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なぜ日本に大学発スタートアップが必要なのか。「PSI」が描く新たなエコシステムの構造に迫る

中国・四国エリアの16大学(*1)による大学発スタートアップ創出プラットフォーム『PSI(Peace & Science Innovation Ecosystem)』。中国、四国地域初であり最大規模のスタートアップ支援ファンド(GAPファンド)も設置し、これから本格的に支援活動を始めていきます。

今回はPSIの共同代表であり、広島大学でスタートアップ推進部門の部門長を勤める滝上菊規氏にインタビューを実施。同氏は、金融業界出身ならではの知見・経験等も活かしてスタートアップを推進しています。

なぜ日本に大学発スタートアップが必要なのか、そして、それを支援するPSIの意義と「起業家マインド」について語ってもらいました。

*1叡啓大学、愛媛大学、岡山大学、岡山理科大学、香川大学、川崎医科大学、県立広島大学、高知大学、島根大学、徳島大学、鳥取大学、広島市立大学、広島修道大学、安田女子大学、周南公立大学


『チャレンジすることが当たり前』の未来を作るために

―なぜ日本に大学発スタートアップが必要なのか聞かせてください。

私はこれまで金融業界で様々な業種の企業を見てきましたが、これからの時代に経済成長を維持していくには、破壊的なイノベーションの要素が欠かせません。既存のサービスをブラッシュアップして新規事業を作るような従来的・連続的イノベーションだけではなく、これまでに顕在化していなかった価値を生み出していく創造的・非連続的イノベーションです。

そして、それを生み出す可能性があるのが、従来のビジネスにはない技術やアプローチ方法で新しい価値を生み出す大学発スタートアップです。一方で、前例のない状態から価値創出できるようになるまでには多くのハードルがたちはだかっており、大学の研究者たちだけで乗り越え続けていくことは容易ではありません。そこでPSIがヒト・モノ・カネ・情報をできるだけ支援することで、少しでも多くの大学発スタートアップを誕生させ、その成功率を上げていくのです。

―なぜ大学発スタートアップから創造的・非連続的なイノベーションが生まれるのでしょうか。

一般的に、ビジネスたるものは社会や市場等に受け入れられることを前提に作られますよね。それは大変重要なことですが、同じようなアプローチでサービスや商品が作られるため、結果として、連続的なイノベーションが起こる傾向にあります。

一方、大学には自由な発想で行われてきた研究シーズが数多く存在しています。全てが社会実装を前提にしている訳ではないため、ビジネスとして成立させるのは難しい反面、仮に事業化が実現すれば大きなインパクトを起こす可能性を秘めているのです。

―海外では何年も前から大学の研究者が起業する文化が醸成されてきていますが、日本でこれまで大学発スタートアップが少なかった要因についても聞かせてください。

日本人は、色々な場面で横並び意識があり、新しいことをやったり、周りがやっていないことをするのに、勇気とエネルギーを要すると思います。

私たちが意識すべきことは『チャレンジすることが当たり前』という文化を創っていくことだと思っています。周りが起業に挑戦していれば、挑戦することが特別なことではなくなりますよね。大学発スタートアップの成功事例が身の周りに存在することで、結果として、『自分にも起業できるかもしれない。起業して、成功できるかもしれない。』と思ってもらえる環境を創れたら良いと思います。

―海外では起業が当たり前なのはそういう環境があるということでしょうか?

海外でも最初から起業家が多かったわけではありません。例えば、ヨーロッパも20~30年前は今の日本とあまり変わらない状態でした。しかし、時間を掛けながら、産業・大学・自治体・金融などが連携しスタートアップエコシステムを築いてきたのです。

私たちの取り組みも1年や2年で大きな成果に繋がるとは思っていません。しかし、10年後を変えるためには、そのビジヨン向かって、今から新しい取り組みを始めなければならないのです。


スタートアップを成功に導く支援人材に求められる3要素とは

―大学の研究者たちによる起業が、企業が新規事業を起こすのに比べてどのような優位性があるのか聞かせてください。

大学においては事業領域に制限がないことが大きな魅力です。企業で新規事業を作るとなると、どうしても既存事業とのシナジーも求められ事業領域も縛られてしまう可能性があります。シナジーがなく、ゼロから事業領域を選定すること自体難しいですが、未知の領域となるため事業化した際のインパクトは大きくなります。

一方で、大学発スタートアップを推進していくには、多くの壁が立ちはだかります。この壁を乗り越えていくための支援『人材』が不足しています。大学には事業モデルなどを考えられる専門的な人材がほとんどいないため、ベンチャーの組織(チーム)を作ることが容易ではありません。この人材面をサポートできるかが、PSIに求められる役割だと思います。

―どのように人材をサポートしていくのでしょう。

支援人材に求められる機能的な要素は、3つあります。1つ目は、研究者のカウンセリング機能。起業を考える研究者の話に耳を傾け共感し、本人が意思決定できるように導いていくことです。起業を考えてすぐに行動に移せる人はそう多くはいません。起業に対する解像度とモチベーションを上げ、起業を決意するまでサポートすることが必要です。

2つ目は、研究者の研究を促進するための壁打ち機能。研究内容を専門的に理解し、一緒にアイデアを可視化し、社会実装に向けて様々な仮説を立て検証していくことです。

最後が、いよいよ起業に向けて経営資源(人・モノ・金・情報)を調達しながらビジネスモデルを検討していく機能。マーケティング分析や資金調達等を一緒になって行っていくことです。

このような3つの機能(専門性)を持った人材が研究者とチームを組むことで、色々な壁を乗り越えて起業に辿り着く環境を作っていきたいと思っています。

―これからそのような支援人材を集めていくのですね。

PSIとして、こうした人材となり得る人の採用に力を入れています。単に外から採用するだけでなく、その後内部で教育を受けられる環境を作っていきます。PSIの内部で、各自の強みを活かし、弱みを補完するような学習できる組織となることが私の理想です。

ファイナンス経験のある人やIT分野に詳しい人など、様々な分野に強みを持った人が集まって、それぞれの知識・ノウハウや経験を共有していく。そうすることにより、採用時にはカウンセリングしかできなかった人が、壁打ち相手もできるようになるなど、支援人材のケイパビリティが拡がっていくようになれば素晴らしいと思っています。

すぐに成果が出るものではありませんが、2年3年と年月を重ねるごとに、研究者と支援人材が一体となり、スタートアップを目指していくエコシステムとなるような仕組みを作っていきたいですね。

―外部人材との連携はどのように考えていますか?

研究者たちとチームとなるような支援人材はPSIでの採用を検討していますが、外部の専門家のスポット的なサポートも必要です。言わば、内部と外部の人材が相互にシナジーを起こしながら、昇華していけることがPSIの特長になると良いと思います。


大学同士で連携し、コンソーシアムの利点を発揮していく

―実際に社会実装を考えている研究者は多いのでしょうか?

恐らく決して多くないと思います。研究者の多くは、研究そのものに関心があり、その道を歩んでいるため、始めから社会実装をしたいという方は少数派だと思います。私はそれ自体が問題であるとは思っていません。

起業して社会実装することだけが、研究者に求められている訳ではありません。どんなキャリアビジョンを描くかは、それぞれの研究者の考えを尊重すべきであると思います。

一方で、中には自分の研究を社会に役立てたいと思いながら、その方法が分からずに悩んでいる研究者がいるのも事実です。そのような方たちをサポートすることで、これまではハードルが高くて難しかった起業をキャリアの選択肢の一つとして考えてもらうことがPSIの役割だと思います。

―どのような研究者に起業を考えてほしいですか。

スタートアップは一人で創ることはできないため、各分野の専門家と手を組んでいかなければなりません。そのためにはダイバーシティ・インクルージョンの意識も必要になります。社内だけでなく、他の企業とオープンイノベーションをする際にも必要です。

そのような専門家との連携は、本来研究にも必要なのではないでしょうか。必要な専門家と真の連携ができれば、研究自体も加速するはずです。スタートアップで磨いたスキルを研究そのものに還元していくことで、よりよい循環が生まれていくと思います。

―起業に向けて、具体的にどのような支援をしていくのでしょうか。

先ずは、起業に向けた必要な資金をしっかり提供していくことです。ただし、資金を出すだけでは意味がありません。それと同じくらい、お金の使い方を指南することも重要だと思っています。

そして、意外に大事なことが研究者たちの気持ちを絶やさせないこと。研究者たちは起業するために大学に来ているわけではなく、自分の研究や授業など、他にやらなければならないことが沢山あります。

それらを横において起業を勧めても、負荷が増えるだけになりモチベーションは続かないでしょう。研究者の事情も理解しながら、起業に向けて伴走していくことが何より大切だと思っています。

―一般的な起業家支援とは違う難しさがあるのですね。他に考えている支援があれば聞かせてください。

大学の枠を越えて研究者同士の繋がりも作っていきたいと考えています。PSIの取り組みは広島大学に限った話ではありません。複数の大学が参画しているコンソーシアムだからこその強みを活かし、研究者たちが大学を超えて情報共有できる場を作っていきたいですね。

研究者というのは、同じ領域の研究者とは学会などで会う機会があっても、他領域の研究者と会う機会はあまりないと聞きます。しかし、ディープテックには他の領域の研究との掛け合わせが必要なシーンもあるはずです。できるだけ研究者たちの横の繋がりを作って情報を発信してもらい、自分たちの研究に活かして欲しいと思います。

―研究者同士を連携させる取り組みなどは既に始めているのでしょうか?

例えば、他の大学で実施しているアントレプレナー教育のカリキュラムを受けられる取り組みを少しずつ始めています。ある大学で興味が湧くような授業をしていたら、他の大学の研究者や学生であっても授業を受けられる仕組みです。最初は、相当な抵抗もありましたが、オープンにすることによるベネフィットが相互に必ずあると信じています。

また、PSIの大学間でリソースを共有できるようにしたいとも思っています。各大学が持っているラボ施設などを、PSI内の他大学の研究者、学生が使えるようにすることで、相互に情報交換できます。


院生やポスドクにこそPSIを活用してもらいたい

―これから様々な取り組みをしていくと思いますが、理想像があれば聞かせてください。

PSI内で、欲しい情報が何でも手に入る状態にしたいですね。研究者によって、困っていることや求めている情報は異なると思うので、それらを目安箱的なもので吸い上げて、情報を提供できるようしたいと思っています。

加えて、横の繋がりだけでなく、先輩起業家たちとの『縦の繋がり』も作りたいと思っています。この取り組みが10年20年と続いていけば、それに伴いOB・OGの起業家たちも増えていきますよね。

先輩起業家たちから話を聞くことで、起業に向けてつまずきやすいポイントや、乗り越え方なども共有できるはずです。そういう意味でも、質の高い情報が得られる場としてPSIをブランディングしていければと思います。

―最後に読者へのメッセージをお願いします。

PSIエコシステムは、平和を希求する精神のもと、イノベーションを起こしていくことをスローガンにしています。自分のやりたいと思うことに「チャレンジ」できる環境を今後も整備していきます。少しでも社会実装や起業に興味のある研究者の方は、我々のドアをノックしてください。


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