’’21卒’’
私はコロナ禍において就活をした、2021年大学卒業予定の就活生だった。
いよいよこれから就活!
そんな思いで申し込んだ3月の企業説明会は、新型コロナウイルスの流行に伴い全滅した。
教育学部しかない大学に所属する私。周囲の友人はというと、ほどんどが教員か公務員志望で、一般就職を目指す就活生がそんなにいなかった。
総合大学に比べて一般就職に関する情報が入ってこない。
時期はちょうど春休み。外出を自粛していたこともあり、大学の友人の就活事情なんて知ることができなかった。
3月の企業説明会が全て延期になって、4月から気持ちを切り替えよう! と思っていたが、緊急事態宣言によって延期された説明会も全て無くなり、次回開催の予定は立たなくなった。
そして、大学の始業が延期されたことで、さらに情報難民となったのだ。
就活の「いろは」は企業説明会に参加しながら徐々に習得すればいいと思っていた私も、流石に焦ってきて「就活」というキーワードをネットで漁った。
「受かるエントリーシートの書き方」
「絶対に合格する面接必勝法」
「就活で失敗する人の共通点」
嘘か本当かわからない情報にわかりやすく一喜一憂する私。
その中でも目を引いたのがこのキャッチコピー
「就職は結婚」
「あぁ、聞いたことあるな……」とぼんやり思いながらスクロールする。
相手のことを知って、お互いに納得した上で契約を結ぶ。これが結婚と同じらしい。
「確かに」と納得しつつも「なんか重くない?」と違和感を感じる自分がいたが、今はそんなこと気にしている場合じゃないとその違和感を素通りした。
説明会で企業と出会う機会を失った就活生のために、企業側がエントリー期間を延ばすという対応をしてくれた。それは私にエントリーシートの書き方や適性検査といった、就活の基本を学ぶ時間を与えてくれた。
徐々に就活のスタイルに慣れてきたころ、大学の友人3人とオンライン飲み会をした。4人のうち2人は教員志望で、一般就職を目指しているのは私ともう1人だけだった。
「就活どう?」
「いいところありそう?」
なかなか入手できない友人の就活事情を興味津々に聞いた。
自分の就活の軸やこだわり、条件など諸々話していると、友人があのキャッチコピーと同じことを言った。
「就職って結婚と同じって言うじゃん?実際就活してて、あれ本当だなぁって実感してるんだよね」
自分の価値観と合うかを比較して、自分の人生に関わる選択をすること。最後は直感と勢いで決めること。彼女が就活を結婚と似ているとする所以はこういった点だったらしい。
「なるほど。彼女は結婚は直感と勢いで決めるのか」と心で少し微笑ましく思いつつも、あのとき素通りして忘れていた違和感が再び私の心に湧いていた。
だが、あまりに熱心に語る彼女の言葉になんだか納得した気持ちになっていた。
滑り止めくらいにしか思っていなくても、第一志望でなくても、選考の前はいつも人並みに緊張していた。「通らなくても別にいいや」と思いつつも、「合格してますように」と祈るように就活をした。選考が通ればどの企業でもやっぱり嬉しいもんだった。
だんだん自信がついてきて就活を楽しんでいたが、最終選考を終え内定承諾の期間に入る企業がいくつか出てきて、いよいよどこに就職するかを悩み始めた。
安定?給料?自分の成長?
どれも重要だが優先順位をつけるならどうするか。
決めなければならない。
どの企業もそれぞれ魅力的で、全部の企業で働いてみたい。
贅沢な悩みだったが、辛くもあった。
もしこの企業に入ったらどうなるか、就職後の自分を何パターンも脳内シミュレーションする。それぞれにメリット・デメリットがあって「ここに入ったら、あっちに入っておけばよかったと後悔するかな」と考えたら、だんだんしんどくなってきた。
「誰か教えてくれ……」
そんな独り言が口から出てくるくらいには悩んでいた。
この頃には緊急事態宣言は解除され、人と会うことができた。
何かヒントになれば、と会う人会う人に
「就職の決めてってなんですか?」
と質問しまくった。
答えは「人それぞれ」である。
色々な人に聞いたが、皆違った意見だった。
当然のことながら、今ある選択肢の正解を教えてくれる人はいなかった。
答えがわからないまま時間だけが過ぎていって、少し焦っていた。
そんなとき、電話で大学の先輩と話す機会があった。
自分の状況を弾丸のように話す。それぞれの企業の魅力、懸念事項、やりたいこと、期待など。
先輩は特に遮ることもなく、最後までじっくりと聞いてくれた。
自分の言いたいことは言い切ったと、若干息が上がった状態で
「どう思いますか?」
と尋ねると、先輩は私のまとまらない話の要点を捉え、それぞれの企業に対する意見を順番に述べた。そして最後に一言添えた。
「もっと就活を楽しんでね?」
自分の焦りが心の中に ’’ストン’’ と落ちたような感覚だった。
「就活ってさ、ネットとかは就活生の不安を煽るような言葉ばっかりなんだけど、本当はもっと楽しいもんなんだよね。大事な選択ではあるけど、合わなかったら辞めればいいし、次の選択肢はいっぱいあるから、焦らず今やりたいことを大事にしよう?」
肩の荷がおりるってこういうことか、と納得した。
お礼を伝え電話を切ったら1人就活反省会だ。
今まで就活を思い返しながら自分に問いかける。
私が就職する上で大事にしたいことって何だ?
社長や社員、そこにはどんな人がいるか。
自分の意見を言える環境があるか。
意見を取り扱ってもらえるか。
「新卒生」ではなく「私」を必要としてくれているか。
心が躍るか。
ポンポンと頭に浮かぶ答え。
安定や収入、組織の大きさ、そんなことは今は関係ない。
純粋に心が惹かれるところを選ぼう。
もし自分の状況や環境が変わって、仕事を変えたいと思ったら変えればいいんだ。
合わなかったら、辞めるという選択肢はある。
ただ、社員として仕事にきちんと向き合って、その時間を大切にすればいいのだ。
懸念事項は横において、今一緒にいたいと思える人たちと、今楽しいと思えることをしよう。
私の「就職の決め手」が決まる。
就職先といういくつかの選択肢から、決め手にピッタリはまる企業が一つ浮かんだ。
早速内定承諾の電話をした。
電話を切って、自分がいよいよここで働くんだと思ったら余計にワクワクした。
いい幕閉じだ、と満足した。
やや興奮しながら改めて就活を振り返った。
かつてネット上の誰かと友人が言っていた言葉をふと思い出す。
「就職は結婚」
んー、違うな。
きっと正解はこれ。
「就職は恋人」
結婚ほど腹を括るもんでもない。
一生添い遂げなければならない相手でもない。別れるという選択肢がある。
でも、付き合うからには相手とちゃんと向き合う責任が生まれる。
そして、別れても付き合っていた時間は無駄にはならない。
相手と過ごす中で学ぶことや経験することがあって、それは次の恋愛に生かされる。
その時間は自分にとって糧となる。
結婚ほどの重みはないけれど、私にとって大切な選択。
軽いわけではないけれど、面白そうだからちょっと付き合ってみるかというお試し感覚。
私にとって就職は今が楽しいからとりあえず付き合ってみた恋人だ。
そして、私の人生初の恋人は自慢のパートナーである。