GoodAction賞でのインタビュー:橋本淳邦
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- 限られた社内人脈の中で愚痴をこぼしても、前へは進めない!地域を飛び出し、新たなモチベーションの種を育てる「アイシンナンバーワン計画」
限られた社内人脈の中で愚痴をこぼしても、前へは進めない!地域を飛び出し、新たなモチベーションの種を育てる「アイシンナンバーワン計画」
アイシン精機株式会社
取り組みの概要部署横断で有志メンバーが集まり、社外のパイオニアを招いた勉強会やランチコミュニケーションを開催。最新トレンドに触れ、会社の将来を語り合い、情報交換を行う場としている。背景にあった課題自動車業界の将来に対する不安や、外部との交流が少なく刺激の少ない環境に対してモチベーションを低下させてしまう社員がいた。取り組みによる成果新たなものづくり企画や外部企業と組んだアイデアソン出展など、コミュニティ活動をきっかけにした活動が生まれている。担当者の想い未来へのポジティブな会話が交わされる環境を作り、自分も仲間も成長し、新しい取り組みにより会社の発展へ繋げていきたいという思い。
メンバーそれぞれの強みや志を共有するプロフィールシート「自動車部品村」の中だけで成長できるのか?
部署横断で有志メンバーが集まる地元が誇る大手企業、それも世界に名を轟かせるような超一流の会社に就職する。家族や親戚はきっと大喜びするだろうし、友だちにも自慢できるだろう。不確実性が高まる世の中とはいえ、あと数十年は安泰かもしれない。でも、本当に自分たちはそれで良いのだろうか……。愛知県刈谷市に本社を置くアイシン精機は、トヨタグループに名を連ねる巨大企業。創業50年以上の歴史を持ち、自動車部品を中心としたトップメーカーとして事業を拡大し続け、連結で10万人近くの従業員を抱えている。地元では誰もがうらやむようなこの環境でも、現状に甘んじず外部と関わり、新たな取り組みを始めた人がいる。増収増益を続ける大企業に広がった「漠然とした不安」
入社11年目を迎えた橋本淳邦さん(イノベーションセンター統括グループ)は、3年目に一度、退職を考えた。トヨタの生産拡大などが追い風となり、リーマンショック直後の時期を除き、会社はずっと増収増益の右肩上がり。しかし近年は自動運転車や次世代環境対応車などの分野でIT企業が数多く業界に参入しており、業界全体への漠然とした不安が社内に漂っていた。「経営からは“好きなことをやっていい明日をつくろう”と変革を促すメッセージが出されているものの、それだけですぐに新しい動きが生まれるわけではない。飲み会では同期たちに自分の夢を語れるけど、部署に戻ると気軽に先輩や上司には話せない。そんな日々だったんです」技術系ではない、珍しいコミュニティの誕生
「世界初の音声カーナビ」など、かつてはエポックメイキングな新製品を市場に送り出してきた同社。しかし規模の拡大とともに、未知への挑戦よりも厳格な管理が重視されるようになっていったという。品質第一を追求する職場では現在の課題にフォーカスした話題が語られがちで、未来に向けたポジティブな会話が交わされることは少ない。刈谷市に巨大な本社機能を集約する同社では、地理的な条件や外へ出る必要性の少なさから、外部企業と交流する機会も限られている。「本社の周辺は“自動車部品村”と揶揄されることもあるんですよ。ここですべてがそろうから、わざわざ外に出なくてもいい。危機意識が低いのは、この環境のせいだと思っていました」と橋本さんは振り返る。新入社員時代から、「自分自身が強い個人としてナンバーワンでありたい」「世の中の新たな変化をつかみながら成長したい」という思いを持っていた。それで立ち上げたのが「アイシンナンバーワン計画」というコミュニティ活動。特定の技術分野をテーマにしないコミュニティは、同社では珍しかったという。その輪はどのようにして広がっていったのか。
活動を立ち上げた橋本さん(右)と、転機をもたらした野上さん(左)若手がモチベーションを取り戻し、退職を思いとどまるきっかけに
活動の転機となったのは、野上琢磨さん(人事部)との出会いだった。入社年次は橋本さんの4つ下。新規事業企画に携わる橋本さんと当時新入社員研修を担当する野上さんは、とある新人育成プロジェクトをともにし、意気投合した。「会社のことは好きだけど、未来へ向けた前向きで情熱的な会話が少ない現状のままでは個人も会社も成長できないと感じていました。」と野上さんは話す。より成長できる環境を求めて退職してしまう若手も中にはいる。「外部と関わり、新しい視点を取り入れながら、刺激を受け、自分自身が成長し、社内を元気にしていく。そんな活動をともにしたいと思ったんです」プロジェクト外から300人の社員が集まったセミナー
2人を中心に部署横断で有志メンバーが集まり、「社員にとって・経営にとってかけがえのないパートナーになる」というビジョンを掲げた。柱となる活動として、社外で活躍するさまざまな分野のパイオニアを招いた勉強会を開催。さらに月1、2回のペースでランチコミュニケーションの場を設け、会社の将来について前向きに語り合ったり、自主勉強を開いたり、部署間の情報交換を行ったりする時間を作っている。参加メンバーはプロフィールシートを作り、経歴だけでなく、それぞれの強みや志を共有する。「個人が強みを活かしてナンバーワンとなり、それによってアイシン精機をナンバーワンの会社にしよう」というスタンスから生まれた取り組みだ。コミュニケーションの場が単なる雑談にとどまることなく、それぞれの仕事にかける思いをプレゼンする場となった。新規事業開発を主業務とする橋本さんは、東京へ出張した際などに外部で活躍するイノベーティブな人に積極的に声をかけ、勉強会の講師を依頼している。「アイシン精機とビジネスを始めるチャンスにもなる」と口説いて無償で刈谷へ来てもらうのだという。約300人もの社員が集まった回もあった。この場で得た刺激がきっかけでものづくりのクラウドファンディングに出展したり、外部企業と組んだアイデアソンを新たに企画して全社へ発信したりするメンバーも出てきている。
月1、2回のペースでのランチコミュニケーション社外の元気な人にどんどん出会いたい
現在アイシンナンバーワン計画には、人事や事業企画、営業、技術開発などのさまざまな部署から、下は23歳、上は60歳までの20人のメンバーが参加。業務時間外の有志活動として進めている。メンバーの磯田啓介さん(走行安全企画部)は「技術系の勉強サークルは社内に多数あるが、事務系ではこれまでになかった。上司である課長やグループマネージャーからも“どんどんやればいい”と後押ししてもらっている」と話す。入社4年目の村上信一郎さん(基礎技術開発部)はもともと、ものづくりの公募イベントなど外部活動に積極的に参加していた。社内での仕事にあまり面白みを感じず、2年目で一度退職を考えたが、橋本さんに誘われてこの取り組みに参加したことで踏みとどまったのだという。「違う部署や社外の人たちから幅広い情報を得られるこの環境は大切。取り組みの規模を拡大して、アイシン精機の一員として新しい価値を生みたい」と話す。発起人である橋本さん自身も、大企業有志の会「One JAPAN」や、子育てを考えるNPO法人の活動に参加するなど、社外へのアクセスを強化し続けている。将来への漠然とした不安は、社内の限られた人脈の中で愚痴をこぼし、抱え込んでいても消えない。社外の元気な人にどんどん出会い、その考え方に触れることで、より多くのメンバーのモチベーションを高めていく。そんな確信を得ながら、少しずつこの活動を拡大している。
受賞者コメント
橋本 淳邦 さん
ナンバーワン計画では、ファウンダー/発起人という役割を務めています。もともとは13年前、私が新入社員のときに立ち上げたのですが、結婚や出産などの変化がメンバーに起きる中で一度解体していました。それを立て直し、再始動したのがこの取り組みです。メンバーを見ていると、最初は愚痴のような会話が多かったのが、ポジティブな意見であふれるようになってきました。また、閉塞感を覚えて退職を考えていた若手メンバーが踏みとどまり、新たなポジションに異動するという前向きな変化も生まれています。
審査員コメント
守島 基博 氏
「真面目な愚痴」ということが大切なポイントだと思います。居酒屋では上司の悪口につながり、どんどんネガティブになる。それをこのプロジェクトではポジティブな活動につなげています。参加しやすい取り組みであることに加え、個人個人の得意領域や好きなことを「プロフィール」として共有し、対話のきっかけにしている点で、個を大切にする取り組みだと思いました。