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創業ストーリー【その2】

この記事では、第1部に引き続き、阿部川が経験したことや学んだことを事実に基づいてお伝えします。脚色は控え、あるがままを淡々と綴るよう心掛けました。

Genial DataWave から GenialAIへ

MBAの夏休みから考えていたアイディアはAI監査ではなく会計データクリーニングでした。監査では会社のビッグデータから必要な情報を抽出して、会計処理が妥当かどうかを判断します。このデータの準備に必要となるデータクレンジング作業を、機械学習を使って自動化するソフトウェア「Genial DataWave」が当初のアイディアでした。

これをシリコンバレーの投資家にピッチしてみたところ、対象となる市場規模が小さいという反応をいただきました。DataWaveの市場規模は最低水準 $10億 (約1,140億円) には及びませんので、投資家から相手にされなかったのです。このため、このデータクレンジングのアイディアをAI監査へと発展させました。AIによる監査の自動化は、前職の監査法人時代から課題を感じていた点です。また、阿部川のキャリアとも整合しました。加えて、市場規模は北米のみで$10億円を大幅に上回る$200億と推定されます。

この大きな目標を目指し、AI監査ソフトウェア「GenialAI」の第1歩として、仕訳テストモジュールの開発に着手しました。仕訳テストとは、財務諸表や試算表の元となる総勘定元帳 (仕訳帳) というデータベースから、特定の条件に合致する仕訳を抽出して不正リスクがないか調査することです。仕訳テストはコンピューター支援監査技法(CAAT) のひとつの分野にすぎませんが、監査基準でほぼ義務化されているため、CAATとは仕訳テストであると認識されている方も多いと思います。

Los Gatos にある Netflix本社です。内部監査部長のEさんにインタビューさせていただきました。

内部監査へのインタビュー

シリコンバレーにある上場企業の内部監査部や経理部の方々 20名へのインタビューを経て、2017年12月に4種類の不正検知ルールを実装した仕訳テストモジュールの α版 を完成させました。

順調そうだったこの仕訳テストモジュールですが、ある会社の内部監査部長にお見せしたところ、厳しいフィードバックをいただきました。ルールが4つでは圧倒的に不足していて、数百のルールがないと内部監査実務に耐えられないのです。

監査法人が行う外部監査の仕訳テストとは異なり、内部監査プロジェクトで行うCAATには多種多様な目的があります。このため、彼らはプロジェクトごとにデータベースから抽出する条件を臨機応変にカスタマイズしているのです。業界標準となっているCAATツールには、カスタマイズしやすいように簡易的なプログラミング言語が搭載されています。

他方、GenialAIの仕訳テストモジュールの α版 はユーザーがほとんどルールをカスタマイズできない形式でした。カスタマイズのためには、各プロジェクトの要望に合わせて追加開発が必要です。いただいたフィードバックに対応する程度のルールを追加すると、ソフトウェア開発だけで数億円の追加費用がかかるため、仕訳テストモジュールの開発は凍結しました。

売上テストモジュール

現在は、仕訳テストモジュールで構築した設計フレームワークのうえに、外部監査に特化した売上テストモジュールを開発中です。内部監査とは異なり、外部監査は国際標準があるので、監査プロジェクトごとに大幅なカスタマイズが必要となりません。

売上テストモジュールが自動化する対象は「証憑突合」という必須監査手続です。重要な会計処理に紙またはPDFベースの書類が使われている限り、どんな業界でも必ず実施されます。

証憑突合のうち最も多くの時間を節約できそうなのが「売上テスト」です。これは売上高や収益が正確かどうかを統計的に検証するテストです。監査の厳格化の一環で数年前から一般化している監査手続ですが、必要となるサンプル数の多さから、被監査会社1社あたり平均数百時間が消費されています。

パイロットテストの目的は、このGenialAI 売上テストモジュールの価値を数値化することです。GenialTechはこのデータを利用して、米国での販売活動や資金調達を進めていく予定です。また、もちろんGenialAIの開発を継続し、パイロットテストの結果に応じて機械学習アルゴリズムを本格適用します。

新オフィスのデスクです。Coworking Spaceとしての工夫が凝らされた快適な空間です。

予算超過

残念ながら、元CTOのHは財務管理能力が致命的に欠落していました。前職で大規模なプロジェクトの予算管理を行っていたという実績を鵜呑みにしてしまったことが誤りでした。

2017年5月の採用時に、阿部川はHへ以下の条件を提示しました。
・1年以内、予算内に製品を完成させる (予算にはHの給与を含む)
・これまでに売上または投資を得られなければHを解任する

このうえで、①機能要件と②会社の口座残高の閲覧権を与え、GenialAIの開発を委任しました。

2017年8月、Hに予算計画を提示させました。彼がこの計画で説明するには、彼の古い友人Vが経営するソフトウェア開発会社Sへ格安で外注するので、予算内で製品が完成するとのこと。この割引分を踏まえて、彼を昇給しても会社の運営に問題は発生しないというのです。Sからの見積書は単価150ドル/時間の変動報酬でしたが、Hは 友人としての関係を使って、請求書が届いたら予算に合うように値引くと約束しました。

β版完成には2つのフェーズを完了させる必要があります。この点、見積書はフェーズ1は最大予算あり、フェーズ2は見積もりなし(フェーズ1後に見積り)という内容でした。このため、フェーズ1が完了する見込みだった10月末に予実分析を行い、予算超過分をCTOの給料から差し引く心構えをしていました。

しかし、10月になるとHは「完成は11月末になる」と報告してきました。9月末までのコストは予算内でしたので、11月末まで待つことにしました。また1ヶ月が過ぎると「品質を上げるためにもう少し時間が必要だ。年内には絶対に完成させる」と言ってきました。Hは「コストは予算に収まる。ただ、エンジニアを開発に集中させるために請求書の送付を完成まで遅らせてほしい」というのです。

また、Hは外部からシード投資を受けることを強く催促してきました。阿部川は「5月までにキャッシュフローが繋がればいいので、製品も売上もない11月の段階では早すぎる」と主張しましたがHは納得しません。プロジェクトを中止して状況を精査すべきでした。

Sからの1月末における累積請求額は蓋を開けてみると予算の2倍に膨らんでいました。Sは、Hの指示にしたがってフェーズ2や見積時に想定していなかった開発を行ったので予算超過となったと説明しました。

これを受けて、HへSへの値引き交渉をまとめるよう指示しましたが、売上テストモジュール開発の受注を条件に約15%値引くという条件に終わりました。

Sはフェーズ1が終了した時点で実績報告を行わず、実績額が見積書合計を大幅に超えていることを知っていても一切の事前相談を行いませんでした。こんなソフトウェア開発会社は信用できません。Sへの追加開発依頼はありえませんので、値引き交渉はHを解雇したあとも続きました。結局、2018年5月にフェーズ1の最大見積額を超過した分を実績額から値引くことで落ち着きました。

この事件から、HとSへ法外な授業料を払って2つの教訓を学びました。
・データに基づかない主張は信用しない:二言を戒める日本の文化とは正反対にあります。
・給与交渉する応募者は雇わない:交渉はGenialTechへの貢献実績を数値化できるときのみです。

新オフィスの会議室【その2】。ブレインストーミングやビデオ会議の設備が整っています。

その後のGenialTech

2018年5月、米国Santa Clara市で開かれたFinTechのカンファレンスFinovate Spring 2018で仕訳テストモジュールのデモを公表しました。約30時間の準備時間を設けて、台本を丸暗記して臨んだ甲斐があり、少数の投資家に興味を持ってもらえました。また、某メガバンクや内部監査コンサルティング会社などから関係者へのオンラインデモの依頼をいただきました。このFinovate Springでのデモはこちらからご覧いただけます。

2018年8月、在日米国大使館にE2投資家ビザを申請しました。しかし、オバマ政権からトランプ政権に代わって、外国人が米国で働くのは難しくなっています。まだ、売上がなく米国人を雇っていないため、E2ビザ申請は却下されました。E2ビザの代わりにB1短期商用ビザを取得して、現在も米国でパイロットテストの準備を行っています。

2018年10月、GenialTechのOCRエンジンと、ヨコハマシステムズに開発してもらったフロントエンドとを統合。AWSに業界最高水準のセキュリティー環境を構築して、パイロットテスト用にGenialAIの売上テストモジュールを稼働しました。

2018年11月現在、売上テストモジュールのパイロットテストに向けて、スムーズな運営方法についての協議やOCRエンジンのさらなるチューニングを進めています。

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