採用と組織づくりの意義を「Reframe(再定義)」するオンラインイベントFUZE2021のセッションBでは、企業のブランディングや広報に新しい視点をもたらした「ナラティブ」の考え方について、PRストラテジストであり『ナラティブカンパニー』著者の本田哲也氏にお聞きしました。
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▼ゲスト
本田事務所 代表取締役
PRストラテジスト
本田哲也 氏「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に『PRWEEK』誌によって選出されたPR専門家。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードに入社。2006年にブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。2019年より株式会社本田事務所としての活動を開始。著書に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)、共著に『広告やメィアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。国連機関や外務省のアドバイザー、Jリーグのマーケティング委員などを歴任。海外での活動も多岐にわたり、世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。
▼モデレーター
株式会社ナレッジワークCEO
麻野耕司 氏2003年 慶應義塾大学法学部卒業。 2003年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。2010年、中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティング部門の執行役員に当時最年少で着任。2016年、国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」立ち上げ。2018年、同社取締役に着任。2020年4月、株式会社ナレッジワークを創業。 著書:『THE TEAM 』 (幻冬舎)、『すべての組織は変えられる』(PHP研究所)
「ナラティブ」ってなに?
麻野 このセッションでは、「ナラティブ」のコンセプトをもとに組織づくり、採用を考えていきたいと思います。
企業活動にはストーリーが必要なのは以前から言われていますが、そこからもう一歩進んで、今注目されているのが「ナラティブ」という考え方です。
そこで今回は、昨年『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』を出版された本田さんにご登壇いただき「ナラティブとは何か」「今なぜナラティブなのか」について、じっくりお話を伺っていきたいと思います。
実は、私もたまたま書店でこの本を見かけて購入したのですが、読んでいくうちにどんどん引き込まれてしまいました。私自身が経営する会社でも組織づくりや広報、採用にぜひナラティブの考え方を実装したいと考えています。今回は著者である本田さんと直接お話しできるのを楽しみにしていました。
ストーリーとナラティブの違い
麻野 まず、ナラティブの言葉の意味から教えていただけますか?
本田 ナラティブは、ナレーション(物語ること)やナレーター(語り手)と同じ語源の言葉で、辞書を引くと「物語」と出てきます。物語というと一般的には「ストーリー」と訳されますよね。なので「ナラティブとストーリーはどこが違うの?」とよく聞かれます。実はこの2つの違いを理解することが、ナラティブと企業の関係を理解する上で非常に重要なのです。
同じ「物語」でもナラティブとストーリーでは、物語を演じる演者が違い、物語が進行する時間が違い、物語が展開する舞台が違います。ナラティブとストーリーで1つだけ共通しているのは「物語の起点となるのは、創業者や企業の強い想い」ということです。
ナラティブ | ストーリー | |
---|---|---|
起点 | 創業者や企業の強い想い | |
演者 | あなた(生活者) | 企業やブランド |
時間 | ・常に現在進行形 | ・始まりと終わりが存在する |
舞台 | 社会全体 | その企業が属する業界や競合環境 |
ナラティブにおいて、企業は演者の1人だが主役ではない
本田 まず「この物語の主人公は誰か?」という問いですが、ストーリーでは、主人公はあくまで企業やブランドで、あなた(生活者)はオーディエンス(聴衆)です。しかし、ナラティブでは、あなた(生活者)が主人公になります。
ストーリーでは舞台を見上げる聴衆だった生活者が、ナラティブでは舞台に上がり、演者として物語に参加します。そこでは企業やブランドは、あくまで演者の一人にすぎません。たとえば、「プロジェクトX」や「ガイアの夜明け」はインパクトのある企業ストーリーですが、主人公が企業だという点でナラティブではないのです。
ストーリーには起承転結はあるが、ナラティブは常に現在進行形
本田 ストーリーには始まりと終わり(起承転結)がありますが、ナラティブは過去と今、そして未来も含んだ現在進行形です。
Amazonの新規サービス検討会議では、担当者は「未来のプレスリリース」を用意しなければならないそうです。これは未来の顧客体験でサービスを判断しようとする物語(ナラティブ)づくりと言えます。
物語が展開する舞台は企業ではなく社会全体
本田 ストーリーの舞台は企業が属する業界や競合環境ですが、ナラティブは社会全体が舞台になります。言い換えるなら、ストーリーは企業起点の物語ですが、ナラティブは社会起点の物語です。
アップル社の物語には、「ガレージから出発した」という創業ストーリーだけでなく、「IBMの独占的支配からパーソナルコンピューターを開放した」というナラティブもあります。ストーリーとナラティブが共通しているのは、どちらも「創業者や企業の強い想いからはじまる」ことです。これなしには、ストーリーもナラティブも起動しません。
今なぜ「ナラティブ」が企業経営に必要なのか
麻野 ナラティブの輪郭が少しつかめてきたところで「では今なぜナラティブが大事なのか」についてお話しいただけますか?
企業とステークホルダーの立ち位置がフラットになった
本田 1つには、スマホの普及とそれに伴うSNSの利用拡大があります。これまでのように、情報の上流にある企業が消費者に対してストーリーを提供する図式に少し限界がきているんですね。「拡散」や「炎上」の言葉が示すように、企業と消費者・従業員・株主の関係がフラットになり、ステークホルダーが共に作る物語としてのナラティブが重要になったのです。
言い換えると、カッコいいストーリーを流しても裏が見えてしまう、言っていることと企業の内情が違うとそれが透けて見える時代になったと言えます。
企業と消費者の関係だけでは「物語」が生まれない時代
本田 ナラティブが重要になったもう1つの理由は、SDGsへの関心などに見られる社会意識の高まりです。消費者がものを選ぶ基準が社会起点になり、単なる企業のプロモーションには大きく反応しなくなりました。コロナ禍でそれがさらに増幅され、社会全体が「ニューノーマル」に直面しています。
企業が何かのストーリーに基づいて価値を作って提供するのではなく、すべてのステークホルダーが共通の価値観によって一緒に物語を紡ぐ(社会的共創を行う)ナラティブの時代に入ったのです。
麻野 物語は企業と個人(顧客、従業員)との関係だけでは完結しなくなったのですね。
本田 その通りです。このような時代では、企業は短期的なキャンペーンをあれこれ考えるより、未来を見据えた企業のブランディングに力を入れなければいけません。つまり、「どういうナラティブを持っているか」がステークホルダーを動かす力になるのです。
採用では候補者と企業におけるナラティブの接点が重要になる
麻野 お話を伺っていて、これからは採用においても「ナラティブ」の考え方が重要になるのではと強く思いました。できるだけ大きな母集団を集めて、そこからスキルやカルチャーが合う人材を集めていく発想では限界がありますよね。
本田 母集団の最大化からのマッチングよりも、企業と候補者のナラティブの一致を考えるべきだと思います。候補者も「難関企業に入社する」より、「自分がどんなナラティブに参加したいか」で企業を選ぶ時代になってきたと思います。
候補者が未来に向かって持っている物語は、必ずしも壮大なものである必要はなく、家族や友人が登場するいわば「半径5mの物語」。個人の物語と企業の物語の「接点」が重要です。
どうすればナラティブカンパニーになれるのか
麻野 ここまでのお話から、本田さんがナラティブカンパニーを「ナラティブ(=物語的な共創構造)を生み出し、その構造の中でマーケティングや広告・PR活動を行うことで、業績や企業価値の向上を果たしている企業」と定義されている意味が少しわかってきました。そこでお伺いしたいのが、「そういったナラティブカンパニーになるにはどうしたらよいのか」ということです。
ナラティブカンパニー「パタゴニア」の事例
本田 まずナラティブカンパニーである「パタゴニア」の事例をご紹介したいと思います。
アウトドア用品のメーカーとして世界的に有名なパタゴニアは、登山家のイヴォン・シュイナードが1965年に設立した会社で、ペットボトルをリサイクルした衣類やグッズで成長してきました。パタゴニアのナラティブの起点(パーパス)は「われらの故郷である地球を守ろう」です。これが格好だけのものではないことを世に知らしめたのが、国立公園を縮小しようとしたトランプ大統領に反対して起こしたアクションでした。
同社は「トランプ大統領を訴える」と発表し、2020年の大統領選挙前には公式サイトに「気候変動否定論者を落選させよう」というメッセージを掲載しました。パタゴニアは自社が設定したパーパスに基づいて、「大統領が自然保護区を盗むのを阻止する」というナラティブの中で1つの役割を演じたのです。
この行動に対しては、消費者や環境保護団体ばかりでなく競合企業でさえ支持したりする。まさに、企業の枠組みを超えたナラティブ(=物語的な共創構造)を生み出したと言えます。
ナラティブアプローチの5つのステップ
本田 ナラティブカンパニーになる(=企業がナラティブを実践する)には、次のような5つのステップがあると考えています。
本田 ステップ1の「パーパス」とは企業やブランドの存在意義です。パタゴニアなら「われらの故郷である地球を守る」を目標に活動する会社であることが存在意義で、パタゴニアのナラティブ(物語)の出発点になります。
玩具メーカーのレゴのパーパスは「ひらめきを与え、未来のビルダーを育てよう」。サンリオのブランドパーパスは「普遍的な思いやりで世界平和に貢献する」。メルカリは「新品じゃなくてもいいんじゃない」という「なめらかな循環型社会の達成」がパーパスです。
ステップ2の「パーセプションの形成」はパーパスを実現するためにステークホルダーの認識(パーセプション)を形成する=変容させる行為です。
上記のレゴなら、未来のビルダーを育てるために、玩具に対する認識を変えてもらうのがパーセプションの形成になります。レゴの玩具を「認知」してもらうのではなく、玩具に対する新たな「認識」を形成するのです。
ステップ3の「ナラティブスクリプトの作成」は、5つのステップの中で最も重要な物語の脚本づくりです。物語の要素である演者・時間・舞台の内、「なぜ自社がそこに出てくるのか」の舞台設定が肝心になります。
ナラティブカンパニーを目指すといっても何からはじめたらよいかわからないときは、まずナラティブスクリプトを書いてみるのが良いでしょう。
ステップ4はスクリプトの実行段階で、多様なステークホルダーとのタッチポイントの拡大を目指します。ステップ5はその効果、達成できたことの測定・評価です。
ナラティブスクリプトを書いてみよう
麻野 私もこのセッションに来る前に、自社のナラティブスクリプトを書いてみたのですが、難しかったですね。(笑)
本田 皆さんそうおっしゃいます。(笑)
とくに、(3)の「未来のステークホルダー体験」は何を書いてよいかわからない方が多いようです。順番に説明していきます。
(1)の「社会的な大局観と課題提示」は、会社の話からはじめないのが肝心です。「10年後にわが社はこうなる」はストーリーであってナラティブではありません。ここは社会のボトルネックに着目して課題を提示する場所です。
(2)の「会社のオーセンティシィないしブランドの優位点」は、なぜあなたの企業がその舞台に登場する必要があるのかを書きます。たとえば、企業の歴史や創業者の想いなどから「ここはわが社の出番だ」という部分です。
(3)の「未来のステークホルダー体験」は、できるだけ具体的に5年後、10年後のステークホルダーがどんな体験をするかを書いていきます。
麻野 ここが一番難しかったです。
本田 そうなんです。ここは妄想でもよいので5年後や10年後に従業員、顧客などの利害関係者であるステークホルダーが具体的にどうなっているかを、その人たちの「台詞」まで落として書くとよいと思います。たとえば、将来皆さんの企業に日経が取材に来て記事が掲載されるときに、「顧客はその記事の中でどう話してくれているか」を想像して書くこともオススメです。未来の話になると抽象的なきれいごとになりがちなので、注意する必要があります。
麻野 組織づくりの視点でも従業員が1年後に言う台詞を書いてみることで実践できそうですね。
本田「未来の記事」が出来上がることで目指す未来像を共有できるので、社内の合意形成も取りやすくなると思います。
麻野 ありがとうございます。本日は、採用にも本質的に関係する、貴重で示唆的なお話をうかがえました。ナラティブについてまだまだ語りつくせない部分があると思いますが、最後に本田さんから日々採用に携わっている担当者の方に一言いただけますか?
本田 今日は企業のナラティブのお話をしましたが、このセッションを聴いていただいた皆さん一人ひとりにもそれぞれのナラティブがあると思います。仕事だからと言って自分のナラティブを押し殺したり、それとは関係のないことをしたりするのではなく、個人のナラティブと会社のナラティブが合致するほど大きな力が生まれます。そこに会社の成功もあるし個人の幸福もあるはずです。
このセッションを通して自分のナラティブとは何かをあらためて考えてみる機会になるとすればたいへん嬉しく思います。ありがとうございました。