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ジミーをめぐる冒険(17〜19話)

(第17話)
Li Xi。日本語の音を当てるならリーシーと読むのが近い。
ベトナムは旧正月文化であるが、年始のお祝いとしてお金を入れたポチ袋が渡される。それをLi Xiと呼ぶ。日本の慣習で言えば近い慣習はお年玉がそれに当たる。英語ではLucky moneyという訳が当てられる。
お年玉よりももっと広い対象で配られるもので家庭で親から子にはもちろんで会社などで上司から部下に配られたりもする。

Li Xiにまつわる僕の誤解が生んだ少し苦い経験がある。
お年玉という似て非なる風習が日本にあったこと、Lucky moneyという訳語から生まれた誤解だった。
上司が部下にお年玉を配って関心を買うような感覚がどうしても自分の中で消化しきれずに僕はベトナムに来て5年間それを誰かにあげることなく過ごしていた。
それでも6度目の旧正月を迎えるときにあるベトナム人のメンバーからLi Xiを配ることを勧められた。信頼するメンバーからの勧めだったこともあり、そこまで乗り気でない中Li Xiを用意した。やるからにはきちんと風習に則ってやると思い、当時800名近いすべてのメンバーにポケットマネーで用意をした。金額は総額で50万円近くにのぼった。
そして、2会社5拠点に分かれる全てのメンバーに配ることは出来ないので、それを各拠点のトップに預けて配ってもらうことにした。
そう告げたときにベトナム人の役員から「Li Xiはそんなものじゃない。そんなやり方ならやらない方がいい」と告げられた。

僕はその提案を受け入れて可能な限り全てのメンバーに一人一人配って回った。
その時に僕は理解をした。嬉しそうな笑顔は、ただお金をもらって嬉しいのではない。自分に取って大事な人から受け取る新年のいわば福をもらう風習なんだと。そしてそれを与えることは与えるものを誰よりも幸せにすると。
身をもって知り、もっと早くに理解し、もっと早くにすればよかったと心底後悔をした。
生まれた国を離れて住むとこんなことが確かにある。理解したかに思えるその国の文化や風習を本当の意味で知り、自分の身体の一部がそこに溶け込み、その土地の一部が自分に溶け込む時がある。Li Xiは僕にとってそんな文化だった。

そしてその経験から1年後の今年もまたさらに増えた関係会社の1000名を超えるメンバーにLi Xiを用意し、配って回っていた。
僕が今このダナンにいる理由もホーチミンに向かう理由もそれをダナンで配り終え、ホーチミンでそれを待つメンバーに渡しにいくためだった。
三井住友信託銀行の封筒に入った現金はそのLi Xiを用意するために日本から持ってきた現金だった。

そんなLi Xiの一部が入っていたと同時にその日ダナンのメンバーから受け取ったLi Xiもまたこの鞄に入っていたことを思い出した。メンバーが自分の福を分け与えるようにくれたLi Xiだった。Li Xiと口にしながら昼間の幸せだった時間を思い出し、僕は鞄の中身を書く項目にLi Xiと文字を綴った。

(第18話)
その一枚の紙には確かに不思議な魔法がかかっていたのかもしれない。
人の思いはときに何かに宿り、本来起こるはずの何かを引き起こすのかもしれない。
もしくは単なる偶然を人は物語にするのかもしれない。物語が先にあるのか、言葉が先にあるのか。その起源は同じ場所につながっているような気がする。

Li Xiとつぶやきながら綴る。不安や戸惑いと疲労をありありと表情に浮かべながらも綴る。
つい数時間前に過ごしたそれとともに過ごした幸せな時間を思い出しながら綴る。
その記憶が全ての不幸せな想像を想定を吹き飛ばすかのように綴る。

隣りに立っているこの部屋に僕を導いた年配の彼がつぶやく「Li Xiか」お前はそれを知ってるのかと少しばかりの感情が混じった声で。
僕は彼の方を向き「そう、Li Xiだよ」と力なく笑った。

さあ、次は何を記入すればいいと正面に向き直ったその時だった。
奥にいたセキュリティが引き出しから何かを取り出す光景が目に映る。
彼の手には銀色のジミーチュウがあった。
見間違うことはない。

思わずペンをはなす。そして指をさす。そう、それ、それは僕のジミーチュウだ。
興奮気味の声で伝える。
早く早く。僕の手にと。
そして、思い至る。その中にパスポートがあるはずだ。鞄を開けてパスポートの顔写真を見てくれ。それでわかるから。

彼はそれを開けやがて目的のものを見つけ、ケースからそれを取り出し、ページを開く。そして見比べるように僕の顔を見つめる。
僕はうなずく。そして言うそれは僕だよと。
彼もうなずく。

そしてついにそれは僕の手に戻ってきた。
あまりにも長過ぎたたった一時間あまりの離別から僕とジミーは邂逅した。

(第19話)
人は満足することが出来ない生き物だ。
何かを得ればその次の何か。その何かを得ればさらにその次の何か。貪るように手を伸ばし続ける。違うのはその伸ばす手の先に何を求めるか。その手に掴むときにどんな手段を使うか。そこに掴んだものをどう使うのか。
そんな違いがあるたげだ。満足をせずに求めるという意味では、全てを手にしようとする秦の始皇帝も全てを分け与えようとするイエス・キリストも大きくは違わないのかもしれない。

ジミーが見つかり、パスポートが確認されただけでもすでに僥倖で、他の何かがなくなっていたとしてもそれは数分前からすれば考えられないくらい幸せなことだ。
それでも貪るようにその先に手を伸ばす。
財布はある。財布の中の在留カード、クレジットカード類、現金もざっと見たところある。
さらにがさごそとジミーの中身を探る。
いくつかの書類やティッシュなどが雑然と入っていてやきもきする。

そう、封筒、封筒が入っているはず。現金の入った三井住友信託銀行の封筒が。
ある意味お金は一番代わりのきくもので無くした瞬間からそれだけが無くなって出てきても幸運だと思っていた。
だからその瞬間もある種の諦観は携えていて、そういうことかと思いながら未練がましく中を弄る。
そこで気づいた。いつも閉めることのない内ポケットのジップが閉まっていることに。
ジップを開く。その中に封筒と少しのスタッフ用のLi Xi、そして僕が貰ったLi Xiがあった。
封筒の中身を改める。お馴染みの母校の創始者の肖像画が印刷された紙の束があった。

隣のセキュリティが安堵したようにそれを見守りながら僕ににかっと笑いながら尋ねる。
「Cash Ok?」力強く頷きながらはっきりと返す「OK!」と。
加えて彼は言葉を継ぐ。「Vietnam Security Good??」と。僕は返す「Yes! Good! Security good!」と。
カウンターの中のセキュリティが口々に言う。
「Vietnam Security Good」と。
僕は大きく頷きながら返す。
「Yes.Security Good」と
その時封筒の横にある可愛らしい袋に隣のセキュリティが気づき尋ねる。それはなんだと。
僕は答えながら、初めてその封筒を開く。
「これはLi Xiだと。」それは昼間僕が受け取ったLi Xiで開いた中には真っ青の20000ドン札が入っていた。
それを見たセキュリティが笑う。おーLi Xiかと。
僕も笑う。そうだよと。


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