サイバーエージェントを辞めて、Iターン社長になったワケ(上) | 株式会社プロジェクトタネ
「方言で世界を語る」というビジョンを掲げ、インターネットを通じて北陸に新たな産業を創り出すwebマーケティング専門のプロフェッショナル集団、株式会社プロジェクトタネ。今回は、タネの生みの親である...
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「方言で世界を語る」というビジョンを掲げ、インターネットを通じて北陸に新たな産業を創り出すwebマーケティング専門のプロフェッショナル集団、株式会社プロジェクトタネ。
今回は、タネの生みの親である代表取締役社長の髙平聡さんに、タネが生まれた理由や思いについて、じっくりお話を伺ってきました。
※この記事は【中編】になります。
【前編】はこちらから!
ーーーなぜ突然、縁もゆかりもない北陸へとIターンすることになったのでしょうか。
髙平さん:
私と家庭の事情が大きかったです。
サイバーエージェントの関連子会社で事業責任者を任されていた、2011年頃のことになります。ちょうど2人の子どもたちが生まれた頃です。
その頃の私は、新しい役職を任されたばかりで多忙を極めていました。
また、妻は妻で、結婚を機に上京してきたのもあり、知り合いもおらず、不慣れな環境下でのワンオペ育児はかなりきつかったことと思います。
妻の大変さを理解してはいるけれど、当時の私は、自分の仕事のことでもういっぱいいっぱいでした。休日返上で働いてもこなせないほどの仕事量と、自分の能力不足で、完全に自分の限界を超えていたんです。
東京に戻れば、子どもを見てイライラしてしまったり、放り投げたくなってしまったりと、それほどまで精神的にも追い込まれていたんだと思います。気力も体力も限界を迎え、最終的にはうつ病になりました。その頃の私は、「もう無理だ、生きているのも辛い」と思うほどの精神状態でした。そして、そのまま会社を休職することになりました。
ーーーそんな経験があったとは…。想像できませんでした。
髙平さん:
結局、そのまま復帰できず、サイバーエージェントを退職することにしました。鬱になって、逃げるように東京を出たので、北陸に来たのは全然綺麗な理由ではないんですよね。
ーーーそんないきさつだったとは知りませんでした。
髙平さん:
東日本大震災も、東京で働くことに疑問を抱いたきっかけの一つでした。沖縄へ単身赴任する少し前、私は渋谷の23階建てのビルの中で被災を経験しました。ビルが大きく揺れたと同時に、巨大な複合機が目の前を激しく行ったり来たりする光景を覚えています。
そのとき、勤務地であった渋谷から自宅まで約7時間かけて歩いて帰宅する経験もしました。道中は、混乱した人で溢れかえっており、立ち寄るコンビニには商品が何も残っていないといった状況に初めて直面しました。「また同じことが起きたらどうなってしまうのだろう。東京に住み続けることの理由は何なんだろう」と考えさせられるきっかけになりました。
ーーー価値観が覆るほどの衝撃だったんですね。
髙平さん:
震災に加えて、妻のワンオペ育児や自身のうつ病といった問題も抱えながら、次の仕事を考え始めたとき、もはや東京で働く意味が分かりませんでした。
ただ、サイバーエージェントという会社自体は、退職後も変わらず大好きでした。だからこそ、仕事の質や給料を下げてまで、他の企業で働くことに魅力を感じることができなかったんだと思います。
ーーーそうですよね。
髙平さん:
そこで、都心ではなく、地方で働くことを視野に入れ始めるようになりました。私の父親が地方公務員だったのもあり、「地域に貢献する」という仕事が、アイデンティティとして私のDNAに自然と組み込まれていたのかもしれません。
候補地としては、サイバーエージェントを退職する直前まで単身赴任していた沖縄か、妻の故郷である北陸を考えました。
妻と相談した結果、北陸新幹線の開通を控えていた北陸へ移住することを決めました。
ーーーなるほど。意外にも単純な理由だったとは驚きです。
髙平さん:
サイバーエージェントの藤田社長は福井県出身で、私がサイバーエージェント在籍時にお世話になった岡本副社長は石川県出身、さらに妻は富山県出身。それで、勝手に北陸三県に縁を感じたんですよね。
「ここで根を張って頑張っていけば、岡本副社長や藤田社長にいつか褒めてもらえる日が来るかもしれない。それが、これまでお世話になった恩返しになるかもしれない」と考えました。完全なこじつけでしかないかもしれませんが(笑)。
ーーーなるほど。紆余曲折を経ての転職、移住だったとは驚きました。偏見にはなってしまいますが、髙平さんの人生は常に勝ち組だと勝手に思い込んでいました…。
髙平さん:
そうですよね。周囲からは、「東京でバリバリキャリアを積んだ人」といった印象が強いようで、「都心から大きな看板を引っ提げてきて、地方でも自信満々!困ったことなんか何もない!」といったイメージを持たれがちなのかもしれません。
常にそんな色眼鏡で見られてきましたが、実際は全く逆で、もう挫折の日々なわけですよ(笑)。
ーーーそう言われても、私の知る髙平さんからは「想像できない」ですね…。
髙平さん:
何より僕が伝えたいのは、「たとえ挫折を味わったとしても、心が折れたとしても、ちゃんと復活できますよ」ということなんですよね。
私の場合は、仕事が原因で心が深く傷つきました。でも、縁あって北陸に来て、前職の出版社では良い仲間やお客様と出会うことができました。人や環境に恵まれたことで、良い仕事ができ、過去の仕事の傷からも立ち直ることができたんです。
ーーーなるほど。
髙平さん:
つまり、「仕事の傷は仕事でしか癒せない」ということです。
「より良く上書き保存する。過去からどう学んで今に活かすのか」。それを身をもって気付かせてもらったというわけです。
だからこそ、過去の私と同じように苦しんでいる人がいたら、何かしら力になれるという絶対的な自信があります。つらい経験を乗り越えた人の方が、強くも優しくもなれるはずなんです。私は、仕事での大きな挫折があったからこそ、「他者の心の痛みが分かる人」になれたんです。これは今の私にとって、ものすごくプラスの能力だと思いますね。
ーーー こんな風に悩んだり苦しんだりしていたのを知って、なんだかぐっと親近感が湧きました。
髙平さん:
元々自分に自信なんてないですし、日々失敗だらけですよ。
だからこそ、「今よりもっと良くなりたい!」と、成長への渇望を持ち続けてこられたんだと思いますね。
ーーーそういうことでしたか。すごくしっくりきました。
先ほどのお話で「仕事の傷は仕事でしか癒せない」とのことでしたが、新天地"北陸"での日々はいかがでしたか。環境が変わったことで、何か自分の身に変化はありましたか。
髙平さん:
当然のことではありますが、文字通り最初は右も左も分かりませんでした。そのためか、転職直後は、とにかくアウェイ感満載といった感じでしたね。ただ、過去の肩書きだけはそれなりに持っていたのもあって、周囲からは珍しがられたというか、良くも悪くも好奇心を持たれていた気がしますね。
ーーーそうでしたか。それはそれで煩わしさがありますね。
髙平さん:
野球に例えるとすると、「元メジャーリーガーが、地方のチームにやってきたぞ!」みたいな感じですかね。お手並み拝見感というか、「日本の野球とアメリカは違うってことを思い知らせてやろうぜ」というようなプレッシャーは感じました(笑)。
「ああ、なんか今試されてるなぁ」と、若干の煩わしさを感じつつも、「ここで結果を出さないとナメられるよなあ。それなら、一発やってやるしかない!」と自分を奮い立たせました。
そんなタイミングで、とある案件を企画提案できるチャンスが巡ってきました。周囲の力も借りながら、最終的には、無事大きな受注を勝ち取ることができました。これは私にとって、思いがけない最高の再スタートとなりました。
野球で言えば、「初打席で満塁ホームラン!」ですかね。この受注をきっかけに、「あれ、コイツもしかしたらホンモノかもしれないぞ!?」と、周囲の見方も変化し始めたのかもしれません。(笑)
ーーーさすがです!頼もしい限りです。
髙平さん:
そこからは、一緒に仕事をしたり、飲みにも行ったりするうちに、だんだんと自分を慕い、リスペクトしてくれる社内の仲間が増えていきました。
お客様から求められたり評価されたりすることはもちろん嬉しいですが、こういった同僚や後輩たちの存在も、挫折から自分を生き返らせてくれた大きな要因の一つです。
「この仲間たちと一緒なら頑張れる。もっと彼らに貢献したい」という思いで仕事に向き合い始めたのを皮切りに、人生も好転し始めた気がしますね。
ーーー地道な努力の積み重ねがあってこその復活ということですね。
髙平さん:
今こんな風に話しながら改めて思ったのですが、コミュニケーションやつながりを大切にする気風は、いまのタネの文化や社風にもつながっているのかもしれないですね。仲間と一緒にランチをしたり、飲みに行ったり、社内イベントを企画したりなど。
ーーーこんな風に今のタネの在り方にも反映されていたとは知りませんでした。「居心地の良い職場で、良い同僚たちにも恵まれて良かったなあ」と、運が良かったくらいに思っていました。
髙平さん:
こういったタネの意義については、今いる社員の皆さんにも、この先新たに加わる方にも、ぜひ知っていてもらいたいですね。ただ、ここまで話すのにもう40分も経ってしまっているわけで…。そりゃ、46年も生きていれば、話すことは山ほどありますよね(笑)。
ーーー私もそう思います。
→【後編】に続く