普通である難しさ。
最近、普通であることの難しさを痛感する。普通過ぎず、普通でないわけでもない。ある一定のカテゴリーに分類されるのであろうが、、、。一般的に、皆、普通であることを、嫌う傾向がある。しかし、その普通さが実は、一番難しかったりする。何気ない日常の楽しみが普通と言えば、楽しみの普通であることではある。その中でも、千差万別で、またその中での普通さと非日常さに分かれる。つまり、一般的な手に届くところに、普通さがあるようだ。そして、非日常性の中の、普通さもある。つまり、言葉遊びの中の普通さと実際に、目にしての普通さは、何やら違う事らしい。その普通さを愛せる自分自身でいたいというのは、私の中で、常にあるようだ。それは、言わば、私にとっての生きやすさに繋がるようだ。私の趣味は、人間観察だが、その中で、様々な人を見て、どのような人が普通であるか、好感が持てるかと見てみることがある。それはあくまで、私自身と言うフィルターを通してのことであり、あくまで、主観的な見方だから、皆に当てはめて考えてみるとというわけでもなく、それは、あくまで、単なる私のつぶやきとして捉えて頂いて、構わないのだが。どうやら、私の、普通が普通ではないらしい。笑