ALL STAR SAAS FUNDに学ぶ、スタートアップにおける組織づくり・採用のカギ|楠田司氏

スタートアップの成長に欠かせない要素の1つに、経営者のパートナーを担うハイレイヤー人材の存在があります。しかし経営の一角を任せられるだけの意欲と能力を持った人材を集めることは容易ではありません。とりわけ知名度に乏しい、シード、アーリーステージにあるスタートアップなら尚更です。この難題を乗り越え、グロースステージに移行できたスタートアップはどのようにしてこの高いハードルを乗り越えたのでしょうか。

今回のゲストは、SaaSビジネスに特化した投資を手掛けるベンチャーキャピタル「ALL STAR SAAS FUND」で投資先の人材採用や組織づくりを支援している楠田司氏です。ベンチャーキャピタルの立場から、スタートアップの採用と育成、活力ある組織づくりのポイントを聞きました(聞き手:ウォンテッドリーの執行役員・川口かおり)。

スタートアップの最適な採用方法

スタートアップ企業において、採用は非常に重要なミッションです。そして、会社のフェーズによって、適切な採用手法は変わるもの。成長フェーズに合わせた採用ができるかどうかで、採用成功の確率は大きく変わってきます。

この資料では、急成長するスタートアップ企業のために、成長フェーズごとに考えるべき採用戦略、適切な手法を事例付きで紹介しています。

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ALL STAR SAAS FUND
Talent Partner 楠田 司氏

2015年より、JAC RecruitmentにてIPO前後のWEBスタートアップ特化の人材紹介チーム立ち上げ時に参画。主にベンチャーキャピタリスト、エンジェル投資家と連携し、コンフィデンシャル求人に対応。IPO前のスタートアップ企業へのCxO、VP人材の転職サポートを数多く手掛ける。2019年9月にALL STAR SAAS FUNDのTalent Partnerに就任。投資先企業の人材紹介、SaaSキャリアイベント運営、採用広報支援などを担当している。

ウォンテッドリー株式会社
ビジネス執行役員 
川口 かおり

早稲田大学卒業後、競泳選手のマネジメントに従事。2007年リクルートエージェント(現リクルートキャリア)に入社。コンシューマ領域の法人営業、新規事業立ち上げ、事業開発部門のマネージャーを経験。2015年にはシンガポールのHRテック企業でのマネジメントを経て、2017年10月より現職。

スタートアップ採用の勝ち筋を見出すまでは苦労の連続

川口:今日は、常日頃からスタートアップの採用全般について広く発信されている楠田さんに、スタートアップ経営者や人事・採用担当者が知るべき、ハイレイヤー人材の採用、組織づくりのポイントについて伺えればと思います。ところで、楠田さんの肩書きは「Talent Partner」ですよね。現在はどういうお立場なのですか。

楠田:本日はよろしくお願いします。そもそもは、アメリカの著名なベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」が提唱したタイトルです。日本でも各VCによって役回りに違いがあるかと思います。ALL STAR SAAS FUNDではCXOなどハイクラス人材の紹介に加え、人事組織の立ち上げや採用広報に関わる支援まで、HRに関わるあらゆるサポートを総合的におこなうことと定義しています。

川口:日本でも資金提供だけでなく、企業経営や事業成長を積極的にサポートするハンズオン型のベンチャーキャピタルが増えています。ALL STAR SAAS FUND様もその1つですが、タレントパートナーも、こうした需要を満たす専門職の1つということですか?

楠田:おっしゃる通りです。私の場合は、SaaSスタートアップを投資対象としているALL STAR SAAS FUNDで、とりわけハイレイヤー人材に特化し、採用や育成のお手伝いをしています。

川口:ありがとうございます。楠田さんの前職は人材エージェントですよね。そもそもどういう経緯で今のお立場に就かれたのですか。

楠田:2015年に前職のJAC Recruitmentという人材エージェントに中途で入社してから4年半ほど、IPO前のスタートアップを対象とした専門チームに所属し、ハイレイヤー層の人材紹介に携わっていました。ただ、チーム立ち上げ期から苦労の連続で、なかなか成約が決まらず、最初の2年間ほぼ個人予算は未達成。ピーク時には15名ほどいたチームも、一時解散せざるを得ないくらい厳しい状況に追い込まれたこともありました。当時はスタートアップへの人材紹介は成立しづらい時代だったんです。

川口:楠田さんが前職でご苦労されていたのは、2015年から17年にかけてですよね。当時はまだ、無名のスタートアップに入社するのはリスクだと思われていた時代でしたから無理もありません。どうやって克服していかれたのですか。

楠田:まず、スタートアップ経営者の皆さんと定例ミーティングを繰り返し、採用が決まらない理由を徹底的に議論することからはじめました。浮かび上がったのは、「認知の乏しさ」「低い年収」「不確実な未来への不安」という3つのポイントです。この3つの難題を乗り越えるにはどうしたら良いか、さらに議論を深めるなかで徐々に勝ち筋が見えてきました。

川口:どんな勝ち筋だったのでしょう? 

楠田:まずは認知が乏しいことを逆手に取り、私が選んだ、業界で評判の優秀な人材コンサルタントだけに求人を限定公開するようにしました。いわゆるコンフィデンシャル求人です。限定公開している背景をお伝えし、無名であることがかえって面談のトリガーになるよう工夫したんです。まずは「会うだけ会ってみようか」という気持ちになっていただかないと話になりませんから。

川口:なるほど。「選ばれたあなただけに」ということであれば、人材エージェントも求職者にも興味を持つ方が増えそうですね。

楠田:ええ。そもそも、スキルさえあればどなたでも構わない採用ではないので、このやり方は非常に効果的でした。

川口:「低い年収」「不確実な未来への不安」についてはいかがですか?

楠田:年収額や安定性で大企業に真っ向勝負を仕掛けてもスタートアップに勝ち目はありません。そのため、経営理念やビジョンへの共感を強く訴えるようにしました。安心材料として、投資家とも連動した取り組みであることをお伝えした上で、創業の思いやこのプロダクトが世に出たときの社会に与えるインパクトはどれくらいあるのかなど、未来に向けた可能性を候補者にアピールするようにしました。

スタートアップ 採用

川口:大企業とは比較されないよう、戦いの場を変えたわけですね。

楠田:その通りです。とはいえ、それだけでスタートアップのイメージが良くなり、採用が円滑に進められるようになったわけではありません。社会の変化も大きな後押しになりました。

川口:楠田さんご自身は、なにを持って「潮目が変わったな」と感じられましたか?

楠田:企業の採用手法に、ダイレクトリクルーティングやリファラル採用が浸透し、スケールを果たした著名なスタートアップが、率先して採用成功事例を共有するようになったのは大きな変化でした。Wantedlyのように、企業自らが候補者に自分たちの思いを伝えるプラットフォームが登場し、採用広報が盛んになりだしたのも、スタートアップに対する世間の認識を改める良い機会になったと思います。

川口:ありがとうございます。確かにこれくらいの時期から、スタートアップに対する怪しげなイメージがだいぶ薄れ、求職者の選択肢に加わるようになった気がしますね。

楠田:ええ。ただハイレイヤー層を採用するための勝ちパターンを確立するためには、もう少し時間が必要でした。

答えはおろか達成の道筋が見えなくても、課題と向き合えるか?

川口:そもそも楠田さんは、ハイレイヤー人材をどのように定義されていらっしゃいますか?スキルや経験だけで判断できない気がするのですが、いかがでしょう。

楠田:おっしゃる通りです。抽象的な言い方になってしまいますが、スタートアップが必要とするハイレイヤー人材とそうでない人材を分けるポイントは、「正しい答えはおろか、その答えに辿り着くまでの道のりすら定かではない課題に真正面から向き合える人材」かどうかだと思います。

川口:なるほど。やはりスキルや経験年数だけでは推し量れない素養ですね。

楠田:はい。過去の失敗はまず必要とおぼしきポジションを設定し、そのポジションにふさわしい経歴、能力を持つ人と、提示できる条件をマッチングさせようとしていたからだと気づきました。条件の調整ばかりが先行してしまうと、どうしても入社後の期待値が折り合わないのです。それに気づいてからは担っていただくポジションを決め打ちせず、どのような課題にやりがいを感じてくださるのか、候補者の秘められた志向を見出すようなアプローチに変えました。成果が出はじめたのはそれからのことです。

川口:条件よりも、解決してほしい課題を軸としたアプローチに変えられたんですね。

楠田:ええ。ハイレイヤー人材と呼ばれる候補者ほど「課題を抱えている企業、助けがいのある企業に惹かれる」とおっしゃいます。そのため、現状の課題や将来直面すると想定される課題について、正直にお話しするよう努めました。透明性の高さは事業理解の解像度も高めてくれるので、非常に有効なアプローチだと思います。

川口:こうした勝ちパターンを人材エージェントに共有して、採用を活性化させていかれたんですね。

楠田:はい。とくにリソースの乏しいシード、アーリーステージにあるスタートアップにとって、見込みのある人を見抜ける人材エージェントといかに良好な関係を築くかは重要なポイントです。情報を積極的に開示して自分たちの思いを汲んでくれる人材エージェントと出会い、お付き合いを深めていくかが、良い採用の条件になるのは間違いありません。

人に興味が持てないスタートアップはグロースできない

川口:人材エージェントをはじめ、外部パートナーと良好な関係を築くために、経営者自身が率先して取り組むべきことは何でしょうか?

楠田:そうですね。一番大事なのは、成し遂げたいビジョンを明確に持つことだと思います。さらに言えば、ビジョンを持つだけでなく、きちんと言語化して発信し続けることが重要です。「Twitterのフォロワー数が極端に少ないからやっても意味がない」とおっしゃるかも知れませんが、たとえフォロワーが1人でも、2人でも発信するべきです。なぜなら、先ほどあげたような課題ドリブンな採用ニーズを理解してくれる人材エージェントやベンチャーキャピタルは、常に強い思いを持った経営者を探しているからです。諦めずに発信し続けていれば、いずれ相性が良いパートナーに出会えるはずです。

川口:発信の手段については、楠田さんおすすめのツール、媒体はありますか?

楠田:Twitterやnote、自社サイトでも構いません。私がスタートアップ経営者におすすめしているのは、Wantedlyの募集記事で使われているフレームワークの活用です。「なにをやっているのか」「なぜやるのか」「どうやっているのか」「こんなことやります」という4項目を埋めるだけでも、考えの整理になりますし、人に伝える際のポイントも見えてくるのでおすすめです。

川口:そういっていただけるのは光栄です。ほかにもスタートアップがハイレイヤー人材の採用を成功させるポイントはありますか?

楠田:今までの話に紐づくことですが、経営者や採用担当者が、目の前にいる候補者の未来に、どれだけ思いを馳せられるかどうかも良い採用を実現させる大事なポイントです。そのためにもまずは候補者が実現したいこと、挑戦したいと願っていることを知ろうとするべきだと思います。

川口:ただ、候補者がなにを求めているのか、本音を引き出すのは簡単ではなさそうです。どんな聞き方をしたら良いですか?

楠田:どうやったら候補者の夢や希望を叶えられるか、その方法を一緒に考える姿勢が大事だと思います。一緒に考えるスタンスで良いんです。

川口:なるほど。それならできそうですね。

楠田:ええ。候補者と同じ方向を見て考えられるかどうかは、その人にどれだけ興味を持てるかに比例します。その人にとってなにが転職の原動力なのか、どんな点に興味を持っているのか、面接を通じて得た手がかりをもとに、それをどうしたら実現できるか一緒に考えると、期待値がブレず良い落とし所が見えてくるでしょう。もし内容が経営者や採用担当者の手に余るようであれば、働いている社員や投資家に協力してもらい、それぞれの観点から「なぜこのスタートアップを選んだのか」について、率直に話していただくのも良い方法だと思います。

組織に生じた小さな歪みをいち早く解消するためにできること

川口:せっかく苦労して採用しても、短期間で退職に至るケースもあると思います。採用後、期待通りに活躍してもらうためのポイントや、組織づくりの面で気をつけるべきことがあれば教えてください。

楠田:人材エージェント時代、内定受諾率が上がるに従って顕著になった問題があります。採用は決まるけど、人が辞めてしまう問題です。この問題の解決に効果があった方法が、1on1の徹底と評価制度の構築、組織の状態を可視化するサーベイの実施でした。メンバーが30名を超えたあたりからこの3つの施策に取り組むと、健全な組織の維持と不本意な退職の抑制にもつながります。

川口:組織に生じた小さな歪みをいち早く見つけ手を打つべきだということですね。

楠田:その通りです。とくに役員クラスに対する1on1は軽視されがちなので注意するべきでしょうね。経営者は「なにか問題があれば向こうからいってくるはず」と思いがちですが、当事者にしてみれば「本当に期待に応えられているか、不安がいっぱいで返って切り出しづらい」こともあります。どのようなポジションであろうと、1on1は不可欠だと考えるべきです。

川口:評価制度や組織サーベイについてはいかがですか?

楠田:評価制度構築というと、少し身構えてしまうかもしれませんが、まずは制度を整える意思があることを示すことが重要です。すでに働いているメンバーにしても、候補者にしても、いずれ制度が整う安心感があるかどうかで、印象はまったく違うでしょう。組織サーベイを実施するのも、経営陣が課題意識を持って自分たちと向き合っているといったポジティブなメッセージにもなります。まずはできることからやってみて、変えるべき点は変えていく意思を示す。それが組織づくりに良い影響をおよぼすのは間違いありません。

川口:最初から完璧にやろうとしなくても良いのは心強いですね。

楠田:ええ。最初から完璧にこなさなければ効果がない類いの取り組みではありませんから、できるところから少しずつ手を付けはじめるべきでしょうね。ALL STAR SAAS FUNDでも、さまざまなスタートアップ企業の評価制度構築に携わった金田宏之さんの協力のもと、勉強会を映像コンテンツ化して投資先に共有したり、私たちが投資先に出向き、メンバーへのインタビューやアンケート調査を行ったりもしています。自分たちだけでは難しくても、外部の協力でできること少なくありません。

参考記事:『これもVCだからこそ出来る支援の形。ALL STAR SAAS FUNDが取り組む「組織診断」のメリット』

スタートアップ 採用

川口:こうした地道な取り組みが、会社とメンバーのエンゲージメントを強める結果につながるんでしょうね。

楠田:おっしゃる通りです。IPO直前のSaaS企業には、300から500人ぐらいのメンバーが必要だといわれています。つまり、人を大事にできないSaaS企業はグロースできないわけです。自社のメンバーやその家族、プロダクトを利用してくださるお客様はもちろん、候補者を含めて、人を大切にする気持ちで取り組むことが大切です。

川口:なるほど。ほかに有用な取り組みはあればご紹介ください。

楠田:投資先には、有望な候補者へのリファレンスチェックをおすすめしています。こう申し上げると「候補者の粗探しでもするのか」と思われるかもしれませんが、むしろ逆です。その候補者が本当に力を発揮するために、どのような環境が必要かを知るために、前職の上司や同僚に話を聞くスタンスだからです。手間を惜しまず、人を大切にする前提さえ忘れなければ、せっかく採用した人材を逃してしまう大きな失敗は、ある程度は避けられると思います。

川口:ありがとうございます。さいごに楠田さんからスタートアップの経営や採用に携わっている読者にメッセージをお願いします。

楠田採用と組織づくりは2つで1つ。どちらが欠けても企業は大きくなれません。表裏一体の取り組みだと思って、着実に取り組んでいただきたいと思います。もう1つ、成長するスタートアップは、総じて外部パートナーの巻き込み方がとても上手です。社外にどれだけ味方になってくれる人を増やせるかが、勝負の分かれ目になります。困ったことがあれば、抱え込まず、どんどん相談を持ちかけるべきです。

川口:楠田さんのお話しで、スタートアップ採用がしやすい時代になったからこそ、スタートアップもその先を考えて動くべきだとよく理解できた気がします。今日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました!

楠田:こちらこそありがとうございました!

▼スタートアップが取るべき採用戦略とは?
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