今までの自分から挑戦したいこと
少し落ち着いたので、ちゃんと紹介文を書いてみようと思います。
学生時代
私の学生時代は受験勉強などせず全て推薦で進学してしまった為か、明確な目標もなくただ友達と面白おかしく過ごした学生時代でした。それでも新しい物が好きで、当時はまだ新しかったルンバ等を買っては色々と試していた学生です。
就職を考えた時、ゲームや映像コンテンツ、デザイン関係に興味はありましたが当時はリーマンショックの翌年でもあり、攻めの就職活動が出来なかったのも事実です。(というか内定もらうのもかなり厳しい世の中でした)なし崩し的に今の会社に就職し、ハードウェア設計のエンジニアとして就職しました。
社会人時代
当時私はロボット・宇宙関係の仕事に興味がありました。もちろん、比較的新しい分野でもあり何よりも可能性に満ちあふれている業界です。(それ以外がそうではないと言うわけではありませんが)パワーアシストスーツや無重力空間を考慮した設計。様々な事に転用可能なその技術は今でも私の中で魅力的な仕事だと思います。
■しかし新人の私が最初に携わった仕事は自動車のオートマチックトランスミッション(以降ATと略す)を設計する業務でした。(2011年)自動車のギア変速を行ってくれる部品です。世界シェアNo1だけあって業界最大手の会社は非常に厳しい環境だったと思います。荒波に揉まれながら多くのことを学べたと思います。
1.ずっと同じ環境にいると視野は狭くなり、頭の柔軟性も失う。
2.5分考えてわからないものはわからない。
3.教える側に立った時が最も成長できる瞬間がある。
4チームプレーはマンパワーと業務のバランスが取れて初めて機能する。
1.ずっと同じ環境にいると視野は狭くなり、頭の柔軟性も失う。
恥ずかしながら実際に自分の体験ですが、当時先輩社員の元で業務を行っていた時よく怒られていました。その先輩は大変仕事ができる人だった為、私の2~3歩先まで考えて仕事が出来ていました。「なんでこれが思いつかないんだ?」とよく言われたものです。私も意地を張っていたのか視野が狭くなっていき、中々理解ができませんでした。そんな中、別のプロジェクトが佳境に入り何人か1ヶ月間ヘルプに行く話があり私も行くことになり、そして気づきました。
あまりにもずさんな業務管理でさすがの私もこの後の展開が予想できました。それと同時に先輩が言っていた気持ちが理解できました。先輩の唯一見落としは弱者側の気持ちを理解できていなかったことです。私はその教訓を活かし、仕事の質が落ちたりアイディアが生まれない時は業務内容をKI(Knowledge Intensive Staff Innovation)を実施したり、生活習慣を少し変えてみて凝り固まった頭を柔軟にするように心掛けている又は指導するようにしています。
2.5分考えてわからないものはわからない。
当たり前の事かもしれませんが、案外実施するのは難しい。時間は有限ですし、特に最近は働き方改革もあって常に効率的な働き方が求められています。「5分でも長い!」という人もいるかも知れませんが、なるべく自分でも考える習慣をつけるため、5分は考えてみようと自分に課せています。それでもわからなければ「聴く」これが大事だと思います。
3.教える側に立った時が最も成長できる瞬間がある。
これもよくあります。教える側は3倍知っていないと教えられないというのは有名ですね。実際私も教える事はよくありました。
私の場合、自分に対して教えている 6:4 人に教えている
こんな割合でした。本当に気付かされることが多く、自分も出来てない事は教えていながら恥ずかしい思いです。その思いもあってか、指導した内容は私自身行う意識が芽生え徐々に変わっていく事を実感出来たと思っています。教える側の姿勢を最初からわかっているといないでは大きな差があると思っています。私はわかっている側でありたい。
4.チームプレーはマンパワーと業務のバランスが取れて初めて機能する。
これは次の完成車メーカーに関わってくる話ですが、会社を個人経営していないのであれば必ずチームプレーは必要になってくる話です。そしてどんなにチーム体制を作っても個人にかかる仕事の負担が偏ってたり大きかったりすると次第にスタンドアロン化してきて、○○がいないと進捗状況がわからない!であったり、□□が担当しているプロジェクトが進まず止まってしまうというような状況が発生します。
とある時期に上司が入れ替わり、組織内で改革を行った時がありました。その結果組織内の風通しが良くなり業務量が上手く分散できると次第にチームプレーが加速していき、生産性も向上した経験があります。
バランスのとり方は企業によって色々あるため、ここでは一概に申すことはできませんがその意識を持っている事。その発言ができるという存在は非常にありがたい存在だと感じます。私もそのような存在に近づけるよう日々精進中ですが・・。
なんにせよ、大所帯となってしまうと腰が重くなり身動きが取りづらくなる前にそういった土台作りが必要だと感じました。
■2015年から現在まで自動車の完成メーカーに努めております。ここでは、部品メーカーのように小手先の技術力で勝負するわけではなく、全体を見通す計画力やQCDの感性、社内外の人間と折衝するコミニュケーション力といったマネジメント寄りの業務が中心となっています。私が現在進行系で学んだことは
5.常にバックアップを想定して最悪時に備えろ。
6.隠すな、隠すと後に数倍となって帰ってくる。
7.保守的と慎重さは大きく違う。
5.常にバックアップを想定して最悪時に備えろ。
私もよく陥りがちで、肝に銘じている事があります。それは過信です。自分では何度も見直しているにも関わらずミスをしてしまう事があるのは思い込みや過信によるものです。ダブルチェックが出来ている環境であればそういったミスは少なくなりますが、私の今の業務環境では一人で進めていく事が多いです。スタートアップしたばかりの企業も割と一人で色々進めていく場面が多いのではないでしょうか。
ミスを0にするのは中々難しいです。それよりも、2重3重とバックアップの案を用意して対策をとる進め方の大事さを学びました。
6.隠すな、隠すと後に数倍となって帰ってくる。
失敗した事を隠したくなったり、報告が億劫になりそのまま報告しないといったことを誰しも1度は考えるのではないでしょうか。私も報告用の資料を作成する時間が惜しくなり、独自判断で進めてしまった経験があります。しかし、その後仕入れメーカーの手違いが発生して担当していたプロジェクトが注目を浴びてしまい、独自で進めていたことが明るみになってしまい、色々と怒られました。
その時は私側のミスは無かったため、問題にはなりませんでしたが何か合った時にとるべき責任者の承認が無いため、私が全てを負う羽目になっていたでしょう。そうなった時、私はいまのままでいられたのか・・・。
今でもあの時に経験は私の中でストッパーとして機能しており、財産となっています。
7.保守的と慎重さは大きく違う。
古くからある日本企業程にこの傾向は強く出ていると感じますが、保守的とは”変化”を嫌う傾向があります。当然、実績という大きな根拠から変えるとなるとリスクが伴います。限られた時間の中少ない変化で良いものを生み出すという考えは非常に理にかなっていますし、業界としては正しい選択だと思います。
それとは別に、"慎重"という言葉があります。これは保守的とは違い、注意深く軽々しく行動しない。という意味であり、変化しないという意味ではないです。
私は慎重に大胆なことをしたいという気持ちを大切にしています。
長くなりましたが、これが私が今まで経験して学んだことや活かしたい事です。ですが、今チャレンジしようとしている舞台では技術や知識などまったく歯が立たず無謀なことだとは重々承知です。
それでも挑戦してみたくなりました。久々にワクワクします。
技術面や知識はこれから一生懸命覚えていこうと思いますが、それでも今まで培ってきた経験や考え方は少なからず通じるところがあると信じています。
私としては最後のチャンスと考えており、難しいのであれば今の業界に残るという手段もあります。ですが、挑戦したい。ぜひ仕事に携わってみたい!この思いで一杯です。
プロフィール等が余り充実しておらず、当然ポートフォリオや作品等もございませんが、もしご興味が湧きましたらぜひ一度お話させて頂けましたら幸いです。