Q- 新型コロナウイルス流行の中で、人々の医療への認識はどう変わったと思いますか?
- 「医療は皆で取り組むべき問題」という認識が生まれた大きなきっかけとなったのではないしょうか。
中国から新型コロナが報告されたのは2019年末。世界中の研究者たちはすぐにウイルスに関するデータを共有し、医薬品やワクチンの開発を急ぎました。2020年3月時点ではすでに150以上もの臨床試験が世界中で実施され、新型コロナの報告から1年あまり、緊急承認を経て実臨床下でワクチン投与が始まりました。実はこれは、歴史上類を見ない速さです。
この速さの要因は何でしょうか。まさに冒頭で述べた、「医療は皆で取り組むべき問題」という認識が強く芽生えたからだと考えます。コロナを撲滅させる、というたった一つの共通の目標があったからこそ、製薬会社、公衆衛生、行政、研究者など各エキスパートが、利害関係を排除し、惜しみなく協力し合いました。社会的な問題意識が高まり、ひとつの治験に数万人以上の被験者ボランティアが一気に集まったことも大きな要因です。その他の国民も、「感染しない・させない」という意識をもって日常生活の在り方を大きく変えました。
エキスパートや国民ひとり一人をパズルに置き換えたとき、それまではバラバラだったパズルがこのコロナをきっかけに1枚の絵となりました。それは1日でも早いコロナの終息に向け、それぞれが、自分ができる最大の役割を持ち寄り、集まったからです。
医療は、医療者と患者当事者だけの問題ではないと考えています。特に今回のような新型コロナウイルスは、すぐには解決しない、長期にわたる闘いです。だからこそ一人ひとりがそれぞれの役割を担い、協力することが必要で、それが本来のあるべき医療の姿ではないでしょうか。皮肉にも、この新型コロナウイルスは私たちに、医療の理想形を見せたのです。
Q- 製薬会社が直接患者の声を聴くことが必要でしょうか。患者の病態を把握している医師から患者について情報を得ているのでそれで充分ではないでしょうか。
- 従来、医師が患者の治療を決定していたため、製薬会社は、医師にとって魅力的な医薬品の特徴はどのようなものか、という観点から事業を展開してきました。そのため、製薬会社は、様々な病気や実臨床のニーズや、患者の病状に関する情報を医師から学んでいたのです。
しかし、時代の変化とともに、医療の在り方も大きく変わりました。これまで医師と患者の関係において、癌の告知をしない時代(すべて医師にお任せする在り方)から、インフォームドコンセプト(説明と同意)の義務化の時代へ、そして現在はShared Decision Making(共有意思決定)の時代に変化しつつあります。これは、医師と患者が治療方針や治療ゴールに関し共通認識を持ち、それに向かい共にゴールを達成することです。一側面ですが、このように医療の在り方が変化している中、製薬企業の事業モデルも柔軟に進化していかなければならないと思っています。
例えば、メーカーや小売、建設業など、他の業界ではエンドユーザーであるお客様から直接フィードバックを得て商品を改良するのは当然のことですよね。医薬品業界も、患者さんのために医薬品を開発しているというのであれば、患者さんの生の声を聴き患者ニーズを肌で感じ理解する事が事業のスタート地点であるべきだと思っています。その上で、疾患という問題に対して、治療薬というソリューションを提供しているのが製薬会社の役割であるととらえています。
Q- 患者さんの立場から見ると、patient centricity(患者中心の医療)と言う言葉は、ある意味、患者さんを他のステークホルダーから遠ざけるようなニュアンスが感じられるので好ましくない、と言う話を聞きました。patient centricityと言う言葉を使われた時、どのような印象を持たれるのか、ご意見を聞かせてください。
- 一言に「Patient Centricity」と言っても、確かに様々な概念や定義がありますね。私はPatient Centricityとは医療を提供する側と医療を提供される側が共に疾患という問題を捉え解決へと取り組む、その在り方だと捉えます。
医師として患者さんを診てきて思ったのは、やはり臨床試験など基にしたエビデンスだけで治療方針を決めるのではなく、患者さん一人ひとりとしっかり対話し意思を確認しながら医療を進めることが大切だということ。患者さんやご家族が治療方針に納得した上で、意欲的に医療に参画してもらうことは、治療の成功には必要不可欠だと考えています。
製薬会社においても、患者さんのために医薬品を開発しているのであれば、患者の生の声を聴き、患者が参画する医薬品開発・販売を推し進めるべき。そう考えるようになったのも医者としての経験があったからこそだと思います。
「Nothing About Us without us」―私達の事を私達抜きには決めないで。
これは、障害者権利条約のスローガンとして使われたのが発端ですが、今では欧米の患者会でも掲げられているスローガンです。
患者のために、患者と共に医療を創るPatient Centricityの概念がもっと広く知れ渡ることを願います。
Q- 患者さんのアンメットニーズ(いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)というと、日本の製薬企業はメディカルアフェアーズという組織によりデータジェネレーション(研究により臨床的エビデンスを創出する事)が最近増加しています。しかし、治験の段階でPatient Centricityを検討する仕組みは皆無に近いと言わざるを得ません。開発プロセス、戦略立案プロセスに、これを考慮する余地がないことが理由です。現場では肌で感じている患者さんのニーズを吸い上げても、上層部にとっては、企業価値につながるか、売上につながるか、のいずれかに繋がらなければGOサインは出ません。海外はこれをどう打開いているのでしょうか。
- 例えば米国では、FDA(食品医薬品局。日本の厚生労働省に該当)など行政からのPatient Centricityに対する指針が発出されたり、各製薬会社で、Chief Patient Officer(CPO)という役職に設けたりしてPatient Centricityの取り組みを推進しています。日本でもそのようなポジションを作ることを検討する会社は増えてきましたが、欧米と比べると少なく、業界全体の意識改革にはまだ時間がかかりそうです。
もし上層部がPatient Centricityの取り組みへの理解がなく、更にCPOのような役職や組織が存在しない場合、ハードルは高いですがメディカルアフェアーズから得た医療現場や患者のニーズをもとに、足元の出来ることから始めてみると良いと思います。上層部から承認を得られそうなところ(”pain point”)や、予算が十分確保されている製品の上市などでは、取り掛かりやすいかもしれませんね。
Q- Patient Centricityの概念は疾患によって浸透度が異なるのではないかと思っております。希少疾患、がん領域が先行していたり、疾患によってPatient Centricityの概念が受け入れられやすい・受け入れられにくい、というのがあると考えています。欧米や日本では、どこまで患者のニーズが開発に浸透しているでしょうか?
- 確かに、命に直接かかわるような癌や、重篤で進行性の希少疾患は、患者さんの想いも強くPatient Centricityの概念は受け入れやすいと思います。
欧米では日本と比べこの概念が広く浸透しておりますが、それは1990年代に欧州規制当局(EMA)や、米国規制当局(FDA)がHIV患者団体の声を聞いたのが始まりのようです。そして2020年以降、患者さんが単に治験の被験者という立場だけでなく、治験に参画するための様々な指針が発行されるようになり、本格的にこの概念が医薬品業界に広がり始めました。
日本では欧州のような指針は存在しないものの、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」などで患者さんの要望を取り入れるスキームを開始したり、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)や日本製薬工業協会でも、患者さんの声を活かした医薬品開発についてタスクフォース*が発足したりと近年注目されてきています。とはいえ、Patient Centricityの概念をもとに医薬品開発がなされた事例はまだ少ないというのが日本の現状だと理解しています。
*緊急性の高い問題に取り組むために、一時的に構成される組織
Q- これらの考えをもとにPatientricity MedPartnersは具体的にどのような活動をしていくのでしょうか
- 欧米ではPatient Centricityの概念が日本よりも進んでいます。患者を、治験の被験者としてとらえるだけではなく、患者と共に医薬品開発をする「パートナーシップ」の概念に変わりつつあります(Patient Engagementなどとも呼ばれます)。
例えば、グローバルには、Patient Focused Medicine Organizationという非営利団体があります。これは、製薬会社、患者団体など900以上の様々な関連団体から構成されるCoalition(連合)で、Patient Engagementの活動を推し進めています。こちらで、患者団体と企業側とで協業する際に有用なツールや雛形などがいくつか共同開発され、今まで多くの事例が蓄積されています。こういった先行する欧米の事例を参考にしながら、日本の製薬会社側でどこから取り組みを導入できるか検討し、ひとつでも多く事例を作っていきたいと思っています。
大手外資企業は大体がこの連合に加入しており、欧米での取り組みを推進しているのですが、同じ会社であるにも関わらず、国内法人では同様の取り組みが浸透しきれていないのが現状です。そこにある溝を埋めるために、日本での土台作りを進めていきたいですね。
希少疾患、もしくは難病で治療薬がない、こういった治療薬を望まれている、という患者様、そのご家族様、お知り合いがいらっしゃいましたら、私共に相談いただけますと幸いです。