さらば大学、キャリア形成において一つの大きな意思決定
【2019年3月を持って京都産業大学を退学します】
休学理由
初めまして、市岡 陽と申します。
私は現在大学2017年に大学を入学し、現在20歳の大学2年生です。
今回、京都産業大学を退学する意思決定を行いました。
理由としては大きく二つ
一つは金銭的な問題により、大学を継続することができませんでした。
二つは意味がないと感じたことです。
僕自身の思う作りたい世界や成し遂げたいこととしてやはり、大学に通うという1手段は本当に価値あるものなのか。
僕らが信じて生きてきた20年間の洗脳教育(定量的な点数や偏差値の高い大学など)は今後の社会において一番役に立つ手段になりうるのか。
それが社会で役に立つと教え込まれてきた学生も多かったのではないかと思っています。主観的ですが僕もその一人でした。
何が正しいかなどはないと思います。
ただ現在、あくまで個人的な見解ですが自殺者が世界でもダントツの一位、先進国の中で幸福度最下位の現実は一つの要因として日本の教育の弊害によるものではないかと思っています。
僕が勉強を頑張る高校生、中学生に伝えたいことは本当に「偏差値の大学に行く」「テストでいい点数をとる」ことなどは自分の目標を達成する一つの手段でしかないということです。
僕は手段が目的化してる今の教育の現場に対して自分ができる1アクションとしてそもそも自分自身が目的を持てるようにすることは大事だと思います。
その結果としてやはり自身の目的、これから成し遂げたいことに対して大学は不必要だったということが退学の理由です。
別に大学に通おうが通うまいが時間の流れは変わらずその間にどういう経歴を持っているかではなくどんなことをどういう考えを持ってやってきたかにフォーカスされるようになることが大事だと思っています。
そうすれば、もっと多くの人が社会の常識に縛られることがなく、一人一人が個としてどこの大学を出たとかつまらないステータスで比較されることなく、より一人の人間として向き合うことができ、自分の価値観であったり、幸せの定義を考え、一人一人が認め合える社会を作ることができる日が来るじゃないかと思います。
僕はこれからそういった社会の根源悪となる固定概念を打ち崩す為に生きる人間としてまず自身が社会の常識に縛られるべきではないと感じ、意思決定しました。
正しいこともないですが間違ったこともないです。
全ては自分自身は選んだ道を正解にするだけなので僕は自分が意思決定した道を正解にできるようにこれから頑張っていきます。
「意志あるところに道は開ける」といったような常に自分の意志を世の中にぶつけ続け、これからも様々な活動を通して自身の目的達成に向けて頑張ります。