA認証と同時に目指したいと考えています。
ーー眼底カメラはこれからどのように使ってもらいたいですか。
水野さん:
眼底カメラが血圧計のように一家に一台置かれている状態を目指したいです。一般の方々でも眼底を見ることで目の疾患をチェックすることができるので、家族でお互いに眼底の様子を撮影しあって健康管理に役立ててもらえると嬉しいです。