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【会長インタビュー】日本の医療と経営の質を高めたい――アキ よしかわ会長の原動力となった想いとは

日本に病院ベンチマーク分析を紹介した国際医療経済学者で経済学博士のアキ よしかわ会長。2004年に社長の渡辺とともにグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンを創業し、日本の医療と経営の質向上に尽力してきました。

医療経済学の第一人者であるアキさんに、日本の医療制度の問題点や、今後の展望についてお話をうかがいました。

渡米のきっかけとなった祖父の教え

――アキさんは10代のころに単身でアメリカに渡ったとうかがいました。

はい、理由は主に2つありました。1つが、日本の生活に閉塞感を感じていたこと。そしてもう1つが、育ての親であった祖父の影響です。明治生まれの祖父は、若いときに海外で活躍した経験があり、孫の僕にもしきりに「いつかは日本を出ていくように」と話していました。幼少期から、外の世界に出ることが当たり前のように考えていましたね。

アメリカでの生活は、本当にすべてが新鮮で楽しく、とてもエキサイティングでした。当時のアメリカはみんな大らかで優しかったんです。いろいろな人に助けてもらいましたし、今振り返ってみても、10代の多感な時期にアメリカに渡り、挑戦できたことは本当にラッキーでした。

 

――その後、「国際医療経済学者」を目指したのはなぜですか?

1980年代前半にカリフォルニア大学バークレー校で助手を務めていたのですが、とある先生からの紹介で、米国議会の技術評価局(OTA, Office of Technology Assessment)に出向することになりました。その際に担当したのがヒトのゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクト、世にいう「ゲノム計画」でした。このプロジェクトが、医療と接点を持つきっかけです。

このプロジェクトメンバーは生物学者や医師、そして僕のように大学や研究機関から派遣された若い研究者ばかり。ゲノム計画が将来社会に及ぼす影響をめぐり、みなで日夜議論を重ねました。例えば、日本のような国民皆保険制度が存在しないアメリカでは、ゲノム計画によって赤ん坊が生まれた瞬間に、将来の病気のリスクファクターが分かってしまい、リスクの高い子供にはとてつもない保険料が課される恐れがあるのです。ゲノム計画が実現される前になんとかアメリカで国民皆保険制度を樹立しなければ、というのが、我々の共通の危機意識であり、理想に燃えた我々の共通のゴールとなりました。

当時私の専攻は経済学だったのですが、この経験が国際医療経済学者を目指す原点となりました。博士号を得て母校で教鞭を取り、その後、スタンフォード大学へ移籍し、同校で医療政策部を設立するに至ります。

 

「日本の医療制度はいつか破綻する」

――当時の日本では、まだ「国際医療経済学」という言葉も存在していなかったのではないかと思います。

そうですね。日本では、医療に関するデータは政府に集まりますが、政府はただデータを集めただけで何もせず、当時は研究者にもデータを提供していませんでした。医療の消費者である国民も国民皆保険に満足し、問題意識を持っていませんでした。実証的な研究はできず、その必要性も認知されていなかったので、学問として育つ土壌がなかったのではないかと思います。

アメリカでは医療を1つの産業としてとらえています。また、研究者や民間事業者が医療分野のデータを用いて実証的な研究を行う文化も、早い段階で根付いていました。

 

――なるほど。アキさんは米国でグローバルヘルスコンサルティングを創業後、日本でも渡辺社長とともにグローバルヘルスコンサルティング・ジャパン(GHC-J)を立ち上げました。日本の医療制度に対して、どのような問題意識を持っていたのでしょうか?

GHC-J創業当初から、「日本の医療制度はいつか破たんする」と考えていました。というのも、日本の医療は税金と国民からの健康保険料で成り立っています。経済が成長しているときは問題ないものの、失速すると維持できなくなるものです。日本の経済の低成長は予想され、また高齢少子化は当時から分かっていたことです。

そして最大の「破たんの要因」は、日本の医療の支払い制度が“出来高払い制度”であったことです。検査を多くすればするほど、また入院期間が長くなればなるほど、病院の収入が増えます。一方で、アメリカでは1980年代半ばに診療報酬の支払い方法に関する大きな革命が起きました。そのきっかけは1983年に導入された疾病・治療ごとに一入院当たりあらかじめ決められた一定額の報酬を支払う「DRG/PPS(Diagnosis-Related Group/Prospective Payment System)」です。

また、90年代には情報テクノロジーの発展とともに、カリフォルニアを中心に「マネージドケア」のシステムが導入されるようになりました。これは、その地域の人口を分析し、病気患者の人数を予測・算出したうえで、1人あたりの医療費を病院に前払いで支払う制度です。病院側としては契約する人々の健康を保ち、重症化を防ぐほうが経営的にプラスになるというパラダイムシフトであり、予防医学の発展にもつながりました。そして医療機関のグループ化も促進し、まさに効率的な医療経営の実現に寄与しました。

このような変化を目の当たりにし、DRG・PPSのような仕組みはやがて世界中に広がるのではないかと考えました。そこで、欧州各国、シンガポール、台湾、香港などで医療政策と数多くの病院の経営コンサルティングを行うことに。ところが、医療制度に対する危機感が低く、日本の医療は世界一だと盲信していた日本は、まさに鎖国状況であり、なかなか話が通じませんでした。

創業した20年前からずっと、渡辺さんと一緒に「このままでは日本の医療は崩壊してしまう」と言いつづけてきて、ようやくコロナ禍を経た今、少しずつ変わってきた感じですね。

日本に病院ベンチマーク分析を広めるため活動をしてきたアキ(写真は約10年前のもの )


“同志”たちの尽力が、世の中を変える契機に

――日本の医療が「少しずつ変わってきた」とのことですが、その要因は何だと思いますか?

大きく2つあると思います。1つが、私たちと同じ志を持った病院の先生方の尽力です。“検査や治療を行えば行うだけ儲かる時代は終わる”という考えに共感した全国の先生方が、日本の医療をより良くするための方法を一緒に考えてくれました。当初は世間から批判を浴びることも多々ありましたが、地道な活動により、ようやく日の目を見ることができたように感じます。

そしてもう1つ、コロナの影響も大きいでしょう。コロナ危機が始まった当初、多くの医療の専門家や官僚たちが「日本は大丈夫だ」と言いました。なぜなら、日本にはまさに津々浦々に病院や診療所があり、病床数も豊富だから。実際に、アメリカ全土の病院数と病床数よりも、カリフォルニア州ほどの面積の日本にある病院の数と病床の数のほうがずっと多いんですよ。でも、日本では結果的に医療崩壊が起きましたよね。なぜでしょうか。日本は確かに医療機関は津々浦々にありましたが、その数が多すぎ、医療従事者も患者もバラバラにバラけてしまったため、集中的な医療が必要なコロナ患者に対応できなかったのです。医療を提供する体制を変えていく必要があります。これは我々が20年間言いつづけてきたことですが、多くの医療関係者がコロナ禍での医療崩壊に直面したことで、日本の医療業界の風向きが変わってきたと思います。

 

――まさにGHCが掲げる「医療と経営の質向上に全知を傾け、医療の発展に寄与する」というミッションを実現できる環境が整ってきたのですね。

そうですね。当社の事業は、日本で初めての取り組みです。具体的には、病院経営に医療ビッグデータを活用した「ベンチマーク分析」による経営カイゼン手法を導入するというもの。これまでも、医療の質を保ちながら経営の質を向上させるという視点で、数多くの急性期病院の経営を赤字から黒字へとカイゼンしてきました。

健全な競争を促しつつ、医療と経営の質を高める努力を行いつづける病院を支援しながら、誰もが日本全国どこでも質の高い医療を選べるような世の中を実現することが大切だと考えています。

2014年秋、1回目のがん手術直後にGHC10周年記念感謝祭の壇上で講演したアキ


自身の闘病生活から得られたもの

――アキさんご自身も、3回の闘病生活を送られています。ご自身の経験が、医療に対する考えや価値観に与えた影響はありますか?

いえいえ、3回以上です。がんで3回、骨折で2回、と結構しょっちゅう入院しています(笑)。先ほどアメリカの医療の効率性や生産性の高さについてお話ししましたが、それだけがすべてではないことに気づいたことが大きかったですね。特に1回目に入院した大腸がんの際は、術後はとてもすぐに動ける状況ではなく、本当に辛かったんです。アメリカ的な効率性を追求した短さで退院させられたら大変だな、と(笑)。入院日数が短ければ短いほどいいわけではなく、患者側の立場もあるんだなと思いました。“もう一晩泊めてあげよう”という日本の配慮は、病院側の都合だけではなく、「優しさの表現」でもあるのですよね。数字を見るだけでは分からないことに気づき、より患者側の立場に寄り添った分析ができるようになったと感じます。

一方で、日本の医療の課題を再認識する契機にもなりました。例えば、先にも述べました「病院数の多さ」がその1つです。大腸がんなど、専門的な外科治療を行う機関が全国各地に点在することで、1病院あたりの症例数や外科医1人あたりの手術数が減ってしまうんです。症例数と医療の質が比例することは数多くの先行研究からも明らかです。症例数が少なくては腕のいいドクターが育ちづらいとも言えるでしょう。だからこそ、他の病院をベンチマークしたり、患者を集約したりする動きが重要であり、データに基づいた分析ができる当社の仕事の価値を改めて確認する機会となりました。

1回目のがん手術直後のアキ(がん研有明病院にて)


――GHCの今後の展望を教えてください。

当社が保有する膨大な量のデータに、AIをかけ合わせたサービスが展開できないかと模索しているところです。現在、AIの専門家たちと対話を進めている最中で、AIの活用を通じて、ドクターにも病院にも患者にもより良い医療を提供できるのではないかと考えています。例えば、自身の病気やリスクファクターに基づく病院選びにAIを活用するなど、さまざまな可能性を検討しています。

 

――最後に、求職者のみなさんへメッセージをお願いします!

当社は1,000か所以上に及ぶ日本の病院のデータを持っています。この数字は、日本の急性期医療全体の約30%にあたります。がん医療においては60%以上にあたります。これらの豊富なデータと知見を活かし、新事業にも挑戦するなど、新たな取り組みにも力を入れていきます。

ぜひ、常識や慣習にとらわれない人や、「医療を良くしたい」という夢や希望、信念を持った人にジョインしていただけたら嬉しいですね。

毎年行われる社員旅行での集合写真(2023年にはカーリング体験を実施)

■アキ よしかわの著書

・「医療崩壊の真実」(エムディエヌコーポレーション)

・「日米がん格差」(講談社)

・「日本医療クライシス」(幻冬舎)

・「日本人が知らない日本医療の真実」(幻冬舎)


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