採用や広報などに携わってきたナイル株式会社の渡邉慎平氏が「採用広報」の視点で注目している企業を訪ね、実態を深掘りする本企画。
第4回目となる今回は、初期投資なしでネットスーパーなどのECを構築できる小売りチェーン向けECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」を展開する「10X(テンエックス)」です。イトーヨーカ堂やライフといった大手スーパーで導入され、社員数はわずか40人程度ながら業界では非常に注目を集めています。その広報・PRと採用を一手に担っているのが取締役CCOの中澤理香氏。
広報・PRの経験が長い中澤氏は、どのような戦略のもとに採用広報に取り組んでいるのか。詳しくお話を聞きました。
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株式会社10X
取締役Chief Communications Officer
中澤理香 氏新卒でミクシィに入社し、約3年間アプリやECの新規事業を担当。その後2014年にYelp Japanの東京エリアコミュニティマネージャーに就任。2016年には1人目のPRとしてメルカリに入社し、PRや危機管理、ファンコミュニティ形成などに取り組む。2020年に退職し、フリーのPRとして活動した後、PR・採用担当として10Xにジョイン。
ナイル株式会社
カルチャーデザイン室マネージャー
渡邉 慎平 氏慶應義塾大学卒業後、ナイル株式会社(当時ヴォラーレ株式会社)に新卒入社。300社以上のWebマーケティング支援に携わったのち、2018年5月に人事へ異動し、採用と広報を所管。年間100名以上を採用。
徹底して「ミッション・バリューへの共感」を重視
渡邉 慎平(以下、渡邉):本日はよろしくお願いします。10Xさんは組織規模は小さいながらも、採用界隈で非常に大きな存在感を感じていました。今日はその秘訣に迫っていければと思っています。まずはじめに、簡単に事業内容をご紹介いただけますか。
中澤理香(以下、中澤):ありがとうございます。弊社では「Stailer」という小売ECのプラットフォームを提供しています。消費者向けのアプリから店舗スタッフ用の業務システムまで必要な機能が一通り備わっているので、ゼロからシステム構築をしなくても費用をおさえてスピーディーにネットスーパーを立ち上げられます。これまでにスーパーマーケットのイトーヨーカ堂さんやライフさん、ドラッグストアの薬王堂さんなどに導入いただいています。
渡邉:少数精鋭ながらこれほど大手企業と取引しているのはすごいですね。コロナ禍でネットスーパーのニーズが高まったこともあり、引き合いも多いのではないでしょうか?
中澤:たくさんお問い合わせをいただきました。弊社の場合、最初にスーパーマーケット業界でトップクラスのイトーヨーカ堂様にご導入いただいたことで、業界で認知していただいたのは大きいと思います。ただご要望が多くてお待たせしてしまっているのが現状です。そこでもっとプロダクトやビズデブ(BizDev)のメンバーを増やして、日本中の小売のニーズに応えられるようにするのが今一番の経営課題です。
今年のはじめは従業員数20人程度の組織でしたが、現在39人と1年でほぼ2倍になりました(2021年12月時点)。来年は90人ぐらいにまで拡大していきたいと考えています。
渡邉:スタートアップは最初の数十人から100人くらいに拡大する段階で採用や組織拡大の壁にぶつかることも多いと思います。10Xではどういう戦略で採用に取り組んでいますか?
中澤:弊社では、私が入社する前から採用面で「ミッション・バリューへの共感」と「カルチャーフィット」を最も重視してきました。その結果、2017年の創業から現在までで経験豊富なメンバーが集まり、退職率も非常に低い状況です。現在は、8割程がリファラルか直接採用。2021年の夏頃からは、さらに多くの方に方に知っていただくべく、ようやく人材エージェントやLinkedIn、ビズリーチなどのプラットフォームも使いはじめました。
渡邉:募集ポジションを見ると、必須の経験やスキルを明確に打ち出しているわけではないんですね。
中澤:そうですね。どの部署でも「ミッション・バリューへの共感」「事業の成功のために手段を問わずコミットできる」といった人材を求めています。たとえば、エンジニア採用も同様の考えで行っており、バックエンド・フロントエンドなどの職種を細かく分割していません。また、XX言語での開発経験あり」など特定のスキルを求めるような打ち出し方もしていません。
これはフェーズの問題でもあると思います。50人くらいまでの組織では、入社後にポジションや必要なスキルが変わることは珍しくありません。弊社も以前は献立アプリを提供していたので、事業自体が変わっていますし。それもあってミッション・バリューへの深い共感を重視し、Howの部分は柔軟に対応できそうな方を採用してきたんです。事業の特製や組織のフェーズにあわせて、募集要項(ジョブディスクリプション)のつくり方も変わっていくと考えています。
渡邉:選考過程で「トライアル」を設定されていますが、これもミッション・バリューへの共感やカルチャーフィットを確認する一つの手段なんですね。
中澤:はい。トライアルも私が入社する前から行われていた制度ですが、応募者に社員と同じようにNotionやSlackの権限を付与して、一定期間一緒に働いてもらっています。取り組んでいただきたいイシュー(課題)をお渡しし、必要に応じて他のメンバーとやり取りをしつつ進め、さいごに発表を行っていただきます。
渡邉:ナイルでも、ポジションごとの業務理解を深めてもらう目的で、業務内容に模した課題に取り組んでもらうワークサンプルを選考プロセスに入れています。10Xさんの場合はNoitonやSlackの権限付与や社員との議論など、より入社後にフィットするかのイメージが湧きそうですね。
採用広報のポイントは『関心』の後に『接点』を設けること
渡邉:現在はまさに組織の拡大フェーズのようですが、限られた人的リソースでどのように採用広報を進めているのか、具体的に教えてください。
中澤:事業広報と組織広報の2点で分けて考えています。事業に関しては、弊社の事業はBtoBで、パートナー社数も限られています。そのためPRを進めるうえで、盛り上げられる事業ネタがそもそも少ない点がネックでした。ターゲットは経営者をはじめとした企業の意思決定層であり、範囲もかなり狭いと言えます。さらに、Stailerをリリースした当時、社員は15人でPRと採用を担当するのは私一人で、地道にメディアリレーションをしていくには無理がありました。
そこでコストをおさえて、かつ一人でもできることとして「レバレッジが効くことのみに集中する」戦略を初期に決めました。事業広報の面では、数は少ないながらも世間からの関心が集まるタイミングに力を入れて、できるだけ盛り上げるようにしています。
一方、組織に関してはアピールできるネタがたくさんありました。たとえば代表の矢本が経験した「育休中に起業」「東日本大震災で被災」などの起業に至るストーリーや、家族優先といった会社の方針はユニークだったので積極的に発信していきましたね。
渡邉:組織のネタも活かしながら、タイミングを逃さずに発信していったのですね。
中澤:はい。以前、イトーヨーカ堂様とお取引がはじまったときは、知り合いのメディア担当者にリリースを送ったり、「なぜ15人の会社のサービスがイトーヨーカ堂に導入いただくことになったのか」といった切り口で記事化をしていただけるような提案をしたりしていました。前職時代からPRスケジュールは半年先まで考えるようにしていて、10Xでは3カ月に1回くらいPRの山を作ることを意識しています。
渡邉:なるほど、だから印象に残るんですね。でも盛り上げただけでは採用にはつながらないと思いますが、どのような導線を設計したんですか?
中澤:盛り上げた後には、必ず接点を設けるようにしていました。リリース後に採用イベントを開催したり、メンバーがPodcastで話して内容をより深く理解してもらったりなど、何かしら受け皿となるものを用意しています。『関心』の後に『接点』を設けるのは、採用広報でも一番大事な部分だと思っています。それを積み重ねていった結果、10Xに興味を持ってくれる人が増えてきました。
渡邉:僕はまんまとその戦略にハマったのですね(笑)。
中澤:興味を持っていただけてうれしいです(笑)。事業ネタ以外にも、人事制度「10X Benefits」のリリースは、ちょうど「改正育児・介護休業法」の成立が見込まれていた時期(2021年6月)に合わせて発表し、「男性社員が半年の育休を取得している」ことを前面に打ち出しました。すると予想通りメディアに取り上げていただくことができました。
渡邉:採用広報というと自社の魅力をどう発信するかに意識を向けてしまいがちですが、10Xさんでは世の中の動きと自社のコンテンツとのリンクを意識しているんですね。中澤さんがPRをやってこられたからこその視点だと感じます。
中澤:そこはかなり意識していますね。私はリクルーターではありませんし、人材を口説く力もありません。ですがPRは得意分野です。それなら私がPRに時間を使ったほうがレバレッジが効くと考えています。
他社に埋もれぬよう、自社の得意なことに注力する
渡邉:10Xさんは代表の矢本さんの発信力も魅力ですよね。矢本さんは考えを文章にまとめる能力が高いので、ブログを読んでいると10Xの組織づくりに対する考えがよくわかります。
中澤:矢本は会社のトップということもあって、何も頼まなくても自主的に会社のことを発信してくれているんです。PRとしては本当にありがたいですね。とくに「Zero Topic」という個人のPodcastは以前からやっているので多くのリスナーがついていて、新入社員との対談などを配信すると多くの人が聞いてくれるんです。記事などと比べても準備時間のコストも低いし、採用広報の有力チャネルになっています。
渡邉:矢本さんの発信をしっかり見ていれば、入社後の期待値とのギャップも生まれづらくなる気がします。
中澤:応募者に事前に会社のことを知ってもらえる点では、「10X Culture Deck」もかなり役に立っています。事業概要やカルチャー、人事制度などに関する情報を集約していて、これを読んでもらえば弊社について大まかな情報がわかるので、話が早いんです。ストックコンテンツとして非常に有効であり、2018年に公開してからずっと更新し続け、通算で70万PV弱もあるんです。
「10X Culture Deck」と「矢本のPodcast」は、弊社の採用広報における二大チャネルであり、レバレッジを効かせる観点からも、今は得意とするこの二つに注力しています。
渡邉:一企業のスライドで70万PVはすごいですね。最近は現場のエンジニアやデザイナーがnoteやブログで発信するケースが増えていますが、スタートアップの場合、そこにかける時間が確保できないこともあります。得意な分野にフォーカスするのは、10Xさんらしいですね。
中澤:そうなんですよね。現場のメンバーによる発信の積み上げは確かに大事だと思います。ですが多くの会社がすでに取り組んでいることを弊社がはじめても、労力の割にリターンが少ないように思います。結局、自社の得意なところで頑張らないと他社に埋もれてしまうと思っています。
広くファンを増やすことが、結果的に採用につながる
渡邉:これから採用を拡大していく段階ですが、失礼ながら10Xさんのメンバーの経歴や公開されている給与レンジなどを見てると「ハイスペックな人しか入れないのでは」という印象があります。そういったハードルの高さは採用における課題になってきませんか?
中澤:そこは私も課題だと感じています。弊社の場合、あまりウェルカムな雰囲気がない、「怖そう」「ロジカルそう」というイメージを持たれがちです。「自分じゃ無理だ」と応募を諦めてしまっている人もいると思います。実際は、人当たりの優しいメンバーが多いのですが(笑)。
それを打破するために、今はカジュアルな接点を作ることに注力しています。さまざまな取り組みを進めてきましたが、とくに良かったのは「オープンオフィス」ですね。職種を問わず、テーマも決めず、少しでも10Xに関心があれば、気軽にオフィスに遊びにきてもらっていました。コロナ禍はオンライン開催にしていましたが、今はオンラインとオフィスの両方で開催しています。こういったカジュアルな接点から面談をして、採用に至ったケースも多いですね。
渡邉:いい取り組みですね。でも採用の期限と目標があると、やりたくてもそこまでやれない企業も多いと思います。
中澤:弊社は採用の数を厳密に追っているわけではないんです。それよりも今は広くファンを増やすことを重視しています。ファンになってくれた人が転職しようと思ったときに、最初に弊社のことを思い出して話を聞きたいと思ってくれればそれで十分。それは一カ月後かもしれませんし、一年後かもしれません。そのときのために長期的にコンタクトをとり続けるようにしています。
渡邉:ファンを増やす意味では、弊社もいろいろ模索しています。以前、オウンドメディアの遷移率から逆算して、採用サイト経由で目標数を採用するためにはどの程度のPVが必要なのか計算したことがあるのですが、何十万PVという天文学的な数字になったんです。そこで今度は弊社を認知してくれている人たちの応募意向を上げようと考え、訴求メッセージを決めて、発信するコンテンツ内容をコントロールするようにしました。結果、会社の認知度自体は大きく変わらなかったものの、ナイルをすでに知っている方の意向をはかる数値は大きく上がりました。
今後は、中澤さんが先ほど言っていたような、事業や組織の話を世の中の動きとリンクさせるなどして、もっと広報に力を入れていこうと考えています。
中澤:非常に面白いですね。弊社も「Diversity & Inclusion Policy」や「10X Benefits」を作って発信していくことで、子育てしながらでも働きやすいなど会社に対するイメージは変わってきたと感じます。ただ一朝一夕にいくことではありません。今は矢本以外の社員の顔がもう少し見え、親しみやすさを持っていただけるように採用ページを作り替えたり、「Culture Deck」に写真を増やしたり、見直しを進めているところです。
渡邉:これまでは矢本さんがある種スポークスマンになっていましたが、今後はもっと社員に前に出てもらうようにするんですね。
中澤:はい。多様な社員の顔が見えることで、「私と似た人も活躍している」「楽しく働けそう」と思っていただきたいですね。とはいえスタートアップはどうしても代表のイメージが強く出るものですし、代表のキャラを変えられるわけでもありません。このあたりはバランスだと思っています。
渡邉:そうなんですね。でも、なんとなくわかる気がします(笑)。「Diversity & Inclusion Policy」でも打ち出していましたが、インクルーシブな組織づくりを進めていらっしゃいますね。
中澤:事業がドメスティックなため、現状社員は日本語スピーカーになってしまうのですが、女性比率を上げることには力を入れています。そのために最初にカジュアルなコンタクトを取る時点から、女性の割合は意識していて、子どもがいる応募者については子育て中のメンバーとの対話の機会を設けるなどしています。女性向けの採用イベントを開催したこともあるのですが、予想以上に応募が多く、反響も良かったですね。
渡邉:弊社も私が入社したときは8:2くらいで男性が多かったんですが、今は正社員で6:4くらい、非正規も含めると男女半々くらいになっています。また、最近ようやく女性の執行役が1人誕生しました。育児をしながら働く社員もかなり増えています。ただ、「事業家集団」という組織の打ち出しがどうしてもアグレッシブな人しか働けないような印象を与えてしまいかねないので、組織の状況をきちんと発信して安心して応募してもらう必要があると感じています。
さいごに、10Xさんが今後取り組んでいきたいことを教えてください。
中澤:これから社員が50人、100人と増えていくと、これまでの「個の力でなんとかする」から、「組織として効率的にワークする」ことが必要とされるようになります。それに対応するために、まず組織拡大フェーズの経験がある人を採用しなければいけません。採用手法もリファラルよりも他チャネルの比率をあげていきたいと思っています。今はまだ10Xのことを知らないけれども、実はすごくフィットする人がこの社会にはもっともっといるはずです。今後は新たなチャネルも使って、新しい層にアプローチしていきたいと思っています。
渡邉:中澤さんが広報の経験を活かしながら、会社の強みをどう活かし発信しているのか、とてもよくわかりました。本日はありがとうございました。