社会人1年目の頃を振り返ってみます。
株式会社ONE FOR ONE(ワンフォーワン)の鈴木です。
最終学歴は、電子系の専門学校です。
就職活動はあまりせず、第一希望と第二希望の会社にしか応募していませんでした。
(ちなみに将来の希望や夢なんてなく、”なんとなく”働いていければいいな。程度にしか思っていない就職活動でした)
運良く、第二希望の会社から内定をもらえたのもあり、クラスで3番目に内定をもらいました。(この時も嬉しいという感情よりも「あぁ、自分もこれからサラリーマンになるのか。適当にやろう。」それくらいにしか思っていませんでした)
内定をいただいた会社は、20年以上続く会社で、エンジニア(SEやプログラマーなど)を派遣する会社でした。
自分としても「なにもかも未経験だけど20年以上続いているから安心だろう」と思い、内定ももらったこともあり、そのまま入社予定でした。
しかし。
そのまま普通に働き出せるかと思いきや、案外簡単なものではなく。
内定を出した会社の人事の人から連絡がきました。
人事:ちょっと大事な話があるからすぐにオフィスにきてほしい。
「なんだろう?会社に配属になるのは4月1日からなのに・・・」と思いつつオフィスに行きました。
オフィスに行くと重い空気が漂っており、人事の人が座っていました。
人事:たいへん申し訳ないけど、”自宅待機”してくれないか?今から社長もくるから。
鈴木:はぁ。。。?(自宅待機ってなんでだろう)
そこで社長が入ってきました。
社長:申し訳ないけど、会社が倒産しそうなんだ。リーマンショックの影響でね。
鈴木:(゚∇゚ ;)エッ!?
社長:君にはたいへん申し訳ないけど、今リストラもはじめてる。そこで新卒の君にも辞めてもらうか、自宅待機してもらいたいんだ。まぁでもまだ入社してないから辞めるってわけでもないか。笑
ということで、自宅待機になり、結果的にはその年の夏には「内定取り消し」になりました。
それでもまぁ、自分としては「適当に決めた会社だし。まぁいっか」程度にしか感じていませんでした。そこでの教訓は「自分の気持ち(やりたいこと)が固まっていないまま進んだら良い結果は生まない」と思いました。
1年目は、その後、不動産営業、イベント警備の仕事をして終わりました。
正直、自分の人生を大きく変えたのはこの時期だと思っています。
不動産営業では、”あえて”自分が苦手で大嫌いな電話のテレアポに挑戦しました。
なぜ、苦手なテレアポに挑戦したのか!
それは、自分が今後、”成長して成功するには営業力は欠かせない”と、自分なりに思ったからです。コミュニケーション能力は特に必要だと感じていました。
内定取り消しをされた会社を辞めた瞬間から思ったことがあったのです。
それは、
・30歳までに起業する
・1億円を稼げる男になる
この二つでした。どんな会社でも倒産する”恐れ”はある。
それは、内定をもらっていた20年続く会社が倒産の危機にあったことがキッカケなんだと今になって思います。
その”恐れ”から抜け出すには「自分が力をつけるしかない」「むしろ自分で会社をやってしまおう」と思ったのです。なので、起業するには営業力は欠かせないということから、不動産の営業を志望し、入社しました。
不動産の営業は、朝8時前にオフィスにきて、オフィスとトイレ掃除からはじまります。
当時のタイムテーブルは↓のような感じです。
7:30 出社
8:50 掃除&朝の準備
9:00 朝礼&社長の一言
9:10 朝の準備
〜
10:00 電話開始
12:00 ランチ
13:00 電話再開
〜
20:00 電話終了
20:10 勉強&反省点まとめ
〜
24:00 退社
このような感じでした。
電話のノルマとしては、1日400本以上打電(電話)をすること。一週間に一度はアポ(お客さんに会うこと)を取ること。でした。
なので自分も1日400〜700本は電話をかけていました。
それでも当時は「え!こんな楽に20万円ももらえていいの!?」くらいにしか思っていませんでした。本当に辛くて嫌という気持ちもとくになく。淡々とこなしていました。
ただ、お客さんに電話をかけて、受付を通過したあと、お客さんを捕まえると基本的には大きく分けて3パターンに分かれました。
1、ガチャ切り(受話器を投げるくらい)
2、罵声を浴びせてくる
3、営業だと分かると態度が変わり怒鳴り散らす
そんな感じでした。
(もっと細かくいうと色々ありましたが。笑)
そんなこともあり、精神的にきてしまう人も少なくなく。
会社は100人以上のスタッフがいる会社でしたが、1年間で10〜30人は辞めてしまうような会社でした。
ちなみに、自分も未経験ながらに入社して3ヶ月で辞めてしまいましたが。笑
辞めた理由が精神的にというわけではなく、”自分の売っている物件の不振による課長との喧嘩”でした。
働きながら、ひとつの疑問が浮かんだのです。なぜ「デメリット」を教えてもらえないのか。物件を売るにあたり「メリット」しか教えてもらえず、「デメリット」を一切教えてもらえませんでした。
自分としては「デメリット」をしっかり知っておかないと売れない。と思い、上司に相談しました。
そこで、当時の課長からこんな一言がでました。
課長:こんなクソみたいな物件いいとこあるわけねぇだろw
さらにこう続けました。
課長:俺たちが得するために売ってるんだから、買ったあとの客のことなんてどうでもいいんだよw
と。
もちろん、営業としてはそんなことは関係なく商品を売るべきなのでしょうが。
当時の自分にはそれがとても”曲がっている”ように感じ、仕事をする気になれませんでした。
結果としては、3ヶ月で喧嘩して辞めてしまったのですが、今の自分でも辞めるという決断は間違っていなかったと思います。
この不動産での学びとしては、
・自分がやりたいと思える仕事をする
・お客さんにとっても絶対にメリットがあることをする
このことを学びました。完全に反面教師にしようと思っていました。笑
その後のイベント警備時代の話もしたい所ですが、さすがに長くなってしまうので今回はここまでにしておきます。
結果として、「内定取り消し」と、俗に言う「ブラック企業」を経験できて、自分としては良かったと思います。
なんで良かったの?!普通に考えたら不幸じゃん!
とよく言われます。笑
良かった理由としては、すべて”他人のせいにする”のではなく、”自分の責任なんだ”と思えたこと。キッカケをもらえたことに感謝しています。
株式会社ONE FOR ONEではこのことを、”他責”と”自責”といいます。
他人のせいにするのは簡単。
「あいつが」
「会社が」
「あれが」
「これが」
”悪い”
そうしてしまえば楽だからです。
でも、”自責”の場合。
自分のせい(責任)にするということは勇気がいると同時に
責任を持つことの難しさと苦しさ
を痛感します。これが一見簡単そうで、実に難しい。
ただ、”成功”がしたいのであれば、絶対に”他責”にしてはいけないと思います。
じゃあ、鈴木は成功しているのか!?
と、なりますが、自分ではまだまだ満足はしていません。きっと満足することが今後ないかもしれません。そもそも”成功”自体をつかめているとは思っていません。
ただ、自分は20歳のときに経験したことを糧にずっと走り続けるつもりで走っています。ゴールなんて考えずに。
これからも株式会社ONE FOR ONEの一員として、代表の広瀬のパートナーとして一緒に壁にぶつかりながら、こけながら、つまづきながら、走っていくと思います。
ただ、”成功”ではないですが、人生としての”正解”は代表の広瀬がパートナーであり、兄貴分であったことが自分の人生の”正解”だったと感じています。
過去を振り返ると、様々な経験をして、良いことも悪いことも含めて経験してきました。
それを全部含めて、現在とても”幸せ”(これからもっともっと幸せになる予定ですが)なので、他責にせず、自責にしてきてよかったと思えます。
正確には、幸せにしてもらっていう状態ですが。
それがもしかしたら”成功”なのかもしれません。
最後は少し語ってしまいましたが、私の「社会人1年目を振り返って」は以上で終わりです!最後まで読んでいただいてありがとうございました!