~第3話 ベトナムでの起業前夜~
ベトナム書籍の企画で300社以上の企業訪問し、結果的に100社弱の参加を獲得することができた。その中の1社が、元日系ゼネコンで働いた技術者が立ち上げた内装・家具の会社だった。彼は日本向けに自身が製作する家具を輸出を企て、そのために日本人で品質管理や営業ができる人がいてくれたらいいのだが、誰か紹介してくれないかと尋ねられていたのだった。日本人技術者やビジネスマンを求めているベトナム企業が存在するというニーズを知った瞬間だった。
そもそも、社会にインパクトを与えるんだと言う思いを持ち始め起業家を志した。社会に影響を与えるためにはどうしたら良いのだろうか?ずっとこの問を持ち続けている。答えの一つが、社会のインフラになるようなことだった。
単純な自分は、ベトナムに行こうと思った時に描いた事業アイディア×社会インフラが、
「俺は鉄道王になる!」だった。
どこかの海賊王ばりのイメージだ。
本気で鉄道王になれるかどうかわからないが、鉄道を引くぐらいのインパクトをもたらしたい。
関西の大学出身である自分は、鉄道王とイメージするのが小林一三だった。小林一三は梅田駅を中心に阪急電鉄を興すに留まらず、住宅地の宅地開発、阪急百貨店や宝塚歌劇団など文化・生活に根ざした事業を展開した事業家の鏡。鉄道を中心に世界でも稀に見る事業モデルである日本独特の私鉄事業会社へと成長を実現した。そんな小林一三に憧れを持っていたのだった。試しに鉄道の建設費用はいくらかを調べてみると、概ね1mの線路を引くのに1000万円程度かかることがわかってきた。
事業資金のため新卒1年目から、年間100万円合わせて3年で300万円貯金していた。
そのため「30cmしか線路を引けないのか・・・」となり、速攻で鉄道王になる夢を断念していたのだった。海賊王にもなれなければ鉄道王には成れないが、社会のインフラになるような事業を起こす夢だけは途絶えていない。そんな中で出会ったのが前述したベトナム人経営者だった。
「人こそが社会の発展の肝なのかもしれない。。」
自分は、27歳の若造であり、技術もマネジメント能力も持ち合わせていないがそういった人を集めることは出来るのではないだろうか?少なくともそういった日本人を集めてベトナムに来てもらうことは出来るのではないだろうか?日本人の高度技術者やビジネスマンが、ベトナムで活躍してもらえれば当時問題となっていた団塊の世代の定年問題に伴う第二の就職口も作ることが出来るばかりか、ベトナムの国家発展にも寄与する。
人と人が集まって社会となり、人が働くことによって社会に価値は生まれる。
人材ビジネスというのは、そもそもが社会のインフラと捉えられるのではないだろうか?
そんな熱い思いが湧いてきたのだった。
かくして、ICONIC創業第一の事業モデルは、「ベトナム国内向けの日本人特化人材紹介事業」で決定したのだった。その頃には、2007年も終えようとしていたのだった。
(第4話へ続く)
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