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51歳。 ー営業からエンジニアへの転身劇 ー


大学卒業後、全日空に入社。アメリカ・ワシントン駐在を経て、外資IT企業に転職。そしてITベンチャーでは社員10名から上場までを経験。51歳で退職しプログラミングを学習。そしてエンジニアへ転身。

50代でのキャリアチェンジについてお伺いしました。


全日空からIT業界へ


ー50代。営業からのエンジニア転身!なかなか勇気のあるご決断だったと思うのですが、何がそうさせたのですか?

坂山さん:幼少期からテクノロジーに興味があって、でも数学が苦手だったのでずっと文系の道を歩んでいて、ファーストキャリアとしても航空会社の空港旅客業務をやっていたんですよね。アメリカ・ワシントン駐在時に、たまたまアメリカの図書館に行き、そのとき、ブラウザの原型であるNCSA Mosaicを見て、これからはインターネットの時代がくる!とIT業界への憧れが強くなったのは鮮明に覚えています。

当時は、画像がついていたり、リンクでいろんなところに飛べたりすることに衝撃を受け、今では当たり前なんですけど、今でいうとメタバース見てすごい!と思うような感覚と一緒ですね。次の世界を観たという感覚でに魅力を感じました。

米国から帰国後もそれが忘れられず、IT業界で働きたいという気持ちが強くなり、数年働いたあとに、外資系のIT企業に転職し、IT業界でのキャリアをスタートしました。給料はかなり下がりましたけど「問題ありません」って言って転職しましたね。


ー 念願のIT企業でのお仕事。実際働かれてみてどうでしたか?

坂山さん:最初の仕事はマーケティングでしたが、その後、法人営業、企画関連とIT業界のBiz部門の仕事を経験したのですが、Biz部門の仕事をするなかで、ユーザーと接することが多く、プロダクトについて「もっとこういう機能があればお客様が喜んでくれるのに」「更に便利になるのに」ということばかり考えていましたね。

実際に自分が作れなくても、社内のエンジニアの人たちに「もっとこうしてほしい!」とかプロトタイプを見せて、コミュニケーション取りたいと思ったことが、原体験なんじゃないかなと思います。今フロントエンドエンジニアとしてやっている根っこの部分だと思います。

それから、自分でもプログラミングができたらいいのに、という思いが芽生えてきましたね。


51歳、会社員卒業。そしてエンジニアへ


ー 営業のお仕事をしながら独学で勉強されたとのことですが、どのように勉強されたのですか?

坂山さん:まずは書籍で学んでいくスタイルです。でも実際それ通りに動かなくて、、エラーが出たりで進めなくて。やっては挫折して、やっては挫折しての繰り返しでしたね。

「俺には無理だ~」と思いながら。でも少し経つとまたやりたいという気持ちが湧いてくるんですよね。当時は仕事をしながらなので、カメのようにとろとろと勉強をしていました。

少し経ち、Udemyのような動画教材が出るようになってから勉強が劇的に進みました。

本で躓いていたエラー部分も、動画ではエラーをすらすら直している過程も見せてくれて、チュートリアルが最後まで終われるようになったんです!

そして51歳のときに会社を退職しました。


ー 51歳。覚悟のいる決断だったとは思うのですが。

坂山さん:覚悟があったかといわれれば、そこはよくわからないのですが、Biz部門のキャリア(企画、営業)を続けても 展望がみえなかったというのと、自分としての伸びしろも感じなかったというものあり。同じ世代でBiz部門でやっている人たちはたくさんいて、そういう人たちと張り合っても面白くないかなと思って。

自分で業界のトレンドを起こすのは難しいですが、新しい概念に乗っかりたい、仕事としてやれる確証はなかったのですが、未開拓の領域に飛び込みたい気持ちだけで、エンジニアを目指しました。


ー そうだったのですね!会社を退職されたあと、すぐエンジニアになられたのですか?

坂山さん:いや、そんな。紆余曲折ありましたよ、、、

まず会社を辞めてから、1年間は、Udemyや職業訓練校で勉強をしました。Udemyは今でも活用しているのですが、講座は100本以上購入しましたね。そこで基礎を学習し、自分でアプリを構築するのを繰り返しました。

そのあと、MENTAでプロジェクトを担当させてもらったり、知り合いから仕事をもらったり。最初は末端の画面ばっかり作っていたんたんですよね。その次のプロジェクトは、スタートアップ中のスタ―トアップで。ドキュメントもなくて、開発する環境すら作れなくて。最初の1週間は何にもできなくて。めちゃくちゃ焦りましたよ。あと、ライブラリー使ったら怒られたり、もうサンドバック状態でした。でも、とにかくやらせてもらえるプロジェクトは全てやりましたね(笑)少しずつですが経験を積んでいき、GAOGAOにたどり着きました。


ダイバーシティとチームワーク


ー 今、GAOGAOで働かれてみてどうですか?

坂山さん:もともと想定はしていたのですが、皆さんの技術レベルがめちゃめちゃ高くて。

代表の手島さんは「簡単ですよ~」って言っていたのですが、めちゃくちゃ難しくて。セキュリティーの裏側にいろんなものが隠れているんですよ。シンプルなインプットフィールド一つとっても、バリデーションのロジックが複雑に絡み合ったりしているので、最初は全然わからなくてびびりましたね。今まで学んできたものとレベルが全然違う、、って(笑)

とはいっても、わからないことがあれば、随時サポートいただけますし、プロジェクトとしてのドキュメント整備もしっかりされてますし、自分で調べて解決することもできる環境です。

最初の1ヵ月は手島さんにオンサイトでがっつり教えていただいたので、必死についていっていますね。

あとは、技術トレンドがかなり早い!せっかく覚えたのにバージョンもどんどん変わって、これからも間違いなく変化していきますので、新しいものを常にキャッチアップしていく必要があります。1回覚えてのほほ~んとしていると置いていかれちゃいますね。


ー チームコミュニケーションは英語と聞いているのですが、外国籍の方が多いのですか?

坂山さん:そうですね。コミュニケーションは英語です。日本・台湾・アイルランド・ベトナムの多国籍チームです。台湾の方は、20代で英語も日本語もぺらぺらなんですよ。


ー 坂山さんTOEIC900点ありますから、英語でのコミュニケーションは問題なさそうですね。

坂山さん:むしろ英語の方が有難いです。敬語がそんなに得意ではないので。英語の短いテキストメッセージはやりやすいですね。


ー 中国語も話されるんですよね?ビジネスレベルって本当ですか?

坂山さん:そうですね、中国語も勉強していた時期がありまして。これから中国来るかなと思って。


ー 語学能力高すぎますよ。GAOGAOメンバーの印象はどうですか?

坂山さん:GAOGAOの印象をひとことでいうとダイバーシティとチームワーク。

構成メンバーの世代や国籍、仕事内容、価値観が多様でありつつ、未来にむかってチーム一体となり、ロードマップを一歩一歩進めている、 多様性をもちつつ、チームとしてのまとまりがある、そんな印象です。新しい組織運営のロールモデルになると思っています。

マンスリーMTGでも、GAOGAOの子会社として新しい会社ができ、20代の方がトップでやっていたり、いろんな国籍の人がWEB上で繋がって自然に仕事しているところとか、未来的なことをスマートにやっているという印象です。


ー 今後のキャリアについて

坂山さん:エンジニアとしてのキャリアがスタートしたばかりなので、今は、目の前のタスクをクオリティ高くこなしていくことに集中しています。その日々の積み重ねたのちに、また新たな景色が見えてくるのではないかと思っています。


ー ここからはインタビュアーである私の感想にはなりますが、

51歳からエンジニアになるって普通の人では成しえないことだと思います。

ただ坂山さんの場合は、これまでの英語・中国語・営業・企画といったスキルや経験といった土台があり、その上で「もっとこうできたらいいのに」という視点とプログラミングスキルが乗っかってきているので活躍ができるのだろうなと。

Biz部門に強く、技術もわかる坂山さんは、GAOGAOの大切にしている考え方である「技術のわかる共同創業者」を体現されていかれる方だと思っています。引き続きよろしくお願い致します!

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