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創業ストーリー【その1】

この記事では、阿部川が経験したことや学んだことを事実に基づいてお伝えします。脚色は控え、あるがままを淡々と綴るよう心掛けました。誤りなく伝わる範囲でできるだけ短くしましたが、2018年11月現在に至るまでに1ページではまとめきれないほど様々なことがあったので2部に分けました。

留学するまで

2017年5月までの2年間、カーネギーメロン大学(CMU)のMBAプログラムに在籍しました。ITで世界的に有名な大学で経営を学ぶという貴重な経験がGenialAIのアイディアに繋がっています。

阿部川の両親は家業の日本食レストランを経営しており、よく夕食の席が経営会議となりました。このような日常から、父が国内でMBAを取得して経営の実践に役立てている様子を目の前で見ていました。また、阿部川は10代の頃からパソコンを分解/修理したり、Visual BasicやExcelなどで遊んでいたりしました。このため、コンピューター オタクの経営者としてMicrosoftの創業者ビル・ゲイツ氏に憧れを持っていました。

このような環境も手伝って、自然とIT起業の夢を持ち、大学卒業後はMBAプログラムで経営を習得して、社会へ役立とうと志していました。しかし、MBA出願には実務経験が必要と知り、まず会計を身に付けようと公認会計士試験を受験しました。このあとにMBAをとれば、IT/会計/経営の3点をビジネスに活かせると考えたためです。奇しくも会計不正でライブドアが上場廃止になった年、大学3年の夏に公認会計士試験に合格しました。

この翌年12月にあらた監査法人(現在のPwCあらた有限責任監査法人)に大学4年で入所しました。カネボウ事件で中央青山監査法人が解体され、高い監査品質を維持するというモチベーションが高い会計士があつまって作られた監査法人です。四大監査法人のなかで、初年度からシステム監査に携わることができる唯一の選択肢だったため、あらた監査法人に決めました。

3年間システム監査部(SPA)、2.5年間会計アドバイザリー部(FRA)で勤務し、システム監査、会計監査、会計アドバイザリー(IFRSコンバージョンなど)を経験しました。その後、監査法人から税務コンサルティング会社へ転職し、2年間税務業務に携わりました。

あらた監査法人在籍中、3年間の実務補習を経て会計士資格を取った2010年からMBAの受験準備を始めました。しかし、仕事が忙しくて最初の予備校の授業に3割しか出席できなかったので、2013年に税務コンサル会社へパートタイムとして転職しました。転職直後にAGOSという留学予備校のGMATコースを受講開始、ほぼ同時にTOEFLで初めての120満点中100点台となる104点を獲得しました。このため、2014年秋の出願を決定しました。

長期海外経験のない阿部川にとって、MBA受験は大変な挑戦でした。計4つの予備校で英語を勉強して、最終的にTOEFL iBTを計42回受験しました。

画像中央が全CMUキャンパス、手前がピッツバーグ大学のキャンパスの一部です。

MBA留学

2015年10月、MBAプログラムの最初の休みに、同級生有志とサンフランシスコ・ベイエリアを1週間旅行しました。F50やMOMENTといったカンファレンスに参加したり、GoogleやFacebookを訪問したりして現地の雰囲気を肌で感じました。

翌年の春学期にCMUコンピューターサイエンス学部の「Cloud Computing」を受講しました。この授業では、実際にAmazon Web Services (AWS) や Microsoft Azure を使ってクラウドサービスを構築しました。いわゆるエグい授業として有名で、オンライン クイズやプログラミングの課題、チームプロジェクトなどすべてをこなすのに週末やMBAの授業時間を犠牲にし、1度徹夜を経験しました。この授業でチームを組んで強いきずなで結ばれた中国人留学生の2人はそれぞれIBMとVMwareでエンジニアとして活躍しています。

夏休みにはシリコンバレーのKさんの下でインターンをさせていただきました。また、この前後にCMUのLTI (Language Technologies Institute: 言語技術研究所) へ訪問研究員として参加していたSさんと2ヶ月間のセッションを設けました。このセッションでは、阿部川がSさんへ会計を講義する代わりに、Sさんにデータ分析と言語処理についてご指南いただきました。ここで固まったアイディアのひとつが、GenialAIの元となる会計データのクリーニングサービス Genial DataWave です。

NASAの研究所内にあるCMUウェストコースト校です。

Silicon Valley Capstone

2017年1月から5月まで、MBAプログラムの Capstone (卒業プロジェクト) でシリコンバレーに滞在しました。Genial Technology, Inc. (以下GenialTech) はこのプロジェクト中の3月に当時ルームシェアしていたCupertinoの住所で登記した会社です。このため、Silicon Valley Capstone は GenialTechの原点といえるでしょう。

Silicon Valley Capstoneでは元起業家のArthur A. Boni教授のアドバイスを受けながら、Genial DataWaveのアイディアをビジネスの面からブラッシュアップしていきました。Webサイトを作り、ハリボテを使った製品動画を作り、仮特許申請用のWhite Paperをドラフトし、米国公認会計士(USCPA) の方々にインタビューし、投資家のみなさんへアイディアをピッチさせていただきました。

また、Capstoneではこの他にも、教授の引率でCMUシリコンバレーキャンパスのエンジニアの院生とハッカソンに参加したり、ベンチャーキャピタルやアクセレレーター、スタートアップ、元スタートアップを訪問したりしました。Accel Partners、Foundation Capital、DFJ Ventures、Draper University、Plug and Play、Everlane、Emerald Therapeutics、AirBnB、YouTube、LinkedIn などを訪問できたのも教授の人望とCMUネットワークのおかげです。

Sunnyvaleにあった旧オフィスです。大きな窓から差し込むカリフォルニアの日光が照らしていました。

採用活動

Capstoneの最後に取り組んだのがエンジニアの採用です。採用準備にあたって「Cloud Computing」のチームメンバーのひとりからアドバイスを受けました。彼によれば卒業直後のエンジニアはコードを素早く書けるものの、どのようなアプローチをとればいいのか漠然としたアイディアしかないので、数年の経験があるエンジニアを雇う必要があるとのこと。これはもっともだと考え、シニアエンジニアの元にCMUの学生インターンを置き、エンジニアリングチーム2名体制でGenial DataWaveを開発しようと計画しました。

善は急げと、IndeedとAngelListという米国版Wantedlyといえるサイトに「Cloud Architect」の募集を投稿しました。多くの応募をいただいたので、書類選考を経て十分な経歴がある4名の候補者が残りました。①MBAの同級生、②Appleでシニアエンジニア、VerizonでプリンシパルSEを務めていた方、③YCに受かった会社を含むスタートアップ数社で起業を経験した方、そして④CTOとして採用することになったHです。

4人に直接面接を行い、バランスド・スコアカードで評価を行いました。総合点が僅差だった②Apple/Verizon出身の方と④Hとで大いに悩みました。最終的に、コミュニケーション能力が高く、B2Bの会社(GEやPG&Eなど)での経験があるHに決定しました。阿部川もそこそこのエンジニアリング能力があるため、欠点を補完し合えるHが最適と考えました。

大失敗

2017年6月からHをCTOとして雇用しました。当初は数ヶ月の評価期間ということで、健康保険等の福利厚生なしで時給100ドルくらいを設定しました。Seedラウンド前のスタートアップとしては割高ですが、実績のある彼を雇うことで信頼を買うと考えれば妥当な線だと思っていました。また、8月末ごろにCo-founderになってもらって株式を渡す代わりに給料を下げようと考えていました。

ところが、8月上旬になると、Hは1週間ものあいだ、他の仕事を放って給料交渉をしかけてきました。職務時間を使って昇給を願い出てきたのです。まだプロトタイプどころかソースコードも書き始めていないのに、この話をされたときは率直に解雇しようと思いました。Hは給料交渉時に「株式は10%もあれば十分だ。自分の年俸を上げても、インドで開発して予算内に収める。」と開発予算を策定して見せてきました。

Hは職務中に私用の電話を1日1時間以上かけることがあり、労働時間が規定の8時間に満たないのに、家族の用事で帰宅することが多々ありました。プロトタイプ完成前に有給休暇を使って1週間半ドバイへ家族旅行に行くこともありました。このようなシリコンバレーのスタートアップ文化からかけ離れた行動に、プロトタイプが出来たら解雇すると心に留めて友好な関係を続けていました。本当は、昇給を交渉してきた段階で解雇すべきだったのです。

結果は大失敗でした。予算では2018年5月まで続くはずが、1月末に当初予算限度額を超えることが判明しました。この点は創業ストーリー【その2】予算超過で詳述します。これを受けて、財務面でのプロジェクト管理能力なしと判断し、2018年1月末にHを解雇しました。

CTO解任前後に彼の2つの嘘が明らかになりました。

予算内で進んでいる

12月末時点でこの報告を受けました。本当は大幅に予算超過しているとわかっていたのに、Hは理由をつけて阿部川への詳細報告を延ばしていました。

ソースコードをレビューしている

本当は外部委託先のソフトウェア開発会社Sへ丸投げしていて、実態を把握していませんでした。例えば、Reactフレームワークを採用していると言っていましたが、解雇後にコードをレビューしたところ一切利用していませんでした。結局のところ、Hは手を動かさずに口だけでSを管理していただけでした。

HはSeedラウンド前のスタートアップのCTOにはあるまじき行為を続けていたのです。いまとなっては、彼の解任は正しかったと実感しています。

2018年2月以降はソフトウェア開発会社との値引き交渉を彼に代わって継続し、最終的に次フェーズの開発は日本企業へ委託することに決定しました。値引き交渉は5月まで長引きましたが、開発は株式会社ヨコハマシステムズに委託することが4月に確定しました。Sが提示していた見積の4分の1の金額で開発を引き継ぎ、ソースコード解析から実装、テストまで正確に詰めていただいたヨコハマシステムズには感謝の言葉しかありません。

ソースコードをレビューして感じましたが、日本のソフトウェア開発はすでにシリコンバレーと同水準にあります。しかし、日本のエンジニアの平均給与水準はシリコンバレーの3分の1に留まっています。このため、世界的なエンジニア不足の中、言語の壁さえ克服できれば、日本のソフトウェア開発業界はデフレ解消や経済成長に大きく寄与できると信じています。

新オフィスの会議室【その1】。明るい室内でオープンに話し合えます。

AI監査の研究

PwCあらた有限責任監査法人は阿部川が大学4年から勤めていた監査法人で、会計士としてのキャリアの原点です。大学を卒業して最初に会計監査のクライアントを受け持ったときにアナログな業務が多く残っていることに課題を感じました。特に入所1年目に担当した人手に頼った単純業務は、単価の高い会計士が行うべきなのか疑問を抱いていました。

ちょうどGenialTechを立ち上げる半年前の2016年10月、PwCあらた有限責任監査法人はAI監査研究所を設立していました。これを知ってすぐ、AI監査のアイディアを現実化するべくAI監査研究所へ慎重にアプローチしました。オンライン会議でシリコンバレーから思いを伝えて、GenialAI構想のなかでPwCに役立ちそうなアイディアを共有しました。

来るものは拒まず。一緒にやりましょう。

まだ創業初期の段階にもかかわらず、勇気を出してご相談した甲斐があり、AI監査研究所担当パートナーKさんからこの賛同のお言葉をいただけました。2017年6月に覚書を締結して、正式に共同研究を開始することになりました。これから 毎月 (ときには毎週) AI監査研究所のIさんとSさんから約1年間にわたってフィードバックをいただき、GenialAIを監査のどこにフォーカスするのかを検討しました。また、実際に監査に使用したデータを無毒化してもらい、GenialAIの試験運用に使用させていただいています。

また、シリコンバレーの大手監査法人に勤めているYさんと隔週でお会いして、GenialAIについてフィードバックをもらっています。現在の主戦力GenialAI「売上テストモジュール」も、Yさんとのミーティングで具体化されたものです。業務の合間を縫って、個人として時間を作っていただいているYさんには感謝してもしきれません。Yさんが副業禁止規定から解放されたあとは、正式なアドバイザーとしてGenialTechに参画していただきたいと考えています。

このようなみなさんのご協力のおかげで、2018年4月に研究成果をまとめた共著「監査の変革」がPwCのWebサイトで公表されました。AIがどのように監査に導入されていくのか、短期と長期の両面から当事者でない方にも分かりやすく説明されています。表紙等を含めて16ページの無料PDFファイルですので、ご興味があればぜひご覧ください。現在「監査の変革」英語版を仕上げているところです。

また、GenialAIの売上テストモジュールのパイロットテストに向けて、準備を進めています。無毒化されていない監査データを安全に取り扱うため、頑強なセキュリティ体制を構築して情報漏洩が起こる確率を極限まで下げています。また、モジュールのコアとなるOCRエンジンをチューニングして精度を上げる努力を日夜続けています。

創業ストーリー【その2】に続く

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