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フリーランサーに伝えたい、一人で戦うための自己防衛的営業術(Vol.6完結編)

40歳で異業種から独立。まったくコネも実績もない状態から一人、コツコツ営業活動を続けてきた株式会社エーアイプロダクション代表・伊藤秋廣が、12年にわたるフリーランス時代の経験を交えながら、その営業術について語ります。ついに完結編!

――2006年にフリーランスとして活動を開始し、2019年に株式会社にされていますが、改めて法人化の経緯をお伺いできますか?

正直、1人でやっていける範囲に限界を感じていたんですね。僕ができるのは、インタビューをして記事を書くことですが、それだと仕事の幅は全然広がらない。そして、突き進んでいく方法としては、仕事の数を増やして死ぬほど働いて稼いでいく道しかないわけですよ。

もちろん、たくさんお仕事をいただき、ギャラも上がって、それなりに評価をされている手応えは感じていました。でも、50歳も目の前になってくると「果たしてこのままずっとしゃかりきに働いていて良いんだろうか」という疑問が出てくるんですね。そうなった時に「これは仲間を作っていくしかない」と。

今までフリーランスとしてお仕事をしていく中で、気の合うカメラマンさんやデザイナーさん、ディレクターさんと出会ってきたので、そういった方々とチームを組んで、プロジェクト形式で仕事をするようになっていきました。お客様からも「伊藤さんってライターだけじゃなくて、カメラマンも連れてくるし、ディレクションもできるんだね」と認識されるようになって、少しずつ仕事の幅は広がっていきました。

すると、個人のクリエイターではなく、小さな組織みたいに見えてくるわけです。屋号も、エーアイプロダクションとか名乗っているので、当時は法人じゃなかったのに「会社だと思ってた」と言われることも多かったんですよ(笑)。頭の片隅では法人化を視野に入れつつも、なんとなくハードルが高いイメージがありました。1人でできるのかな?という不安もあったし、お金もかかるし、手続きに必要な書類も整えなくてはいけない。日々、実務に追われているので、どうしても後回しにしていました。評価もされているし、仕事の幅は広がりつつある状況で、時間とお金をかけてまで法人化する意味があるのだろうか…などと考えていましたね。

ところが、そんな矢先に大きなきっかけがあったんです。取材から撮影、デザインまで請け負って、一冊の冊子を作るという、ちょっと大きめの仕事を受けることになりました。毎月、けっこうまとまった金額の報酬が入ってくる仕事です。もちろん外注さんにお支払いするお金も大きかったので、すっごく儲かったわけではないのですが(笑)。事件が起こったのは、仕事を終えて、いざ請求書を発行した時でした。お客さんから、「伊藤さんのところって法人じゃなかったの?」って聞かれたんです(笑)。一度も「法人です」なんて言ったことなかったんですけど、相手が勝手に勘違いしていたのですが、「規定があって、法人にしてもらえないと報酬を払えないですよ」って…。“え、まじか!?”と思いましたね。

そのお客さんは、昔からお付き合いのある方だったので、「手続きとかもリードするし、資本金も出すから会社にしてくれよ」って言われました。でも、資本金を出してもらったら自分の会社じゃなくて、雇われの役員になってしまうから「自分でちゃんと会社を作ります」と言って、最低限、なんとなく会社っぽく見える額の資本金を積んで僕と奥さん2人で株主になり、急遽会社を作ることになりました。

幸い、すでに屋号はあるし、専用のURLというかドメインもある。足りなかったのは法的な部分と株式会社という冠だけ。行政書士の手配などは、全部そのお客さんがサポートしてくれて、2019年に会社が出来上がりました。僕のいつものパターンなんですけど、強烈に“法人化したい!”って思いがあったわけではなかったんです。最初にインタビュアーを名乗ったときも、“インタビュアーになるんだ!”って意気込んでいたわけじゃなくて、“俺のインタビューって評価されているし、インタビュアーを名乗ったら営業的にも有利かな”っていう軽いノリでした。法人化した経緯も、まさにそんな感じでしたね。

――なかなか珍しいお話ですね…!

そうですね。サポートをしてくれたお客さんは、僕のことをすごく理解してくれていたし、何より信用してくれていたんですよね。「伊藤さんみたいな人は、忙しいからって後回しにするだろうから」って(笑)。まさにその通りで、せっかくお声かけをいただいたから、このタイミングでお願いしちゃおうかなと。信頼関係を築けていてよかったなと思いました。改めて、個人のクリエイターだと思わせないくらいの仕事をしていたことにも気づきましたね。

それからは、“会社という箱をどう活かしていこうか”と思ったわけですよ。それはズバリ営業的な要素でしかないというか、“株式会社”という肩書きをうまく使っていくことが一番良いなと。これまでと中身は変わらないんですよ。会社にしたからと言って、新しいビジネスに手を出したわけでもない。インタビューをして書いて、写真を撮ってくれる仲間やデザインをしてくれる仲間、時にはディレクションをしてくれる仲間もいて、メンバーは全然変わらないんですけど、お客様目線で見たら“使えるな”と思うわけじゃないですか。

今までお付き合いのあるお客さんには「法人化したので、よろしくお願いします」と言うと、もうちょっと幅広く仕事をいただけるようになったりとか。大きな会社さんとか上場企業からのお問い合わせやご紹介を受けた時に、会社として仕事を受けることができるようになったのは良かったですね。新規お問い合わせをいただく企業様に対する信頼度は増したと思います。

あと、僕は資料を作ったり、インタビューというコンテンツをお客さんに適した形で提案することが好きなんですけど、法人化をしたことで“サービス作りごっこ”がさらに加速しました。例えば、一回のインタビューで動画から記事まで全部を作り上げるマルチコンテンツパックとか。そんな名前をつけて「企業として提供する新しいサービスですよ」と、チラシを作ったりして、展開をするようになりました。

他にも、仕事の進め方は変わりませんが、パートナーの質が変わったというか、幅が広がりましたね。要は、これまでは僕が仕事を受けて、外注さんに頼む仕組みだったんですけど、法人化してからはもう少し上流工程を意識するようになりました。例えば、インタビューを使ったビジネスを一緒に作る仲間とか、会社の魅せ方を考えるコンサルティングが出来る仲間を増やしましたね。

――法人化をしてから、お客さんの反応はいかがですか?

会社を作って、自分が「経営」をするようになったことで、ビジネスパーソンとか経営者に対するインタビューの質は変わってきましたね。話の内容に、より共感できるというか、実感値を持ってお話をすることも、聞くこともできる。やっぱり、インタビューで「共感」は大事だから、相手にとっても共通点があるというのは話しやすいんですよね。

現在の受注後の流れは、音声を録画・録音したら、まず音声起こしチームに渡します。そのチームには、子育てをしていて外でのお仕事ができない方や、親御さんの介護をしていて、なかなかお仕事ができない方などが何名かいらっしゃるんですが、データを渡すと、かなり精度の高い文字起こしが上がってくるんですね。

そして、文字起こしを元に僕がライティング・編集をして記事化するケースもあれば、パートナーのライターや編集者にデータを渡すケースもあります。内容と納期に合わせて、いろんなルートで原稿化するようにしているんですよ。闇雲に仲間を増やすようなことはしませんが、品質の良い記事をスピーディにアップできるような仕組みを作ることを意識するようになりました。僕のインタビューは、エーアイプロダクションのコアな部分だし、評価していただいて、期待されている部分なので、僕ががっつり動きながら、それ以外の部分ではいろんな人が関わって原稿が出来上がる仕組み化を心がけていますね。

――本質部分は大切にしながら、ということですね。次の段階としてはどんなことを考えていますか?

今やろうとしているのは、インタビュアーの仲間を作ることです。最近は、ありがたいことにインタビューのオファーも増えてきて、スケジュールの都合でお断りせざるを得ないこともあります。他にも「女性のインタビュアーはいませんか?」と問い合わせがくることもあるんです。インタビュアーがたくさんいるプロダクションに見えるんですよ(笑)。これまでは、「ごめんなさい。おじさん1人しかいないです…。」って断っていたんですが、インタビュアーのニーズがあるなら、そういう部分も着手していったほうが良いと思い、実行に移しているところです。

僕はまだまだ現役で動けるけど、インタビューを専門にしている会社は少ないし、今後も会社を継続させていくことを考えれば後継者も育てていかなきゃという意識があります。僕がおじいさんになった時に、「エーアイプロダクションを畳みます」ではなくて、もっと有機的にいろんなクリエイターさんが上手く使える組織として残していきたいという気持ちもあったりします。

インタビューの仕事って、今はコンテンツを作るために必要な前段階の“書くためのインタビュー”になっているではないですか。でも、「伊藤さんと話をして考えがまとまりました」とか「モヤッとしていたものが明確になって、言語化できました」って喜んでくれるケースがすごく多いんですよ。だから、新しいエンターテイメントじゃないけど、一緒にお話をするだけで価値を感じてくれるインタビューみたいなものにしていけたら良いなと。

そういうことができる仲間を増やしていけば、いろんな場面で重宝されるのではないかなという感覚はあるんですよね。本当は世の中にはすごい人がたくさんいるのに、内在しているものを言語化できない人が多いじゃないですか。素敵な考えや、オリジナルの考えを持っている人はたくさんいる。コンテンツを作るためだけではないインタビューの使い方を考えて、できる人も増やして、新しい利用価値も含めて発信していく。新しいインタビュアーの立ち位置を考えるというか…。それは1人ではできないし、いろんな仲間とか年齢層の方と一緒につくっていくものではないかなと思っています。

――発信は苦手だけど、内に秘めているものが面白い人や熱い想いを持っている人なども多いですよね。

そうそう。そういうことを掘り起こせる“話しやすい人”と一緒に、人の想いを流通させていきたいなと。想いを的確な言葉に置き換えて「言いたいことはそういうことだよ!」って言われたものを、きちんと世の中に展開する。あまり偉そうなことは言えないですけど、インタビュアーは社会の役に立つと思っているんですよね。

マスメディアを敵対視するつもりはないですけど、メディアの論理を押し付けるようなインタビューをしたり、長いインタビューをする割に3分くらいしか使わないとか、そういう恣意的な切り取り方をするのはどうなのかなと。僕らは1時間話を聞いたら、1時間分を1万文字くらいの原稿にしますよ。「WEB記事は3,000文字が読みやすい」とか言うけれど、1万文字だって良いじゃないですか。もちろん、重複しているところや読みづらい箇所は削りますけど、その人が言いたいことをカットせずに全て伝える。SEOとか表現とかを気にするんじゃなくて「うちは話してくれた人のために原稿を書いているんです」みたいな強気な態度が取れるくらいの会社になりたいですね(笑)。

頭の中にあるものって大きな価値があるじゃないですか。だから、「メディアのため」とか「コンテンツのため」ではなくて、その人が言いたいことをまとめて文字にする。そして、メディアに載せたかったら、2万文字の原稿の中から好きなだけ抽出してもらうような形が良いかなと思いますね。

会社の方向性としては、正社員をいっぱい採用するようないわゆる普通の会社にすることは全然考えていません。能力がある個人のクリエイターさんたちにエーアイプロダクションという箱を使ってもらいたいというのが、最終的な発想なんです。

例えばさっきお話したように、上場企業の中には、いわゆる会社としての窓口がないとお付き合いができないことがある。要は、力があるのに法人化をしないと上場企業と付き合えない。そんな構造はもったいない話なので、個人のクリエイターさん方に、株式会社エーアイプロダクションの看板を使ってもらったりとか、エーアイプロダクションから請求書を発行したりとかできるようにしたいですね。

他にも、「もうちょっと仕事の幅を広げたい」と思った時に、うちに登録しているフリーランスの仲間たちと一緒にプロジェクトチームを作って仕事をしたり、クリエイターさんたちが有機的に、自由に使える場所になれる会社にしたい。だから、気が合う人しか入れたくないんですけどね(笑)。弊社の考え方に「なんかいいね」って共感してくれる人と仲間になりたいです。

とはいえ、プラットフォーマーにはなりたくないんですよ。よくある「ライター登録」とか、人だけを集めて会社側は何もしないっていうのが、僕は許せなくて(笑)。会社を設立した時に、アンチプラットフォーム宣言をして、自身でこれまで登録していたものは全て削除しました。弊社の仲間になってくれた人には、丸投げをするのではなくて、きちんとディレクションをして、お客様にも「うちの〇〇はこんなことが得意なんです」って紹介をしたり、調整をしたりしていきたいです。大体、第一印象で決まるので、第一印象が良い人を揃えたいという意識はあります。じっくりと育てていくビジネスを楽しんでいるところですね。

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