人事部で働く人の使命
私の考える人事部で働く人の使命は「社員の人生を背負い、会社の命運を握る」です。言うまでもなく、重要かつ責任の重い仕事です。まずはこれを受け止める覚悟や気概なくして、よき人事の仕事はできないでしょう。極論ですがこれさえあれば、これさえブレなければ、必ずよき人事としての仕事ができるでしょうし、このような意識を持った人の集まりであれば、自ずと信頼される人事部、存在感のある人事部、強い人事部になっていくことでしょう。そうです、人事に携わる人は社員の人生を背負っていますし、私たちの意思決定、行動如何によって、社員の人生は間違いなく大なり小なりの影響を受けてしまうことは紛れもない事実です。決して重荷を背負うべきと言うつもりはありませんが、自らの影響度の大きさは認識しておくべきと思います。
ここで私自身の過去の経験についてお話したいと思います。ソニー時代に新入社員の配属発表をするマネージャーの立場にあったときのことです。この配属発表のとき、私は恥ずかしながら手が震え、声が上ずってしまいました。この様子は当然のごとく新入社員たちに露呈してしまい(誰が見ても明らかであったようですが・・・)、のちの懇親会の席で散々茶化される羽目になってしまったのです。その頃はといえば私にとってはマネージャー駆け出しで、経験浅かりし時代でもあり何かと上司面をしようと見栄を張っていた頃でもあったため、大いに赤面したことを覚えています。以来、このことは長らく忘れ去っていたのですが、その社員の1人と10数年ぶりに再会したときに、改めてそのことを話題にされてしまったのでした。彼らにとって配属発表は人生の一大事と思えるほどのイベントであったでしょうし、発表する私の一挙手一投足を注視していたのですから、強く印象に刻みこまれてしまったのも当然かもしれません。
なぜ私はそのような状況に陥ってしまったのでしょう。まず最初に申し上げておくと私は決して人前で話すのが苦手ではありませんでした。にもかかわらずこの状況に至ってしまったことは、それは配属という会社の意思決定が社員たちの人生を大きく左右してしまうとの認識が強かったからに他なりません。当時、私の所属した部門では新入社員の配属の際、半数くらいの社員が地方へ転勤となっていました。私は配属後もフォローの一環で地方に転勤した社員と会うべく各地を行脚したものですが、そこで目にするのは社員の様々な生き様でした。仕事はもちろん人それぞれでしたが、それにもましてプライベートでは、皆、大きな変化を伴っていたことを昨日のことのように覚えています。転勤先で素敵な人と出会いゴールインした社員も少なくありませんが、一方で転勤によって遠距離恋愛となり結果的に別れてしまった、というケースも枚挙に暇がありませんでした。まだ家族や生活の基盤がない社員がその若かりし20代を過ごすということは彼ら彼女らの人生をよかれあしかれ大きく左右する、と当時は何度も痛感させられたものでした。もちろん転勤の話だけでなく、希望の仕事に就けた、就けない、良い上司にめぐり合えた、そうでなかった等々、言い出せばきりがありません。そのようなことが頭をよぎると、ついついそれを発表するときに、その人のこれから先のことに思いを馳せてしまい、結果として、手が震え声が上ずる事態を招いてしまったのではないかと思います。これは配属という人事イベントの1つの事例に過ぎませんが、実は人事の人たちが関わる事象にはこのようなことが多々生じていると強く感じます。人事に関わる方々は、まずをもってこのような社員への影響の大きさを認識した上で、1つ1つの仕事へ向き合っていくべきではないかと思います。
一方で、人事は会社の命運も握ることになりますが、これは「人」という経営の重要な要素に関わる以上、当然の話ではないでしょうか。実は、私の考える使命には「社員の人生」と「会社の命運」を並べて書き記したことに大きな意味があります。先にお話ししましたように社員の人生を背負っているのですから、何事も社員に真摯に向き合い一生懸命、社員の立場に立って考えることは重要ですが、ついそれ一辺倒になってしまうケースが昨今、意外と多いように感じます。元来、人事部という組織に集う方々は「人」が好きという方が多いものです。「人」が好きと言っても様々なタイプがありますし、もちろん人事に必要な適性の1つであることは確かです。しかし、いつ何時も人事の人は1人1人の社員と会社全体の双方を鑑み、その上で何をすべきか、何に優先順位をおくべきか考えるべきではないかと思います。
このことは経営の例えとして使われる「On the Same Boat」という視点で考えるとわかりやすいでしょう。人事は会社という船を目的地まで至らしめるとともに、船上では社員一人ひとりによきサービスを提供する役割を担います。言い換えると会社の売上や利益等の業績、そしてブランドを高め、会社をサスティナブルな存在へと至らしめることが肝要であり、同時に1人1人の社員に最適な働く環境創りを行うことが求められるのです。もし業績が好調で安定軌道に乗っている時であれば、社員へのサービス向上のウェイトを高めることが求められますが、大切な事な決してそれ一辺倒に陥ってはならない事だと思います。常に社員と会社のいずれに、どの程度の重きを置くかを考え続ける事、つまり「社員の人生」と「会社の命運」のバランスをいかにとるかが人事には求められている、と私は考えています。