クルージングヨット教室物語36
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「さあ、出航しようか」
まだ、早朝の5時だったが、今日の夕方までに横浜へ戻りたいので、ラッコの皆は早起きして出港の準備をし終わっていた。
昨日、岡田港に移動しているはずだった隣に停泊していたアクエリアスのメンバーも皆、ラッコと一緒に出航する準備を終えて、準備万端だった。
「それでは、行きましょう」
ラッコも、アクエリアスも、岸壁に舫っていた舫いロープを外し、アンカーを海底から上げて、波浮港の港を出港した。まだ朝が早いため、皆は朝食を食べていなかった。出航してから、海上で食べる予定だ。
「香代、ヘルムをお願い」
波浮港を出港するまでは、隆がずっとステアリングを握っていたが、港を出て、ラッコが沖合いに十分離れてから、香代とステアリングを代わった。
今日の海上は、夏の季節にしては珍しく、風がそれなりに吹いていて、メインとミズンセイルにジブセイルも上げると、ラッコは風を受けて、それなりのスピードで走っていた。
一緒に並走していたアクエリアスも、メインとジブセイルを上げてセイリングしていた。
横浜から大島まで来るときは、風がほとんど吹いてなく、セイルだけでは風が弱く走らず、エンジンもかけて機帆走で走って来ていたが、帰りは出港時にかけていたエンジンを停止して、風の力だけでセイリングできていた。
「やっぱり、風が吹くと、うちよりアクエリアスの方が速いんだな」
隆は、風を受けて、ラッコよりも遥か先を走っていくアクエリアスの姿を見て、呟いた。
「うちのヨットって遅いの?」
瑠璃子が隆に質問した。
「そうね。やっぱり、うちのヨットは、フィンランド製の重たい木材をたくさん使って、船内のインテリアを造作しているから、どうしても重たくて速くは進まないんだよ」
「この間のレースもビリになってしまったものね」
雪が、隆に言った。
「まあ、レースをする船じゃなくて、こんな感じでクルージングするヨットだからね」
「アクエリアスだって、クルージングをする船じゃないの?」
麻美子が、隆に質問した。
「アクエリアスの方がセイルも大きいし、船内のインテリアも軽く造られている」
「そうなんだ。セイルが大きいんだ」
「マストの高さを比べてみな。うちよりも、アクエリアスの方が背が高いだろう」
隆は、前方を行くアクエリアスを指差しながら麻美子に答えた。
「でも、うちの方がマストが2つあるよね」
「マストが2つあるのは速く走らせるために2つあるわけじゃないんだよ」
隆は、麻美子以外にも説明していた。
「アクエリアスのように、マストが1つのヨットをスループっていうんだ。ラッコのようにマストが2つあるヨットをケッチというんだ。マストが2つあると、2つのセイルを上げられるから、その分、1つのマストの高さを低くして、1つのセイルの大きさを小さくできるから、力が無くてもセイルの操作が扱いやすくできるんだ」
「なるほど、だからラッコは力の無い女性ばかりでも乗れるヨットなのね」
隆の説明を聞いて、陽子は納得していた。
「別に、敢えて女性の生徒しか取らなかったわけじゃないんだけど」
「でも、私は、うちのヨットに今のこのメンバー達がクルーになってくれて嬉しかったな」
麻美子は、隆に言った。
「あっちに見えている陸地って、もしかして横浜かな」
瑠璃子が、大島を離れると、前方に見えて来た陸地を指差した。
「あれは房総半島、千葉県」
隆が、瑠璃子に説明した。
「左側が三浦半島だから、三浦半島の奥が横浜よね」
ラッコのステアリングを握っている香代が、ステアリングの正面に取り付けられている航海計器のモニターを眺めて、前方の陸地と見比べながら答えた。
「お、すごい。香代は、だいぶヨットの針路の取り方とかもわかってきたじゃん」
隆は、香代がヨットのことを理解してきてくれたことに満足そうだった。
「うちの生徒で、一番成長しているよな」
「そんなことないわよね、陽子ちゃんだって、ヨットが上手になってきているわよね」
麻美子が、隣に腰掛けていた陽子に言った。
「未だに、あまりヨットのことがわからないの私だけか」
瑠璃子が、麻美子に答えた。
「そんなことないわよ。瑠璃ちゃんだって、航海計器の操作は、隆よりも上手じゃない」
「マニュアル読まなくても、操作できちゃうものな」
隆も、瑠璃子のことを褒めた。