なにをやっているのか
日本で増え続けるラグジュアリーホテル
空間の価値は、設えではなく、状態によって決まる。
私たちは、清掃を提供している会社ではありません。
ラグジュアリーホテルの空間価値を、再現性ある仕組みで支える会社です。
空間の価値は、設えではなく、状態によって決まります。
どれだけ優れた空間であっても、その状態が維持されなければ価値は成立しない。
しかし現場の多くは、いまだに属人的な技術に依存しています。
人によって見ているポイントが違う。
判断の基準が揃っていない。
結果として、同じ現場でも品質が変わる。
私たちが扱っているのは、清掃という作業ではなく、
その状態を維持し続けるための構造です。
属人性によって成立している現場を、再現可能な仕組みに置き換える。
それが、私たちのやっていることです。
なぜやるのか
なぜやるのか?
私たちが変えたいのは、清掃の「考え方」そのものです。
日本の清掃現場では、いまだに「汚れたら落とす」「溜まったらまとめて綺麗にする」という考え方が根強く残っています。
一見、最終的には綺麗になっているように見えるかもしれません。
しかし、その間には「汚れている時間」があります。
ラグジュアリーホテルにおいて、本当に大切なのは、最後に綺麗になることではありません。
常に美しい状態が保たれていることです。
アメリカでは、清掃は単なる後処理ではなく、建物や空間の価値を維持するためのメンテナンスとして捉えられています。
汚れが蓄積する前に、日々少しずつ手を入れる。
素材や汚れの種類に合わせて、適切な方法で管理する。
そうすることで、空間の美しさを安定して保ち続けることができます。
私たちは、日本のホテル清掃もこの考え方に変えていく必要があると考えています。
日本のラグジュアリーホテルは増え続けています。
求められる空間品質も、確実に上がっています。
しかし、その裏側を支える清掃現場の構造は、まだ大きく変わっていません。
ベテランの経験に依存している。
教え方が人によって違う。
品質の判断基準が曖昧になっている。
特定の人がいなければ、同じ状態を再現できない。
このままでは、世界基準の空間を維持し続けることはできません。
だから私たちは、清掃を「作業」ではなく「空間価値を守る仕組み」として捉え直しています。
どこを見るのか。
どの状態を美しいとするのか。
どのタイミングで手を入れるのか。
どの方法で維持するのか。
熟練者の感覚に頼ってきた判断を言語化し、誰でも同じ品質を目指せる構造に変えていく。
清掃の質を一時的に上げるのではなく、綺麗な状態が続く仕組みをつくる。
それが、私たちがこの仕事に取り組む理由です。
どうやっているのか
私たちは、属人性を排除するために、現場を分解し、設計しています。
清掃品質を、曖昧なものとして扱いません。
これまで現場では、職人の経験や感覚によって支えられてきました。
どこを見るのか。
どう判断するのか。
どこまでやるのか。
それらは個人の中にあり、共有されていない。
私たちはまず、その技術・判断・見方を分解します。
どういう状態であれば良いのかを定義する。
何をもって良しとするのかを明確にする。
これが、状態基準です。
次に、その状態を実現するための判断を揃えます。
どこまでやるべきか。
どの優先順位で動くか。
どの時点で修正するか。
個人ごとに異なっていた判断を、現場として統一する。
これが、判断基準です。
最後に、それらを再現できる形に落とし込みます。
誰がやっても同じ動きになること。
教育が属人化しないこと。
改善が積み上がること。
公平に評価すること。
これをオペレーションとして設計する。
こうして、個人に閉じていた技術を、現場全体に展開する。
結果として、最高品質をどの現場でも出し続けることが可能になる。
しかし、ラグジュアリーホテルにおいて求められるのは、清掃品質だけではありません。
一泊数十万円から数百万円を支払うゲストに対して、空間の状態だけでなく、振る舞いそのものが価値になります。
どのように見られているか。
どの距離感で接するか。
どのタイミングで動くか。
これらもまた、現場では個人の感覚に委ねられていることが多い。
私たちは、これらも例外とは考えません。
技術だけでなく、ホスピタリティにおける判断や振る舞いも分解し、定義する。
・どういう状態が適切か
・どういう振る舞いが求められるか
・どこまでがやるべき範囲か
それらを再現できる形に落とし込み、現場として実装する。
清掃とホスピタリティを切り離さず、一体として設計する。
それによって初めて、ラグジュアリーホテルにふさわしい空間価値が成立すると考えています。
属人性に頼るのではなく、再現できる構造に置き換える。
それが、私たちのやり方です。