1
/
5

SOXAI創業の経緯と事業への想い

■日本の電機メーカーの苦境と人生の転機

2011年、三洋電機の倒産をはじめ、多くの日本の電機メーカーが苦境に立たされました。この状況を目の当たりにし、危機感を覚えた方も多かったかと思います。私もその一人です。当時大学生4年生で電気を勉強していた私は、それまでは大手電機メーカーに就職してサラリーマンとして生きていくことを漠然と考えていました。しかし、このまま日本の企業に就職し、定年まで勤め上げる未来はないんだと、強い危機感を覚えました。

同じ時期に東日本大震災が発生し、私自身直接被災はしませんでしたが、部活動の自粛などもあり、じっくりと自分の人生について考える時間ができました。高校・大学と休みなく部活に没頭していた私にとって、これは初めての事でした。その時にいろいろな情報に触れて決めた目標は、世界に出てもトップレベルで戦える研究者・技術者になり、日本の技術発展に貢献することでした。


■ETH Zurichでの挑戦と起業家精神の醸成

当時、世界トップレベルの研究者と自身を比べて大きな差があることは明白でしたが、どうすればキャッチアップできるかわかりませんでした。一つ確かだったことは、世界のトップレベルの研究機関に身を置いて鍛錬する必要があるという事でした。

それからは話は早く、目の前の研究に注力し、とにかく成果を出すことに専念しました。指導教官に頼みこんで研究室にベッドを置かせてもらい、大学院生の間多くの時間を研究室で過ごし、とにかく研究に没頭しました。その結果、ETH Zurichで研究する機会を得ることができました。

ETHに行った直後はコミュニケーションすらままならないような状態だったりと苦労もありましたが、良い仲間との出会いもあり、現地でも一定の成果を挙げることができました。そして、正規ポジションでの雇用頂いたり表彰頂くことができ、世界でも戦えるぞと自負できるようになりました。

ETHでは、多文化の相互理解や、仕事とプライベートを両立することの重要性など、それまでの人生で触れることが無かったことを多く学びました。特に大きな影響を受けたのは、起業家精神です。

公私で交友のある友人やラボのメンバーが起業したり、所属していたスポーツチームのメンバーに起業家が多くいたり、図らずも身の回りに起業家がたくさんいる環境に身を置いていました。このような環境に身を置く中で、自分も日本の技術発展に貢献するために事業を起こし、産業を作らなければと考えるようになりました。様々な奨学金や奨励金のおかげで研究や学位取得できたこともあり、日本で起業して日本の産業を盛り上げることで恩返ししたいと考えるようになりました。


■Huaweiでの経験と技術シーズのビジネス化の難しさ

起業のためには、まず産業界で経験を積む必要があると考え、中国企業のHuaweiを選びました。日本の皆さんにはあまり印象の良くない企業かもしれませんが、私の専門の光通信の分野では圧倒的世界一の企業でしたし、コンシューマーエレクトロニクスの分野においてもスマホ販売台数でAppleを抜き世界一のSamsungをも抜き去る勢いでした。(その後米国の制裁でスマホ事業は撤退する訳ですが。) そんなHuaweiが300億円以上を投じて基礎研究所を立ちあげ、AIやヘルスケアの領域の研究開発に投資していくという話があり、生活に近いヘルスケアの領域での研究開発に携わることができる絶好の機会だと考えました。

Huaweiでは、スタートアップへの投資にも関わる機会がありました。技術観点でスタートアップ企業をソーシングして、技術DDを行って、あとは投資部門に投げるという事をやっていたわけですが、その仕事を通じて大学や研究機関発のディープな技術シーズをビジネス化することの難しさを痛感しました。

そう感じた理由はいくつかありますが、一つ具体例を挙げるならば、技術者サイドがいう「できる」とビジネスサイドあるいは投資家サイドが認識する「できる」に大きなギャップがあるという事があります。技術者が言う「できる」には往々にして枕詞が付くケースがあります。「(理論的には、特定条件下では、量産性はないが、等々)できる」といった具合です。

国内外いろんなスタートアップを技術観点で見てきた中で、技術的に明らかにおかしいあるいは無謀なことをやっているのに、ある程度の企業価値が付き数億円という出資が集まっているディープテック企業が一定数あることが分かりました。これは個人的な見解ではありますが、技術責任者が技術を理解していない、ビジネス側に正確に技術が伝わっていない、投資を集めることが目的になっている、のいずれかなんだと思いました。

投資を集めることを目的にスタートアップを起業するというのも飯を食うための一つの戦略かもしれませんが、自分は地に足を付けた事業をやっていこうと胆に銘じました。起業家としてはちょっと守りすぎで頼りないようにも聞こえるかもしれませんが、技術に対して真摯に向き合うという信念を曲げてしまうと社会に対してプラスのインパクトは与えられないと考えたためです。

このような背景から、地に足のついた技術で、成長市場で革新性があり、競合優位性も作れ、社会問題解決に貢献できるものは何かと考えた結果がスマートリングでした。


■SOXAI RINGの可能性と未来への展望

アメリカで2002年に行われた公衆衛生分野のスタディによると、早死は、30%が遺伝、15%が社会的な環境、5%が環境曝露、15%が治療不足、40%が生活習慣に起因するそうです。生活習慣が最も大きなインパクトがあることついてはある程度感覚的に自覚できている事かとは思いますが、40%というのは結構驚きの数字です。さらに驚きなのは、医療行為の不足は15%程度しか早死に影響しないという事です。

昨今、医療費の増大による社会保障費の負担増加が叫ばれていますが、マクロ視点で健康問題を解決するためには、医療の領域に投資するよりも生活習慣の改善に向けた取り組みに投資すべきというのは上記の数字を見ても明白な訳です。

生活習慣とは、食事・運動・睡眠で構成されるものと考えますが、その改善を手助けする方法の一つとして、スマートウォッチの活用はかなり一般化して来ているかと思います。日本国内で年間500万台弱販売されているスマートウォッチの70-80%は健康管理目的で購入されているという調査結果もあります。

一方で、スマートウォッチは就寝時に外すという欠点があります。スマートウォッチユーザーの話を聞くと、寝る前にスマートウォッチを外して充電し、朝起きて装着して仕事に行くという使い方をしている方が一定数おります。

指輪は四六時中装着でき、寝ている間も負担なくデータ取得ができるので、スマートリングは運動と睡眠を管理するのに最適です。

特に睡眠習慣の管理はとても大切です。感情や認知機能、うつ病などの精神疾患、心不全や脳卒中などの循環器系疾患、肥満症などとの関連性が明らかになっています。厚生労働省からも今後睡眠対策に注力する方針が打ち出されており、今後さらにその重要性が国民に周知されていくでしょう。

世の中に数々の睡眠ガジェットがありますが、スマートリングはその装着性の高さや簡便性から睡眠管理においては最適解の一つであると考えています。

スマートリングの強みは、連続的なトレンドデータが取得できることにあります。診療データは病院に行ったとき、健診データは年に一回しか取れません。一方でスマートリングのようなコンシューマーヘルスケアデバイスを用いれば、24時間365日のデータを取得可能です。近年の研究では、こういった連続データを活用することで、さまざまな疾病を超早期発見ができることが分かってきています。鬱病などの精神疾患、心不全などの循環器系の疾患、神経系疾患、睡眠疾患等々をスマートリングを使って未病の状態で超早期発見する、そんな未来を実現できると考えています。

こういったデータは個人利用はもちろんですが、企業の健康経営であったり、運輸業界の労災予防であったり、様々な産業領域で活用できると考えています。

このようなことを実現するためには研究開発は不可欠です。研究者や事業者に対してSOXAI RINGというデータ取得のプラットフォームを提供し、新たな価値を発見・創造し、それを一般消費者や事業者に還元していきたいと考えています。

また、その観点では国産デバイスというのはひとつ大きなメリットであると考えています。健康データというセンシティブなデータを国内の企業が保有することは、消費者の安心感や経済安全保障という観点でも大きなメリットがあります。

Apple、Samsung、Germin、Huawei、Whoop、Ouraなど海外メーカーが勢力を伸ばすウエラブルデバイス市場で、日本からもそれらに匹敵する市場・産業を作ることを目指しています。