BCG Digital Ventures(以下、BCGDV)でPartner & Director, Experience Designを務める花城泰夢がゲストを迎え、デザインに関するトークセッションを行うシリーズ企画「DESIGN MEETUP」。
今回のゲストは、Netflixでプリンシパルデザイナーとして活躍する樋山理紗さん。日米の両方で働いた経験のある樋山さんだからこそ見える、日本と米国のデザイナーの働き方の違い、そしてNetflixのカルチャーや求められる役割・スキルに至るまで、余すところなくお話をうかがいました。
■ プロフィール
樋山 理紗(ひやま・りさ) Netflix / プロダクトデザイナー
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、UXデザイナーとしてYahoo! JAPANに入社。約2年間ヤフー乗換案内アプリを担当。2018年にARのスタートアップ、Graffityに転職してペチャバトをデザイン。2019年にサンフランシスコのスタートアップ、All Turtlesに入社。2020年に6年間の遠距離恋愛を経てアメリカ人の夫と結婚し、無職の状態でロサンゼルスに移住。現地で激動の就活の後、Communityに入社。後にMothershipに転職し現在は Principal DesignerとしてNetflixに所属。Risa PizzaとしてYouTubeデビューを果たす。
花城 泰夢(はなしろ・たいむ)BCG Digital Ventures, Partner & Director, Experience Design
2016年4月、BCG Digital Ventures Tokyo の立ち上げから参画。東京拠点のExperience Designチームを牽引し、ヘルスケア、保険、消費財、金融などの領域で新規事業立ち上げやカスタマージャーニープロジェクトを実施。日本のみならず、韓国でも金融や小売業界にて新規事業立案やカスタマージャーニープロジェクトを行ってきた。UI/UXを専門領域としている。
デザイナーは、人と人とのつながりをつくる仕事
花城:スタートアップ界隈でNetflixを一度も利用したことないという人は、今やほとんどいないかもしれません。今回のDesign Meetupの告知をした際、かのNetflixのLAオフィスに日本人デザイナーがいるのか!?と、皆さんが沸き立つのを感じました。まずは理紗さんのデザイナーとしてのキャリアについて教えてください。
樋山:新卒で2016年にYahoo! JAPANに入社し、「Yahoo! 乗換案内」のアプリを担当しました。その後一人目のデザイナーとしてGraffityに入社して、2020年にロサンゼルスに移住し、いくつかのスタートアップを経験して今に至ります。
もう少し原点をお話しすると、3歳のときに家族の仕事の都合でアメリカに行きました。英語が話せなかったのですが、友達をつくるために絵を描いてコミュニケーションをとっていました。
花城:3歳でデザイナーデビュー、素敵なエピソードですね。
樋山:デザイナーの役割は、ただウェブやアプリのデザインだけでなく、人と人とをつなげる役割も持っていると思うんです。デザイナーという枠にとらわれず、エンジニアやプロダクトマネージャーなどをつなげていくことをモットーにしているのですが、この頃の経験が原体験なのかもしれません。
花城:具体的にはどんなプロダクトに携わってきたんですか?
樋山:例えば「Yahoo! 乗換案内」では、混雑状況を表すデザインを担当しました。Graffityでは創業メンバーとして参画し、AR対戦ゲーム「ペチャバト」のデザインを、All Turtlesではオンライン会議ツールのデザインにゼロから携わりました。米国に移住後は、CommunityというLINE@に近いサービスを提供する会社に就職しました。その次はUberのトラック版とも言える Mothership でデザインやプロジェクトマネジメントを経験しました。
花城:いろいろな会社を経験してきた中でも、特に大変だったのは?
樋山:ヤフーからGraffityに転職したときですね。大企業からスタートアップという変化も大きかったですし、ヤフー時代はUIデザインにとどまっていたんですよね。それが、ユーザーインタビューのようなUXの領域にまで拡がり、未体験ゾーンを試された時期でした。近くにロールモデルもいなかったので、チャレンジングだった思い出です。
花城:理紗さんと知り合ったのは、確かその頃ですよね。大きな組織の中でするデザインと、一人で取り組むデザインと。コントラストの効いた経験をされていましたよね。その両方が今のキャリアにつながっているんですね。
採用プロセスにみる、Netflixのデザイナーに求められるスキル
花城:二つ目のトピックは、Netflixのカルチャーについて。具体的には、採用のプロセス、ボンディング、DesignOpsについて伺いたいです。まずは採用プロセスからお聞かせください。
樋山:とにかく一番最初のステップの「リクルーターからの電話」が一番つらかったですね。エレベーターピッチのように30秒で自己紹介をした後に、質問にバシバシ英語で答えていかないといけない。相手はデザイナーではないことが多いのでデザイン用語もあまり使えないし、控えめにいうとすぐ詰められる。何度も心をズタズタにされました。
ステップ2は、デザイナーとの1on1、もしくは数人に向けて、自分のポートフォリオをレビューします。ステップ3は時と場合によると思うのですが、私は「アプリクリティック」をしました。面接官の前であるアプリを評価するというものです。ここが良い、ここは改善したほうがいい、ここはこういう意図でデザインされているんだろう、みたいに。
花城:かなり実践的な内容なんですね。
樋山:その次には、ホワイトボードチャレンジというフェーズがあります。これもなかなか手強いのですが。「Airbnbを改善してください」とか「駅のキオスクをデザインしてください」といった議題が出されます。ホワイトボードチャレンジという名の通り、ホワイトボードを使って、自分の思考プロセスをどんどん伝えていくというものでした。主にプレゼンスキル、ファシリテーション力、場の空気を読む力、プロダクト思考といった、デザイナーとしての力量を試される時間でした。
花城:今日の参加者の中にも、経営者やデザイナーを採用する立場の方もいらっしゃると思うので、参考になるのではないでしょうか。ちなみにプロダクト思考というのは、日本ではそれほど馴染みのない言葉かもしれません。プロダクト思考とはどんな考え方ですか?
樋山:誰のためにデザインするのか、どうすればスケールするプロダクトにできるかを考えながらプロジェクトを進めることです。例えば、縦軸に「フィジビリティ(実現可能性)」、横軸に「インパクト」を据えたときに、自分のアイデアがどこに属するか。ビジネスの観点から、デザインがプロダクトの未来にどう関わってくるかを言語化することですね。
先ほどの「Airbnbを改善してください」という議題はすごく抽象的ですよね。そこからどこまで具体的な部分にフォーカスして提案できるかは、その人のプロダクト思考にかかっていると思います。
私の場合は、一度泊まった宿を再度予約する「Rebook(再予約)」の指数を高めればビジネスが改善するのではという仮説を立てたのですが、それを40分という制限時間の中でいかに実用的なアイデアへ落とし込めるかで、プロダクト思考を測られていたのだと思います。リアルタイムでホワイトボードチャレンジをしている動画をYoutubeにあげているので興味がある方はぜひ見てみてください!
花城:私たちBCGDVも、大企業と共に新規事業を次々立ち上げているんですけど、理紗さんもおっしゃった「ユーザーにとって何が大事なのか」というユーザー視点での仮説の深掘りだけでなく、技術面・規制面でさまざまな制約がある中でそれをどう実現するか、といったフィジビリティの観点からも検討しないと、突飛なアイデアで終わってしまうことが多いと感じます。さらに、その新規事業が ビジネス面でどれくらいのインパクトをもたらすのか。Netflixのデザイナーには、このような広範囲な視点が求められるのですね。
デザイナーのデザイン業務を支援する「DesignOps」という職業
花城:コロナ禍でピープルマネジメントやエンプロイーエクスペリエンス(従業員の経験価値の向上)に注力する企業が激増している印象なのですが、Netflixではどんな取り組みをしているんですか?
樋山:特にチーム・ボンディングに力を入れている会社だという印象でした。週1くらいの頻度で何かしらのイベントがあるんですよね。私もつい最近、チームビルディングのイベントを開催して110人ほど集まってくれました。新入社員でもこういったイベントの中で新しいメンバーとどんどん出会える機会があるんです。Netflixでは、このリモートワークの環境下で、どうやってメンバーをミングルして(交流を活性化して)いくか、場のデザインに力を入れているようです。
花城:BCGDVでもボンディングのための社内イベントには力を入れていますが、週1はすごいですね。もう一つ聞きたいのが、DesignOpsについて。日本ではまだ職業として浸透していないので、デザイナーの中でも知っている人とそうでない人に分かれると思うんです。DesignOpsってどんな役割の人なんですか?
樋山:デザイナーって、締切の多い仕事ですよね。今日中にやらなければならない仕事を抱えながら、チームボーディングをしたり、Figmaの整理をしたり、メンバーのタスクを可視化したりするのって結構大変じゃないですか。そういった、デザイン業務を越えた仕事をしてくれるのが、DesingOpsさんです。渡米してから3社目ですが、私もNetflixに入社して初めてDesignOpsがいる職場で働きました。
これまでは、自分のデザイン業務を効率化したいという課題があっても、当然のようにすべて自分でやっていたんですよね。でもNetflixでは、その課題をDesignOpsさんに相談すれば、その人たちが改善のために動いてくれる。
直近の例だと、私は英語は得意なほうではあるけれど、聞き取れないこともまだまだあるんです。それで「Otter」という文字起こしツールが必要だと話したところ、DesignOpsさんが翌日にはすべてのミーティングにインストールしてくれたんですよね。先ほどお話ししたチームボーディングのイベントを企画しているときも、私が焦っていると、DesignOpsさんがアイスブレイクのアイデアをくれたりして。デザイナーがよりデザインに集中できるように寄り添ってくれるのがDesignOpsという仕事です。
花城:面白いですね。そのDesignOpsさんたちは、どんなキャリアの持ち主なんですか?
樋山:わたしも一部の人しか知らないんですけど、よく一緒に仕事をしている方は元デザイナーというわけではなくて、前職でデザインスタジオの受付をしていたみたいです。そこでデザイナーの環境をもっと良くしたいと思ったらしく、GoogleのDesignOpsを経て、今Netflixにいるみたいですよ。DesignOpsという職種自体がここ数年でできたものなので、バックグラウンドは人それぞれなんじゃないかな。
花城:デザイナーがより効率的に働けるための支援ってすごく良い試み。理紗さんが今おっしゃったようなことって、現状だと、デザインマネージャーが自分でやっているか、バックオフィスに相談して実現している企業が多いように思います。日本でもDesignOpsが浸透するといいですよね。
デザイナーに求められるストーリーテリングスキル
花城:理紗さんの肩書きが「プリンシパルデザイナー」になっているんですけど、プリンシパルデザイナーについても説明をお願いしたいです。
樋山:そうですね、米国でも会社によって肩書きって全然違うと思うんですけど、一般的にいうと、現場でデザイン業務をする人は「プロダクトデザイナー」。その上の階層が「シニアデザイナー」で、担当分野のデザインにおける意思決定責任者になると「リードデザイナー」や「スタッフデザイナー」になります。
その上に属するのが「プリンシパルデザイナー」ですね。役割としては、プロダクトのデザインだけではなくて、リーダーシップ要素も入ってきます。例えば、チームが盛り上がっていないときに、その理由や打開策を考える。ビジョンが明確じゃないから盛り上がっていないのか、業務量が多くて疲れているからなのか。それをいち早く感じ取って、アクションにつなげていく。そういったデザインも求められるのがプリンシパルデザイナーです。実はNetflixは、デザイナーは全員プリンシパルデザイナーなんです。階層が全然なくて、フラットな組織なんですよね。
花城:これは参加者の方から来ていた質問なのですが、国内と米国のデザイナーを比べて、レベルに差はあると思いますか? 私個人の印象では、デザインシステムのような領域では海外のほうが進んでいる印象を受けます。BCGDVでもUSオフィスのデザイナーと話していると、かなり細かいところまで作り込まれていてレベルの高さを感じることがあります。理紗さんはどうですか?
樋山:スキルには差はあまりないように思います。ただ、ミーティング中の主張の仕方はけっこう違いますよね。こっちはマイクを奪い合うようなカルチャーなので。
花城:「プロダクト思考」も関わってくるかもしれないんですけど、自分の主張はしつつも、チームとしての共通言語を作りながら全体を見て、プロセスをデザインしていくことが海外は多いのかなと思います。
樋山:まさにそんな感じです。デザイナーがファシリテーションしていることがすごく多い。例えば私が主催したチームビルディングのイベントでも、なぜ今ここにみんなを集めたのか、その背景についてじっくり5分間使って共有するんです。英語だと「Set up the stage」っていうんですけど、その場を作り上げるのはデザイナーの力量次第だと思うんですよね。「世界中の人に、心を動かすストーリーを届ける」というのがモットーのNetflixにいるからこそ、そのストーリーテリングのスキルは、まさに今鍛えられている感じがします。
花城:先ほど階層があまりないという話がありましたが、プリンシパルデザイナーの上に、ディレクターやVP of Designがいるんですか?
樋山:そうですね。私の上司はディレクターで、彼はプロダクト横断的に8人のデザイナーをみています。そのディレクターの上に、VP of Designがいます。
花城:彼らとのコーチングやメンタリング面も気になります。どれくらいの頻度で、どんな話をしているんですか?
樋山:私はディレクターに毎週30分もらっています。私は毎期OKRを設定していて、今は新入社員なので「メンバーから信頼を勝ち取る」というのをゴールにしています。そこに紐付けて「コピーライターと会って、ライティングチームの内情を知る」といった細かいゴールを複数設定して、ツールで管理しています。ときどき、自分だけでは解決できないものもあるので、そのときはツールに赤いフラグをつけて、ディレクターにコーチングしてもらうようにしています。
あと、これは私が勝手にやっているだけなんですけど、30分のうち10分間は「ヒューマンタイム」という業務外のことを話す時間を設けていて。例えば、彼の子どもの話だったり両親の話だったり、彼の人となりを理解するための質問をお互いにしあうんです。そういうところから信頼の土台が形成されていくんじゃないかなと思って。
花城:ヒューマンタイムっていうネーミングがいいですね。1on1ってちょっと固い感じがするけど、ヒューマンタイムなら敷居を下げて会話できそう。では最後の質問で、Netflixでもそれ以外でもいいのですが、理紗さんが今後挑戦したいことは何ですか?
樋山:これまで短期集中型で生きてきたのであまりかっこいいことは言えないんですけど、目先の目標でいえば、自分が今担当しているプロジェクトをきちんとリリースにまで持っていくことですね。それから、周囲に影響を与える人のことを「Thought leader」と呼んでいるのですが、私もThought leaderになっていきたいです。
あとは、私もGraffityで一人デザイナーだったときに苦しい思いをしたので、デザインコミュニティに貢献していきたいです。今も週2回メンターとして話を聞いているところで、その貢献が1on1なのか、YouTubeを通してなのか、手段はいろいろとあると思いますが、デザインコミュニティを盛り上げていきたいです。
花城:樋山さんの3歳からはじまったデザイナーとしての原体験から今のNextflixに繋がるキャリアへの変遷をお聞きできてよかったです。また「英語」よりも「コミュ力」が求められるというお話にもあったように、デザイナーが会議でどんどんファシリテーションをしていくことや、ストーリーテリングの重要性に改めて気付かされました。
世界トップのデザイナーが集結するNetflixという企業が、ボンディングを大事にし、DesignOpsのようなデザイナーを支える体制や組織づくりにも取り組まれていることなど、これからの働き方や日本のデザイン組織への示唆も頂けたと思います。これからも樋山さんのNetflixでの活躍と、デザイナーの新しいロールモデルとなっていくことを応援していきたいです。