現在、弊社として注視している地域は、今後重要度が増し、世界から注目されるであろう日本、私の出身地のインド、そしてASEAN(東南アジア)です。今回この紙上をお借りしてこの地域に関連するトピックについて、私の考えをお話ししたいと思います。
インドとASEANの市場変化
ご存知のようにインドの連邦公用語はヒンディー語です。
ではヒンディー語を話すことができればインドのどこに行っても暮らすことができるかといえばそうではなく、州や地域によって言語も食事も服装や習慣も異なります。
ヒンディー語と並んでもう一つの主要言語であるタミル語は、例えば中国語とフランス語のように全く異なる言語であり、言語が違えばインド人同士でも互いにジェスチャーや片言の英語で意思疎通を図る必要があります。インドには12憶もの人々が生活していますが、そのうち2億強の人々が英語を話すと言われています。残りの10億弱の人々はそれぞれの地域の言語と少しのヒンディー語を話すと言われています。
インドの例を挙げましたが、ASEANもまた俯瞰して見れば状況は似ています。
企業や政府は各地域に住むそれぞれの人々が話す言葉で直接的に意思疎通を行う必要に迫られており、そして実際にそのようなニーズがあると私は考えています。インドとASEANでは、この数年で中下層の人々の購買力が増加しつつあり、将来に希望を持つことができるようになりました。
スマートフォンの普及と安価なネット接続サービスの台頭により、グローバルな情報を欧米の消費者と同じように豊富に入手でき、豊かさに手を伸ばせるようになりました。
また政府もE-Governanceサービスをウェブとスマートフォンのテクノロジーで提供するようになりつつあります。例えばインドでは政策(Jan DhanYojana)により、これまで金融サービスや金融商品と無縁だった低所得層の人々も銀行で口座を開設し、月々200円程度の掛金で年金に加入することが可能になりました。
ASEANではFintechのスタートアップが出現し、スマートフォンで1~2万円程度の金額を簡単に無担保で借りられるようになりました。これらの層向けの金融サービスはラストマイルとして、地域の言語で新たな顧客にサービスを周知、コミュニケーションする必要が生じています。こうしてこれまで翻訳としての対象となりづらかった言語のニーズが少しずつ増えています。
APIエコノミー
APIエコノミーが注目されています。
一から大規模な開発をしなくても、様々な企業やサービスが提供するAPIを使用して、いわば「テクノロジーをレバレッジ」することによって大きな成果を得ることができます。
例えば弊社は最近、自社開発のTMS(Translation Management System)とMemsourceのAPIをインテグレートした社内環境の整備を行いました。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によりインドでは日本より強く厳しい都市封鎖をしましたが、インドの社員たちは突然出社できなくなっても、業務ルーチンをクラウド上で行い、生産性の低下や納期遅延は全くなく業務を継続することができました。同様に、例えばAWSやクラウド、チャットボット、その他のパッケージのAPIを活用すれば自社で開発しなくてもそれらのAPIを駆使することで色々なシステムを利用できるようになる、それがAPIエコノミーです。
AI、ボットエンジン、オートメーション等で、映像や音声データの取扱量が増加
この数年でAIの学習用に多量のデータ(コーパス)の生成を求められることが多くなりました。音声からのテキスト化、アノテーション(メタデータの付与)などの業務が増加しています。
「データはオイル(石油)」と言われることもありますが、今後データの解析や検索などの能力が求められることになると思います。
翻訳だけでなくSEOや検索テクノロジーも重要度が増加
多言語のウェブサイトでは翻訳だけでなく、サーチエンジンからの検索への効率的なヒット(Findability)やサイト内のコンテンツの探しやすさ(Searchability)等も重視されます。
ウェブサイトを翻訳しても売上の増加や新規顧客の開拓に至らなかったという例が多く見られます。これは顧客が指定した範囲の翻訳だけでは十分でなく、エンドユーザーの動線に沿ってSEOされてないことが原因であることが多く見受けられます。せっかくサーチエンジンでヒットしてサイトにたどり着いてもサイトの中で求める情報に行きつかないのでは大きな損失です。
また例えばサイト内の検索データベースが翻訳されていなければ、サイト内検索は機能しません。この場合はエンドユーザーの言語とデータベースの間に変換アダプターがあれば、サイト内検索で正しく商品に行き着き、購買にまで至る可能性が高くなります。
つまり顧客の要求がサイトの翻訳だけだったとしても、エンドユーザーの動線が正しく翻訳されるのかを検証し、翻訳の請負にあたってもSEOや検索などのテクノロジーを踏まえた提案をすべきと考えます。
成功報酬という新たなビジネスモデル
これまでは翻訳対象の原文の文字数で受注したり、人材を月単位で派遣したり、ソフトウェアをパッケージで販売するといったようなビジネスモデルが一般的でした。しかしここ数年でSaaSと呼ばれる、ユーザー単位、または使
用した分だけを支払うサービスモデルが急速に普及・拡大しました。この影響は今後、翻訳業界にも波及すると考えられます。
ウェブサイトやソフトウェアを多言語化する時、その製品の販売額に応じてローカライズ費用の支払いが決まるような提案をしたら顧客としては嬉しいのではないでしょうか。
弊社は最近とある顧客にこのようなスキームにて初期費用を通常より少なく抑えたソフトウェアのローカライズ業務を提供しました。ユーザー数の増加で毎月発生するSaaS料金の中から弊社も少額の報酬を得るビジネスモデルです。
顧客の製品に投資するような感覚であり、ローンチ後しばらくは赤字ですが、その製品が順調に売り上げを伸ばすことになれば、少しずつですが長く継続的に安定した収入となります。
新型コロナウイルス感染拡大の後、世界は間違いなく変化すると考えています。日本は海外のどの国とも異なり、災害を前向きに捉え、柔軟に対応し、変化して進んでいくことに長けていると思います。
私は今後もテクノロジーと言語の組み合わせによって社会、特に日本とインドとASEANの市場に大きく貢献していきたいと考えています。翻訳業界を文字数やワード数だけの狭い視野ではなく、エンドユーザー、クライアント、市場を俯瞰的に捉え、ビジネスにおけるプロセスとしてのローカライズを正しく意識する必要があると感じています。
フィデル・テクノロジーズ株式会社CEO-スニル・クルカルニ
日本翻訳ジャーナル2020年7/8月号(No.308)掲載